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バラの花(完成)

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今年の春、庭で満開のバラの花をパステルで描いてみて,一点はそのまま完成してこのブログでも紹介したのだが,もう一点卓上の花瓶に挿して描いたものが,これがどうも納得がいかずそのままにしておいた。

花瓶を描くわけではないのだが,どうも画面に埋まり込んだような具合で,これに明度を与えてやればいいと考えが決まった。それでいこうと気に入ったところまで明るくすると、こんどはバラの花の明度までが足りなくなってきた。

こうなればほとんどもう一枚描いているのと同じようなものだが,やはりこれも制作である。今までの経験でこれくらいの描き込みならば割に楽に進めていけるようになってきている。以前だと紙の地がだめになってしまうようなこともあったが、そのあたりは大分進歩したように思う。

結果としてはかなりのヴァルールの高さまでもっていけたようである。

# by papasanmazan | 2012-09-01 18:21 | パステル | Comments(0)

リンゴと梨(完成)

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F4号のキャンバスにリンゴと梨を組み合わせた静物を一点制作し終えたところである。静物のなかでは果物を描く機会が多いが、なかでもリンゴと梨は好きである。リンゴは日本でもフランスでもあまり差は感じないが、フランスの梨の色や形の種類の多さは有り難い。

今回は緑と赤の果物の色の組み合わせを主眼に描いてみた。緑のガラスの皿もその色の関係で利用してみた。出来るだけ軽さとさわやかさが出るように心がけた静物画である。

# by papasanmazan | 2012-08-31 17:22 | 静物画 | Comments(0)

オリーブ畑から(第二段階)

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近景から遠景へと視線を誘うと同時に,緑の諧調を増やして充実させながら、そのつなぎ、つなぎに暖色を当てはめて行く操作を繰り返しているところである。それもどうらやかなり落ち着いた色面が得られてきたようで、ほぼ難しいところはクリアーしたようである。

といいながらもこの後の細かい色の操作もなかなか大変である。一つ間違うと全体がガタガタになりかねない、とにかく自分の眼でよく確かめるしかないのである。色を識別して行く事は大切だし,それ以上に風景をよく読んでいかなければならない。

これは絵になる風景だ,とはよく気づく事である、しかしその風景が自分にとってどれだけの意味があるのか,またそれを絵にしたと仮定してどれだけの高みのある内容のものになるのか、またその絵が与える価値が高いのかどうか、単に美しいというだけではない,もっと意味のある内容を含んでいけるかどうか,その点を良く読み込んでいかなければダメだと思う。

# by papasanmazan | 2012-08-29 22:50 | 風景画 | Comments(0)

アイリス(完成)

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今年の五月頃、家に咲いているアイリスを楕円形6号のキャンバスに描いていたのだが、ほぼ完成というところまでいったものの、最後のコレというものがなかなかつかめなかった。毎日ながめて気にはなりながらそのままにアトリエに立てかけていた。

夏も終わりそうになってようやく何が不足しているのかが分かった。色彩の対比が弱かったのである。色彩自体としてはかなり満足のいくものだったが,色彩が単に色彩だけのものに過ぎず、画面全体の動きが少なすぎた。したがって絵が如何にも趣味的なものになっていたのである。

要するに単にきれいな花の絵、というものではやはりあきたりない、なにかそこにもっと全体としての主張、大きな存在感というところまで、たとえ主題が花であろうと、いきつきたいのである。

# by papasanmazan | 2012-08-26 20:50 | 静物画 | Comments(2)

バルーの坂道(第一段階)

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小さな礼拝堂のあるバルーの丘に登ったり降りたりする坂道が急に視野にはいってきた。ジグザグのこの坂道はもうなんどとなく制作のたびに往復しているが,対面する風景がなんとなく絵になるようだと思っているうちに,この坂道までに触手が働きだした。

