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春のヴァントゥー山


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かなり大きな水彩紙(46,8×31,9㎝)を使ってヴァントゥー山を正面に据えたところを描いてみた。淡彩や部分的に描き込んだような習作めいたものではなく、作品として密度のあるものを考えて制作したものである

連日のコロナウィルスによる外出制限令でなかなか戸外での制作がままならず、加えて晴天が続いてはいるのだが春霞がかかった風景は特にヴァントゥー山の山肌の色がかすんでしまって、かなりの日数を経て完成出来た作品である。

日本では水彩画の評価が油彩に比べると低いようだが、私の経験では水彩をもっと描いた方がいいと思われる。どちらかというとパステル以上に水彩をやるべきだと考えている






# by papasanmazan | 2020-04-18 16:21 | 水彩画 | Comments(2)

リンゴの花





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コロナウィルスのおかげで家に閉じこもりがちになる。そこで家内と二人で朝の三十分程を散歩することに決めている。二人とも外出の許可書に日にちと出発時間、外出の目的を書き込んで出かけることにしている。幸いなことに自然の緑がいっぱいな家の周りなので、気分は爽快である。

先日、その散歩の時に野生のリンゴの木を見つけた。かわいい花がたくさん咲いていて、さっそくスケッチにもう一度戻った。鉛筆と色鉛筆の簡単な道具によるものだが、こういう手仕事が大切である。決して写真だけに頼らないようにしたいものである。上村松園の矢立てを使った膨大な量の写生帖をご覧になるといい、あの美人画の下地にあれだけの写生がある。

今回はこのスケッチをもとにしてアトリエでパステル画にしてみた。ほとんど静物画や人物画を除いてアトリエでパステルなどを描くことはないが、今回はちょっとコロナウィルスに気を使った。


# by papasanmazan | 2020-04-16 09:13 | パステル | Comments(2)

クリヨンの教会とオリーブ




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4月13日の夜8時の時点でマクロン大統領のコロナに対する新しい声明が発表され、外出制限令の5月11日までの延期が決まった。とにかく家に居てください、これが今のフランスの合言葉である。マザンの周りも静かで、空気はいつもよりずっと澄んでいて、ひときわ鳥の声が響き渡っている。

こんな状況になる前から少し描き始めていたF6号の油彩、クリヨンの教会とその手前にあるオリーブ畑を仕上げた。途中からは現場まで出かけるのに、その都度外出許可証を携えなければならなかった。

クリヨンの村もすでに何度か描いてきたが,丘の上にある村の反対側からいつも制作していたのだが、今回は新しくみつけたオリーブ畑を手前にした構図にしてみた。クリヨンの村はいつも静かで、割合に人通りも少なく、教会も清楚である。そんな村とオリーブの取り合わせは柔らかい光の中で安定した落ち着きを見せている。とてもコロナウィルスがはびこっているような気はしないのだが。とにかく家に居て外出しないようにしなければ大変なことにつながっていく。

# by papasanmazan | 2020-04-14 16:39 | 風景画 | Comments(0)

少女像と果物籠





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毎日のニュースがコロナウイルス一辺倒である。外での制作が制限されていて自由にならない上に、こんな時に限って晴天の連続である。考えただけでも気が腐ってくる。

先日パステルでサントン人形を描いていたときに少女像も同じようにモチーフにしてみようと思いついた。油絵ではかなりの数を描いてきたこの少女像もパステルにはしていなかった。それで大きいめの紙(470×380)にゆっつくりと制作してみることにした。

紙の地を生かすというよりもパステルで描き込んでいくことを考えて背景にも布を置いて少し本格的な静物画を趣向してみた。少女の像と果物籠は描き込みながら果物はあっさりさせておいた。特に物の接点には気を付けて、色彩を意識してつかいながら転調させていこうと考えたものである。

# by papasanmazan | 2020-04-10 00:27 | パステル | Comments(2)

春の庭




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毎年春になると植えたわけではないのにクロッカスやアネモネの花が決まったように咲く。場所も色も同じで、それを見ているだけで季節が分かってくるようだ。そしてこれも決まってエビネの一種なのだろうか、葉っぱがチューリップに似ていて花がヒヤシンスのように細長い花も咲く。今年はこの花があちこちの野原に大量に咲いていて人の目を引くのだが、フランス、日本のどちらの植物図鑑を探しても正式な名前が分からない。

そして足の踏み場もないくらいタンポポが咲き乱れている。アネモネとエビネの一種を加えて、パステルにしてみた。

花の絵を描く時にその美しさ、可憐さなどに目を奪われるのは当たり前の事だろうが、どんなに小さな花であろうとも全体感と造形性は表現として与えたいと思う。

# by papasanmazan | 2020-04-06 00:24 | パステル | Comments(2)

サントン人形と果物籠




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時々静物画のモチーフにつかっているサントン人形と果物籠、その他果物を取り合わせてパステル画を描いてみた。サントン人形は南フランスの名物で、コレクションしている人も多いようだが、あちこちの骨董市で見かけてもなかなか気に入った人形に出会えない。

しかしこのモチーフにつかっている老婆は大変お気に入りである。手に柴をもって、少し腰をかがめた様子がなんとも絵にしやすい。新しく造られた人形は何か軽くて派手さだけが目立つものが多いが、この老婆のは落ち着いていて、どこかアンチームな雰囲気がある。

昨年家内が骨董市でみつけてきた、これもかなり時代を感じさせる籠と老婆の人形はよくマッチした取り合わせになって地味な味わいがあり、そこに果物の色彩を対比させながら楽しく制作できたパステル画である。

# by papasanmazan | 2020-04-03 00:13 | パステル | Comments(0)

ミルク差しとリンゴ


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フランスでもコロナウイルスが段々深刻な状況になってきて外出制限も厳しくなり、風景画の制作も中断せざるを得なくなってしまった。かなりの都市の封鎖をかいくぐってまだまだコロナの勢いは衰えず、この先どうなるのかと不安が募るばかりである。

仕方なく家と庭で出来るような仕事をこなすようにしている。小さなサムホール(227×158mm)のキャンバスにミルク差しとリンゴを三っつ重ねて構成したものを描いてみた。普通でいうとサムホールの大きさにこれだけのモチーフを納めるのは窮屈すぎて無理な感じがする。

しかしこういうふうに考えてみたらどうだろうか。ミルク差しの口と赤いリンゴの接するアウトラインの形や、リンゴとリンゴの同じくアウトラインや接線も全体の中の一つの要素であり、全体の画面の中ではすべての要素が平等に働いている、それでいてやはりミルク差しは一つの個体、リンゴも個体を保っている、それらを総合して考えていくと一つ一つのモチーフの大きさはあまり問題ではなくなり、全体の中から個体を割り出していくことに目が向いていく、それを訓練していくと小さな画面も楽にこなせるようになってくる。

# by papasanmazan | 2020-03-30 23:15 | 小さな絵 | Comments(2)

スミレの花





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先日投稿した庭のスミレはオイルパステルで描いたものだったが、今度はやはり庭でいわゆる普通のパステルを使ってもう一度スミレの花を描いてみた。現在フランスでは全国でコロナウイルス対策のための外出制限令がしかれて、できるだけ家から出ないようにとのことである。そのため室内で静物を描いたり、パステルの制作に切り替えざるを得ない状態で、途中でストップしている風景画が何点かあるが、それも現状を考えると仕方ないのだろう。

オイルパステルとは違ってパステルはかなり輪郭を明確にできる、それをふまえて小さい花ながらもスミレの花の形態を細かく追ってみた作品である。別に取り立てて意味はないのだが紙の地色も違えて違みた。

# by papasanmazan | 2020-03-25 17:51 | パステル | Comments(0)

白い道

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以前は一つのシリーズのようにして描いていた白い道、家から目と鼻の先の小さな見晴らし台から見える、マザンの村につながっていくS字型の道を中心にした風景画を久しぶりにP15号の大きさの油彩画にしてみた。


車が通ると白い砂ぼこりがもうもうと立ち上っていたこの道も今ではきれいに舗装され、周りの私道にも糸杉の並木が植えられて随分整った景観に生まれ変わっている。まだまだ自然がいっぱい残っているこの辺りではあるが人工的な感じが押し寄せてきている。

それでも初春の柔らかな美しさに魅せられて、新しく加わった糸杉なども取り入れて制作したみた。

# by papasanmazan | 2020-03-21 18:55 | 風景画 | Comments(2)

花瓶のある静物





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以前F4号のキャンバスにシロップの瓶を中央に置いて、その背景にリンゴ三つ、皿、そしてワイングラスを組み合わせた静物画を描いたことがある。この構図が頭から離れなくて、いずれモチーフを選び直してもう一度この構図を試してみようと思っていた。

縦であれ横であれ中央で二分するのは避けた方がいい構図とされている。真っ二つに分かれてしまって動きがつかなくなるからである。また目の働きも止まってしまって退屈になってしまう恐れがある。