古典的風景とほぼ同じ場所で,糸杉や笠松などの道具立ても似ているがこちらはF15号の縦型である。ジグザグの構図はそれだけで動きもでるし視線もひっぱっていきやすいが、ともするとがさつな画面になりやすい。

全体の調和をよくはかって行かなければならない,と思って描き始めてみた。

# by papasanmazan | 2012-08-20 19:57 | 風景画 | Comments(0)

アルルの女(第一段階)

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家内がまた新たにアルルの女の衣装を調達してきた、今年はどうも制作のほうで予定外のものが多く,ヒマワリを描き終わったらヒマワリ畑が見つかったり、今度は地方色の衣装である。なんといっても人物を描くのが好きな私としてはこういうものをあつらえられるとすぐに気がそそられてしまう。

F15号の縦型に座りポーズで家内にアルルの女に扮してもらう。前回はフランス人のクリステルがモデルだった。今度の絵は動きを重視したい,少し作り上げてでも,また少し不安定感が出たとしても
画面を動かしてみたい。

形と色の組み合わせで抽象的な動きを作る,モデルはそれに対する一つの要因に過ぎない、もののレアリティを離れて画面の存在だけに頼って行く、そういったやりかたを試してみたい。

# by papasanmazan | 2012-08-18 15:35 | 人物画 | Comments(0)

マザンの村(完成)

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P6号の横長のキャンバスだが、ポプラの垂直感を利用してどうやらリズムはとれたようである。一つ一つの形を正確に追うのだけがデッサンというものではない、全体の流れや、自分自身の固有のリズムを創りあげていくのもデッサンである。

そういった意味で色彩とデッサンがかみ合って一枚の画面が出来上がるようにしたいものである。いくら正確に描かれていたとしても、そのなかに気韻生動がなければその絵は死んでいる。

夏の暑い光に照らし出されたようなマザンの村を描いてみたかった。

# by papasanmazan | 2012-08-16 18:59 | 風景画 | Comments(0)

絵皿と果物(完成)

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ちょっとシャレタ絵皿をモチーフに選んでみた。角が丸く形どられて、赤い縁取りがあり、赤と緑の花柄の小さな絵皿である。それに梨と杏の組み合わせでF3号の油彩を描いてみた。

装飾的なものをあまり全面におしだすと如何にも工芸的な作品になりがちである。日本画の装飾性にそういった傾向もみられるが、いい作品にはやはり骨格のしっかりした、趣味性に陥らない要素が備わっているものである。

私は洋画を専門にしているが、若い頃から日本画を観るのが好きだった。大観,松園、麦僊、その他数多くみてきたものである。そのなかで最近は装飾性と造型性のかみあったものとして速水御舟に着目している。非常に高度な感覚性を感じるのである。

油絵の中にもそういった装飾性は持込んでいいだろう、ただし造型感をふまえた上での作品にしたいと思っている。

# by papasanmazan | 2012-08-14 22:49 | 静物画 | Comments(0)

オリーブ畑から(第一段階)

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同じようなモチーフの静物画や風景画を同時期に描く事が多くなるのは私のクセかもしれないが、一つの制作に取りかかるとどうしてもいくつかの連作をしてみたくなるのである。風景などでもちょっとした地点のズレや角度の違いで思わぬ意図がでてきたりする。

このF8号のオリーブ畑からの眺望もそういった具合で、最近ほぼ毎日出掛けて描いている風景の一連のものである。遠景を大きく取り入れたいためにタテ型をとってみた。だいたいにおいて風景画の縦型は安定感を欠く傾向から余り描くことはないが、わざとらしさがない限り取り組んでよいのではないだろうか。

手前のオリーブの林と遠景、中景がどのように調和されるか、ちょっと予想がつかない描き初めである。

# by papasanmazan | 2012-08-12 23:12 | 風景画 | Comments(0)

サン、ピエール、ヴァッソル遠望(第一段階)