へそ曲がりなのかもしれないが、あえてこの禁じ手を使ってみたかったのである。今回は中央に白の花瓶、リンゴは赤が二つ、青いリンゴを一つにした。シロップの瓶は深い赤だったが花瓶は真っ白なので、リンゴで色を増やそうと思った。背景の布も今回は積極的に生かすようにしてみた。F6号の大きさである。

# by papasanmazan | 2020-03-15 07:55 | 静物画 | Comments(2)

庭のスミレ

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春の庭には白と紫のスミレがいっぱい咲いている。小さな花だが足の踏み場もないくらい咲いているところもある。陽のあたったところ、風に吹かれてそよいでいるところ、なんともいえず可愛いい姿である。

いつもと違って今回はオイルパステルで描いてみた。普通のパステルよりももっと油こくって、ボッテリしたあじわいのパステルである。ひらったくいえばクレパスであるが、クレパスというのはサクラの商標である。

オイルパステルはあまり細かい描写にはむかないと思う。輪郭の強さや切れ味などをねらうのではなく、ふんわりとした柔らかさや、ぼかした味わいを出したい時にはよくマッチする画材である。春の庭ののどかな中のスミレの、どちらかというと雰囲気を出してみたかった。

# by papasanmazan | 2020-03-12 03:49 | パステル | Comments(0)

赤い森の岩と木




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赤や橙色、黄色で覆われた森の中で良く仕事をする。あまり人から理解されない画面ばかりが出来上がるのだが、次から次に描きたいモチーフの場所が見つかって、あきもせずにこの色の世界に取り組んでいる。

これはとにかく純粋に色と形の世界であって決して言葉やストーリー、説明の要素はない。つまり感情の入る余地のない仕事なのだと思う。自分としてはこの世界が一番好きである。絵画の本質をついていけそうな気がするからである。よそ目からすると本当に何をしているのか、ただ退屈なだけの絵の連続に過ぎないのかもしれない。

今回はF12号を縦型にしてみた画面である。奥の森の緑が幾分以前より軽くなってきたようである。

# by papasanmazan | 2020-03-10 00:25 | 風景画 | Comments(2)

アーモンドの花とヴァントゥー山


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アーモンドの花が咲いているうちにヴァントゥー山を取り入れてパステルを描こう、描こうと毎年思っているうちに、いつの間にか時の過ぎる方がはやくて時期を逸していた。

今年はコロナウィルスなどもあって家の近くで描くことが多く、パステルでアーモンドを描く機会でもあった。それでヴァントゥー山との取り合わせも実現したわけである。比較的大きなパステルにしてみた。

花と山というとなんだか桜と富士山といったような俗なものを連想して嫌なのだが、できるだけ自分の表現に持ち込めるような場所を選んで制作してみた。アーモンドの花といっても遠くからみると桜と区別はほとんどつかず、それだけに少し神経質な制作になったかなと思われるが、最初から最後まで気持ちのいい進み具合だった。


# by papasanmazan | 2020-03-06 19:36 | パステル | Comments(0)

ヴァントゥー山とマザンの村

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南フランスの巨人といわれるヴァントゥー山も色々な角度から絵にしてきたが、我が家の目の前の野原からマザンの村を見渡して、その背景になるヴァントゥー山の全景もすばらしい。やはり南仏に越してきてからの風景画
ではこの場所が一番数が多いだろう。

このヴァントゥー山は南フランスで唯一のスキー場なのだが、地球温暖化のせいで昨年、今年と二年連続で雪がなく、スキー場も閉鎖であった。家から手軽に行けるのでスキー大好きの家内は毎年楽しみにしていたのだが、落胆続きの冬である。来年を待つしかない。

F4号のキャンバスにまた新たにこの風景を描いてみた。いつもと同じ構図なのだが、そういえば真冬のこの景色を油彩にするのはあまりなかったように思う。

# by papasanmazan | 2020-03-04 17:02 | 風景画 | Comments(2)

アーモンドの花




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日本画でよくみられる花をクローズアップした手法、例えば梅や桜の花の輪郭をはっきりと示し、その花の数を増やしながら幹やその他の要素を加えて装飾的な画面を創り出していく伝統的な絵画、春になってこういった花が咲きだすといつも日本画の世界を思い浮かべるのである。

もちろん洋画の世界でもスケッチしながら花の一つ一つの輪郭をおったりはするし、人体デッサンで全身像を描きながら部分的なスケッチをしてみたりもする。しかし日本画の世界とは全く違った存在感を現す世界である。

この日本画の装飾的なものに若いころ随分あこがれたものである。日本画の筆づかいも少し学んだことがあって、それは役に立つものだった。

アーモンドの花のスケッチをもとにパステル画を一枚描いてみた。日本画めいていたらおなぐさみである。

# by papasanmazan | 2020-02-29 16:44 | パステル | Comments(2)

ヴァントゥー山と大きな木




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先日投稿したF15号のマザンの大きな木を制作しているのと並行して、P12号にも少し離れた場所でヴァントゥー山を大きく扱かった油彩を描いてみた。大きな木は同じものである。

冬枯れの褐色の葉っぱも画面に取り入れ、色彩のアクセントとして考え、ヴァントゥー山の山襞や野原の色彩とできるだけ結び付けていく、その色彩の連絡や対比に寒色を役立てるような意図だった。中央に見えるマザンの教会は単純化して目の休まるところにしてみたかった。

12号くらいの大きさは今の自分としては戸外制作にはちょうどいい大きさだが、この構図やモチーフの配列などでいえば30号くらいまでの大きさでも充分に制作できると完成した物を見ながら思っている。

# by papasanmazan | 2020-02-27 19:47 | 風景画 | Comments(0)

アーモンドの花とマザン





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マザンの村の周りはアーモンドの花が盛りである。うすいピンクや白の花があちこちで咲いている。いつもより早い春がやってきた。景色も明るくなって戸外の仕事も楽しくなってくる。

我が家から車でほんの五分程のところに、マザンの教会がクローズアップされて、村全体が見渡せる格好の場所がある。ちょうどアーモンドの花との組み合わせのできる時期なので、現場でパステル画に取り組んでみた。

パステル画といってもそれほど軽装ではない。かなりの本数のパステルとイーゼル、椅子なども用意していくので、油彩の時と変わらないくらいの重さである。

描き出しはパステル特有の柔らかくてかるいタッチであるが、時間が経つにつれ自分の気持ちも集中度が高まって,描き込みが強まってくる。時には下地の紙がもう持たないのではないかと思う事もある。

ここらが限界かと思われ、自分でも納得のいくところで完成である。

# by papasanmazan | 2020-02-26 07:10 | パステル | Comments(2)

モルモワロンの教会遠望




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2017年の夏、モルモワロンの村を遠望した風景画を集中的に大小何枚かの油彩画に制作したことがある。大きいのは確か40号だったと記憶している。新しく制作場所が見つかって、それがモルモワロンの村全体を見渡せるスケールの大きな場所だったので夢中になって次から次にキャンバスを新しく描き続けていった。

そのなかにF8号の縦型で、教会を遠望しながら村全体と、背景の山の尾根を構成した一枚が今も我が家に掛けてある。その絵はもちろん夏の、緑が主になった油彩であるが、それをもう一度同じ場所で冬の枯れた景色でやり直してみた。今回もF8号縦型はおなじである。

色調はもちろん変わってくるが、冬の枯れた方が建物で構成されている村全体の構築がつかみやすく、また色の流れも出しやすかった。三年前と比べるとかなり筆使いもちがってきているのか、絵の具自体が流れていくように感じながら制作し終わった。

# by papasanmazan | 2020-02-21 22:02 | 風景画 | Comments(2)

アーモンドの古木




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地球の温暖化が進んでいるせいか、もうアーモンドの花が咲いて春の訪れを告げている。花ではまずこのアーモンドが咲きだし、それから他の果樹の花が咲きだしてくる。

なかでも我が家の先にある野原に立っているアーモンドの古木は寒いうちから咲きだして、ひときわ目をひく木である。マザンのこの家に越してきてからいつも二月になるとこの花を見て心和んできたのであるが、毎年、毎年老齢化して、木の姿も段々と寂しいものになってきた。それでも少なくはなったがピンクの花を咲かせていて、それを見ていると何かいとしい気持ちになってくる。

引っ越してきた頃は珍しさにつられて、よくパステルでアーモンドの色々な姿を描いたものだったが、最近は全く鑑賞だけに終わっていた。しかしこの古木もいよいよ朽ち終わりそうなので気も新たに一枚パステルにしてみた。


# by papasanmazan | 2020-02-17 19:28 | パステル | Comments(4)

マザンの大きな木


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わが家の目と鼻の先に大きな木があって、小さな見晴らし台のようになっている。そこからのヴァントゥー山やマザンの村の景色はいつ見ても美しく、散歩のコースには欠かせないところである。