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サン、ピエール、ヴァッソルの村をオリーブ畑のある高いところかから遠望してF10号の油彩を描いている。以前にもサン、ピエール、ヴァッソルを遠望して大きな絵を描いた事があるが、場所はもう少し低いところからであった。あれからもう四年ほどになる。

最近また通い始めたオリーブ畑なのだが、その中にいてあたりを見回すと、またまた描いてみたくなる所ばかりである。オリーブの木自体も描いてみたいし、オリーブを通して見える遠景を含めた景色も数え上げればきりのない程、皆美しい。

その中の一つを切り取った所がサン、ピエール、ヴァッソルの村である。本当に小さい村で、教会が一つポツンと高く立って見えている。その村を囲んだ緑の畑や土の色とオリーブの色の絡み合いを描くのが主眼である。

# by papasanmazan | 2012-08-11 17:46 | 風景画 | Comments(0)

古典的風景(第一段階)

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今年の夏前から殆ど毎日のようにバルーに通って制作しているが、そのバルーの丘に登る道の途中で、おめあての城が見え始める地点から、また違った私の眼を引きつける風景がある。通常からいうと何の変哲もない景色なのだが随分以前から気になっている場所である。

一度だけ水彩で描いた事はあるのだが、いずれ油絵にするつもりでいたのが、つい延び延びになっていて、ようやく今年になって描き始めている。P10号横型である。

人家と糸杉、それに笠松が数本並んだだけの平凡な道具立てだが、それらが構成する構図が水平、垂直を基本にして何とも安定して落ち着いた趣きがある。思わず最初に気づいた頃、古典的風景、と呼んでみたくなったのである。

こういうたはっきりした構成は見ているだけで気持ちがいいのだが、さて描く段になるとなかなかその意図を現すのが難しい。最後まで集中力が保てるかどうかである。

# by papasanmazan | 2012-08-09 21:32 | 風景画 | Comments(0)

オリーブの林(第一段階)

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久しぶりにオリーブを描きに出た。もう二、三年このオリーブ畑からは足が遠のいていたのだが、やはりいつ来ても美しい。南仏に移ってきた当初はオリーブばかりが眼についたものである。日本にいる時も小豆島まで出かけて描いた事が二度ある。

F6号に並んだ木の幹と、光を反射したような葉っぱとを主体にして描き始めている。少しずつ行程が重なって行くうちに以前とは違った仕事の流れに気がついてきた。これはいつまでたっても問題になるのだろうが、表現する、という事の重大さについての意識の問題である。

追々説明もしていくだろうが、全面的に、表現する、という事に最近は傾きだしている。そういった感じを強くもちながらの描き初めである。

# by papasanmazan | 2012-08-07 22:37 | 風景画 | Comments(0)

バルーの村とヴァントゥー山(完成)

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P8号の風景画もこのあたりでおいていいだろう。これもよく描き込んだものになった。P型で、少し横長のキャンバスだが、ヴァントゥー山や、バルーの村、手前の松並木が横に並列し、これも以前のバルーの城と松と同じように画面を上下に三等分する恐れがあった。それを防ぐ意味でも、また横にばかり目線が動くのを避けるためにも縦の形の入り組みに心がけるようにした。

山があって、村があって松がある、かつての銭湯の湯槽の奥の壁にはタイルで富士山と松の絵がよくしつらえてあったものだ。そんな俗っぽさにだけは陥りたくはない思いがする。

# by papasanmazan | 2012-08-03 18:53 | 風景画 | Comments(2)

バルーの松(完成)

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二年越しに制作を続けてきたこの絵もようやく完成した。バルーの丘から大きな松の木を見据えてプロヴァンスの平野が広がっている。どこをとっても緑が鮮やかで、まばらに見える人家や、あかい土との対比が美しい。

湿気がないのでどの色彩をとってもまるで眼に直接やきついてくるようである。といっても原色のギラギラしたものではなく、あくまで透明なさわやかさがある。日本の風景とはまた違った緑色の幅の広い展開をみせてくれるプロヴァンスだが、そこに生活している人たちもまた日本人の気質とは違っている。

少々粗野で、おしゃべりばかりで、余り働きたがらない人たちだが、心底明るく暮らしているように見える。心配なんかとてもしていなさそうだ、どうせ同じ一生ならアクセクするばかりが能でもないようにおもわれる。

# by papasanmazan | 2012-08-02 20:23 | 風景画 | Comments(4)

バルーの城と松(完成)

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今年はバルーで制作する事が多かったが、これもその中の一つ、F10号の城と松である。ようやく完成した。城が半分、松が半分と上下に二分されるもののおさめ方で、普通はさけたほうがよい構図の取り方である。主と従が明確になったほうが画面としては安心して見ていられるだろう、

しかし時にはテオリーどうりにはいかないこともある。半々でなかよく画面を充実させても悪くはなかろう。ただ上と下とでバラバラになりさえしなければよい。そういった意味で形と色とを相互に入り込ませてみた。ただプロヴァンスの青い、青い、広い空はクセものである。

# by papasanmazan | 2012-08-01 18:51 | 風景画 | Comments(2)

ポプラのある風景(完成)

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F4号の大きさの風景画ではあるが、画面としては充実して出来上がったと思う。絵を構成する道具立てもとりたてて眼をひくものもないし、とくに原色の対比や形の美しさもないものばかりの構成ではあるが、小さいながら厚みのある画面になったと思う。

絵を単純化し、平面化するという現代の絵画の傾向は、ともすると薄っぺらな表現を是認することにもなっている。しかし中味のしっかりした、構成もふまえた上での単純化というものをもっと目指さなければ決していい絵とはいえないように思っている。

# by papasanmazan | 2012-07-31 20:53 | 風景画 | Comments(1)

ポプラからヴァントゥーへ(完成)

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画面中央のポプラが微妙に動きを見せて、向かって左から右に回転しながら裏へと視線をひっぱっていきたかった。真ん中でそのような動きが独立しても具合が悪かろうと、後はその動きにあわせて色や形を決めていった。

もう少し前の段階で完成させたいところだったが、なかなか納得がいかず、つい描きすぎたきらいもあるが、これは自分の意図によく追随した作品になったと思う。こういうものの積み重ねは大切なのではないだろうか。

# by papasanmazan | 2012-07-30 18:24 | 風景画 | Comments(4)

ベゴニヤ

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今年の我が家の夏の庭やヴェランダは赤、白、ピンクのベゴニヤでにぎわっている。一つ、一つは小さな花だが量だ重なるとなかなかの見ものになる。ことに花の中に囲まれた間から緑の葉っぱの色が上手い構成をみせてくれたりする。ごく小さなパステル紙に描いてみた。
# by papasanmazan | 2012-07-16 20:38 | パステル | Comments(0)

ヒマワリ畑(完成)

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若い頃と違って最近では制作をするのにもインターヴァルというか、「間」をとれるようになってきた。あまり描き急ぎをする事もなく,少しくらい調子が悪くても自分なりに時間をとりながら画面となかよくつきあっていくようなもので、ときにはごきげんとりもするような具合である。以前はともすると制作にのめり込んで、我をも忘れて、知らぬ間に絵が地獄に陥ってしまっているというような状態にたびたびなっていた。


やはりそこは年の功とでもいうのか、いつのまにか肩の力は抜けてきている。しかしこのF20号、ヒマワリ畑だけに限っては,珍しく一気呵成に描き込んで出来上がってきた。何か夢中にさせるものがモチーフにもあったのだろうが,先ほど言った「間」を取るようなことは全くなく,次から次へと眼も動けば手も動き,休むことなくヴァルールが上がっていったように思う。