普通には散歩コースかもしれないが、私にとっては欠かすことの出来ない風景画の制作場所でもある。この大きな木の重なり合って立っている群れも今までに幾度描いたか分からないほどである。そしてここから見える白い道や、マザンの村の遠望など自然の中の私のアトリエのようなものである。

F15号のキャンバスに冬景色のヴァントゥー山を、二本の大きな木にはさまれた角度のところを選んで描いてみた。冬枯れの野全体の中に木や山、教会などが混然と存在し、それぞれの存在とともに全体としてお互いが響きあっている、そういった世界が出来上がればいいと思って描いた一枚の油彩画である。

# by papasanmazan | 2020-02-15 19:52 | 風景画 | Comments(2)

リンゴとオレンジ




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台所の片隅に置いてある果物からリンゴ三つとオレンジ二つをアトリエに持って来て、よく背景に使う黒とグレーの縞模様の布を後ろにあしらってF3号の比較的小さなキャンバスに描いてみた。

とくに物理的な力関係や引っ張り合いを目で追う訳ではないが、なんとなく五つの果物の力感の響きや、リンゴの赤、オレンジの橙色の面積などで、組み合わせて描き始めるまでかなりの時間がかかる。

これが大変大事なことなので、納得のいかない組み合わせで描き始めるとほとんど失敗に終わるということは経験上いたいほどわかっている。物の輪郭や接線,面への移行など事細かく考えておかないといけない。そうしておいても途中で詰まってくることがある。制作の実際で、何とか画面にもちこんでいこうとしている。

# by papasanmazan | 2020-02-05 01:09 | 静物画 | Comments(0)

卓上の楽器





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あまりアトリエがモチーフなどで散らかって、どうにも制作しにくくなると、たとえば日本に一時帰国するときに片付けてみたりする。今までに使ったモチーフをそれぞれ元のところに置き直したりするのだが、小さなテーブルの上にトランペットやピッコロ、笛などをかためておいた。

フランスに戻ってアトリエの中をみていると、ただ雑然と置いただけの楽器やミルク差しがそのままうまく構成されているように見え、F12号の油彩で制作してみた。

構成自体は複雑なのだが、見ていて面白いと思われるところ、特に物と物の重なり部分と、アウトラインから面に移行するところを特に意識して描いたものである。ある程度の緊張感は出たように思う。

# by papasanmazan | 2020-01-29 17:04 | 静物画 | Comments(2)

冬の野と白樺




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冬の枯れた景色の中に一本の白樺の木が立っていて、やはり葉っぱを落として寂しいのだが、畑と並んでいるところに何か風情を感じてしまう、赤い森に制作に出かける時にいつも車から見かけている風景である。

あまり絵になるようなものではないのだが,どうしても描いてみたくなってF6号のキャンバスにむかってみた。

先日投稿したM3号の冬の野の絵でもそうだったが、このあまり派手な色彩もない冬景色の中にもよく見極めていくと、自然の骨格というものがそなわっているのが分かってくる。これは実に大切な、物の本質にぶつかっていく道だと思う。表面だけにとどまっていてはいけないという教訓なのだろうか。

# by papasanmazan | 2020-01-21 06:43 | 風景画 | Comments(0)

赤い森の岩




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日本に一時帰国したあと、南フランスに戻って制作再開する時にはいつも赤い森に出かけて行く。なぜかその場所にいると自分の感覚がよみがえってくるような気がしてならない。昨年の暮れから二枚の絵をここで描いているが、ようやくF15号のが出来上がった。

段々と赤や橙、黄色の面積が増えてきている画面になってきているのだが、それに対比する樹木や緑の扱いが少しづつ分かってきた、そしてその分画面が前よりもよく抜けてきたように思う。呼吸と同じで吸う息、吐く息が必要である。

赤や橙などの暖色の占める部分にも寒色を探し求めていかなければ全体の統一をとれないことがある。その寒色にしても寒色として独立させる時もあれば、暖色に混ぜ込んでいくこともある。同じ混色でもパレット上で行うときと描いている画面上で混ぜ合わせるときとでは効果が違ってくる。こういう手順というのか技法というのかは実際の制作の上でしか説明のしようのないものである、。ほとんどが自分の経験から来るものだから、自分の目と腕とを勘どころにして制作をしているわけである。