もっと違った方法もあったのかもしれないし、もう少し整理された表現になっていたかもしれないが,こういう制作もあっていいのではないか、なにか若い時の事を思い出すようなものがあって,それはそれで何かの道筋を示すものではないか,と思っている。一応の完成作品である。

# by papasanmazan | 2012-07-15 22:00 | 風景画 | Comments(2)

ポプラのある風景(第二段階)

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背の高いポプラを垂直の構成の中心に考え、そのあいだ、あいだに麦畑やブドウ畑、また人家などを水平の要素に組み合わせながら調和をはかっていくこの構図の風景には、いつも夏になると魅力を感じ、ついまた新たに描き始めるのである。

恐らくこの魅力とは深さだろうと思う。だんだん、だんだんと奥に引き込まれていくような気がしてならない風景である。ある意味では東洋や日本の芸術とは対極にあると思われる深さ,それを求めていくのが本来の西洋の考えと体質であった。バッハのフーガは天にまで登りつめ、レンブラントの自画像にはやがて己の姿さえ消え去りいくような趣きがある。すべて深さのなせる技ではないだろうか。

南仏の強烈な光に照らし出された風景には陰影に富んだような画趣よりも,色彩の対比による表現が適しているのだろうが、それでもその中には深さを感じてならないのである。

# by papasanmazan | 2012-07-09 22:09 | 風景画 | Comments(0)

マザンの村(第二段階)

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ブドウ畑の葉っぱの緑も深くなり、つけている実の房もだいぶ大きくなってきた。いつのまにか七月になり,グランド、ヴァカンスを大勢の人が楽しんでいる。太陽が照りつけ,南仏名物のセミの声が朝早くから夜遅くまで鳴りひびいている。

そんな日中でも制作は続けなければならない。なんとかかんとか工夫して,この頃の夏はパラソルをイーゼルに取り付けれるようにしたので,以前よりは暑さや日焼けを防げるようになってきた。その分制作にも集中出来てありがたい。

個々の色にあまりとらえられてはいけない、全体を光の中で処理していく、そういう風に考えながら制作を進めている。すでに六、七割がたは出来上がってきたろうか、筆のさばきは快適である。

# by papasanmazan | 2012-07-09 04:22 | 風景画 | Comments(0)

ヒマワリ畑(第一段階)

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先日F10号のヒマワリの絵が一応完成しホットした矢先のこと、出先から帰ってきた家内が大声で,ものすごく大きなヒマワリ畑を見つけたと話すのである。よく聞いてみると,カルパントラに行こうとして近道をするつもりがどこかで一本道を間違えてしまい、かえって遠回りになってしまった,ところがその途中で偶然その大きな,広いヒマワリ畑を見つけたというのである。

まるで人生の小縮図のような話ではないか,近道を探しながら,かえって遠回りになり,それがまた新しい発見をもたらすなどとは。まあそうしたものだ、その日はそのままにして翌朝六時頃から二人でその畑の場所を確かめに車で行った。とにかく咲いているわ,咲いているわのヒマワリ畑である。まさかカルパントラの町外れにこんなベタ一面のヒマワリ畑があるなんて思いもしなかった。

室内のヒマワリが終わったばかりで、それに他の制作も山積みなのだから,などと考えあぐねていたが現実の広大なヒマワリの畑を見ていると、その活力にあてられたのかまたまた描いてみようと思い立ったのである。F20号を現場で始めている。

# by papasanmazan | 2012-06-24 01:17 | 風景画 | Comments(0)

赤い家(第一段階) 

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四年ほど前から気になっていた風景がある。何の変哲もない家と、それをとりかこむようにオリーブが生えていて,大きな糸杉が二本立っているだけの景色である。ただそれだけの話と言えばそれまでなのだが,毎夏この景色を見ると描いてみようかどうかと考えあぐんでいた。何の変哲もないといったが、この家が夏の光のもとでオリーブの緑色に対照されたのを見ているととにかく赤く見えるのである。

まるで燃えているような色に見える事もある。オレンジ、濃いピンク、赤などがその時々で違って主張してくるようだ。どうにも赤い感じがしてならない強烈さがある。描いてみたかったのだがその強さをどう表わしていいのか分からず、夏になると毎年考え込んでいた。とにもかくにも今年は小さなF3号に描き始めている。

この絵は恐らくうまくいけばもっと大きな、多分20号以上の画面が欲しくなってくるだろうと思われる。が、まず今はこのF3号で大いに試してみたい。家が赤く,赤く燃えてでもいるかのように表現出来るかおなぐさみである。

# by papasanmazan | 2012-06-22 10:01 | 風景画 | Comments(0)

ヒマワリ(完成)

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生花をモチーフにするとやはり気持ちがはやってならない。その分制作のスピードも上がってくるが。このF10号のヒマワリも途中で一度花を変えている。出来るだけモチーフとして花の位置や葉っぱの形などは合わせるようにははするが,完全に一致して最後まで一気に仕上がって行く事はまずない。

この絵もそういった制作上の実際に即しながら仕上がった。見た目には余り苦労の跡は残っていないかもしれないが,描くモノとしては相当に緊張の連続であった。それだけに今はホットした気分で眺めることも出来ようというものである。今までは余り油彩で花を取り扱わうことはなかった。ほとんどパステルでの仕事に向けていたが、ひとつにはヒマワリを題材にするようになってから油彩での作品が増えてきた。

これはいつものことながらアトリエには既に描きかけで,並行して制作している作品がかなりの数にのぼっている。余り手を広げてばかりではまずいのだが、このヒマワリなどが仕上がってくれて大変な励みになる,と思って一息つくつもりでいたのが実はまだまだヒマワリから解放されない事になってきた。

# by papasanmazan | 2012-06-21 14:49 | 静物画 | Comments(2)

卓上のバラ(完成)

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バラはよく洋画の題材になる。誰もが一度は描いてみようと思い立つようだが,それだけに自分の個性を出していくのが難しいかもしれない。下手にとりあつかうと卑俗な感じにもなりかねない。そういう危険性もあるのだろうが,私はあまりそういった独自性、オリジナリティなどにこだわらないほうがいいと思っている。ごく当たり前の絵でいいのではないだろうか。

P8号のこの絵もようやく完成した。特に構成的な要素をなくしていこうとの目論みだったが,ついつい動きの関係で色彩が対比的になりすぎることもあった。まずはこの辺りで筆を置いていいと判断した。この絵については充分に苦しんだし勉強にもなった。

# by papasanmazan | 2012-06-20 16:30 | 静物画 | Comments(2)

ポプラからヴァントゥーへ(第二段階)

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真ん中で,主になるポプラの細部が気になって仕方がない。なんども,なんども線を入れ直し,形もあたり直し,色も変化を加えているのだが,全体とのかみ合いが悪くてシックリと来ない。周りの山や,ブドウ畑、木々の茂みなどの描き込み具合はこれで良いと思うのだが,そのポプラの傾きを含む細部。特に向かって左の輪郭と、ポプラ全体のふくらみとの兼ね合いが悪い。

観る人によっては山や,その他の部分の描き込みも足りないと思われるようなこともあるだろう。もっとていねいに,細かく仕上げていったほうがいいという意見も出てくるだろうとは思うが,自分としてはこのくらいの密度で見せていきたい。またその全部が全部を描き込んでいてはいわゆるメリハリもなくなってしまう。

ただその主になるポプラとその他の要素との兼ね合い。バランスといっていいようなところが問題なのである。描いて現せるところは描いていくが,描かずにおいていくところ,ここが難しいのである。なにも手抜きをしているわけではない,描かずに現そうとするところにどれほどの経験を積まねばならないかを理解してくれる人はなかなかいないようである。

# by papasanmazan | 2012-06-17 16:40 | 風景画 | Comments(4)

ポプラのある風景(第一段階)

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空気が澄んで遠い,遠い風景までが手にとるように見晴らせる。F4号の小さなキャンバスだが,こんな風景を描いてみた。背の高いポプラが何本かツッ立っていて、その間から人家やブドウ畑、麦畑が見えている。奥には山並みがあって、いたるところ緑である。

日射しは南仏の強烈さだが,ふと眼を閉じればまるで夢でも見ているような美しさである。こんな小さな画面にそういったものをすべて詰め込んで,まるで楽園のようなものが再現出来ないものだろうか。いってみれば現代にワトーの風景や、コローの妖精の出てきそうな風景、いやもっと遡ってプッサンの理想郷のようなものを可能に出来ないものかしら、などとも思う。

いずれにしてもこの頃の自分の制作は,自然の中で,自然を目の前にして描いているのだが,どうも自然離れしそうな傾向がある。

# by papasanmazan | 2012-06-16 18:39 | 風景画 | Comments(0)

ヒマワリ(第ニ段階)

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大変活発に動く画面である。こんなに自分の気持ちまでが動く制作は久しぶりである。暖色が入って全体が明るくなれば,また寒色が勝ってきて画面が沈む。ほとんど色と形のせめぎ合いで,どこまでいっても落ち着くところがない。しかし徐々に何らかの全体感が見えてくる,これで良いのだと思う。

言葉を変えて言えば,橋は流れて水は流れず。時がうつれば水は流れて橋は流れず。F10号のキャンバスの画面全体の天も地もひっくりかえったり。左右が同時に右左になったりしているような錯覚にさえとらえられそうである。これで良いのだと思う。

もうこうなればヒマワリという言葉さえどうでもよくなってくる。頼るのは描いていく自分の手であり,それを確かめる眼である。そしてそれを判断する頭である。結局絵画とはやはり眼の芸術である。こんな簡単なことにもその制作の都度に認識し,経験として深めていく。これで良いのだと思う。

# by papasanmazan | 2012-06-15 15:03 | 静物画 | Comments(2)

マザンの村(第一段階)

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先日の夕刻、突然強風が巻き起こり、あたりが少し暗くななったかと思っていると急に大雨が降り出して、それがまたたくまにヒョウになってその辺りの地面も真っ白になってきた。このままだと外に止めてある車のガラスなども危ないのではないかと心配するほどだった。

今年は天候が不順で,日照時間も例年より短く,野菜や果物の収穫にも響きそうだし、きっとワインも余りいい出来にはならないだろう。そういいながらも雨や風で洗われた後の空気は格別で,透明で澄んでいる色は本当にクッキリとしている。

冬にも描いたマザンの教会を今度はP6号に、枯れ色のポプラとは違って、緑が主になってくるようなポプラの並木を取り入れながら描き始めている。ブドウ畑も木々も緑の競演である。

# by papasanmazan | 2012-06-14 17:25 | 風景画 | Comments(0)

バルーの村とヴァントゥー山(第二段階)

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奥にヴァントゥー山、真ん中にバルーの村、そして一番手前に松の林と、おおまかに言って上下が三列に分割されてしまう横長のキャンバスである。こういった場合の調和はやはり垂直の関係ではかっていくしかない。

つまり目線は自然に横には流れるのだから、色の関係で縦の動きを作っていくのである。物の流れは水平に、色の関係は垂直にと考えていくわけである。そういった場合、目の前の実景からどんどん離れた色が入ってくる。画面上の計算である。

今のところとりたてたヴォリュームが表れていないので絵全体がまるで張りついたようなものになってしまっている。といって急に明暗などに頼ってヴォリュームをねらっていくと、まるで塗り絵のようなものになってしまう。制作の途中で、自分の立場をよく考えておくことである。

# by papasanmazan | 2012-06-13 19:00 | 風景画 | Comments(0)