# by papasanmazan | 2020-01-15 19:02 | 風景画 | Comments(2)

キャロンの松と家




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昨年の7月31日に投稿したF6号、オリーブと松のある家と同じ場所でもう一枚油彩を試みた。今回はM10号の横長の形のキャンバスを選んだ。前回の制作後にすぐにもっと横に広がった構図のほうがよりよく動きが出ると思っていた。

石造りの家の強い直線が交錯していくところに松とオリーブの柔らかさ、自然さが加わって一つの魅力になる実景であるが、前作ではオリーブの扱いがうまくいっていなかった。描き過ぎていた印象がある。描き込んでもいいのだが描き込んだように見せないのである。そうしないと建物の線、面と、松の木のかたまりとでかなりの重さのある画面がオリーブの塊によってますますがんじがらめの、眼の休まり場所のないものになってしまう恐れがある。要するに描き分けるということが肝心なわけである。

冬の季節の、余り強くない光線ではあるが、画面は中から光がじわじわと輝きでてくるような作品を考えている。

# by papasanmazan | 2020-01-12 17:57 | 風景画 | Comments(2)

リンゴと果物鉢


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リンゴ五つと果物鉢を主なモチーフにしてF4号の静物画を描いてみた。背景には南仏模様の布をおき、テーブルには赤い筋模様の白いクロスを配してリンゴの赤と共通の色を、そして果物鉢とクロスの白も共通の色にしてみた。4号くらいの小さな画面では余り色とりどりに組み合わせると表現がチマチマして、見ていて落ち着きのないものになりがちである。

出来るだけ描き進めるにつれて上品なものに仕上がって行くような制作がしたいと思う。それでいて構成としても骨格の強いものを願いたい。たかだかそこいらにあるリンゴがモチーフでも画面の中では意味のある存在でありたい。

どういった意味なのであろうか、それは言葉ではなく、説明ではなく、装飾でもなく、存在そのもの、といったものである。どう扱ってもそこにしか存在しないもの、右にも左にも、上にも下にも動かせない、そこにだけ存在するもの、そこまで突き進んだ制作にたどり着けたらいいのだが。

# by papasanmazan | 2020-01-08 02:00 | 静物画 | Comments(2)

冬の野




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M3号という今まで使ったことのない大きさのキャンバスにすっかり葉っぱの落ちた木立の見えている冬の野原を描いてみた。冬枯れした野原や木立を描くのは好きで、シーンとした中にかえって色彩を感じるのである。原色や夏の強い光を受けたような強い色ばかりが能ではない、色彩はその調和と和音にたとえられるような響きが魅力なのである。

まだ美大を出てすぐの頃、実家のちかくの安威川沿いを冬の時期にぶらついていた時に,その河原とむこうに立っているクレーンとのなんとも味気ない色彩、ほとんど無彩色に囲まれた河原の枯れた黄色の風景に妙に惹かれたことがある、クレーンの立っているのが無機的で、風景自体も何の飾りもないようなもので、なぜか自分の心象と二重写しになったような気分であった。冬景色に出会うと時々その時のことを思い出す。

現在はそんな寂れたような心情はかけらもないが色彩に惹かれるのは今も同じである。ちょうどM3号のいい額縁が手に入ったので楽しみも含めて制作してみた一枚である。

# by papasanmazan | 2020-01-03 19:42 | 風景画 | Comments(2)

ザクロ





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2020年になった。昨年10月に家内の実兄が永眠したので、喪中につき新年の挨拶はひかえております。

昨秋、一時帰国したあと、フランスに戻って最初に描いたのがパステルのザクロだったが、もう一枚今度は縦型にして、同じくパステルで描いてみた。前回の横型のものは戸外の実景であるが、今回のものは全くアトリエ内での制作である。

横型の出来上がったパステル画を参考にしながら印象と記憶を頼りに進めていった一枚である。このような現実のものから離れた仕事はほとんどしたことがなく、少し疑問を持ちながら完成させたのだが、ザクロに関しては油彩、水彩、パステル、スケッチなど数限りなくやってきているので、ザクロの固体については全く問題なく頭の中で考えたとおりに描ける自信はある。

ただ前回の横型のものがいわば静物的なザクロの木と実だったのを、もっと風景的な、風景の中のザクロとして表してみたかったのである。そのために縦型を選び、構成も考えてみたものである。

こういった記憶に頼ったようなもの、印象に残ったものを追っていくような仕事ももっと考えていっていいと思う。

# by papasanmazan | 2020-01-01 07:19 | パステル | Comments(2)

ヴァントゥー山と丘の家




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先日投稿したF6号の赤い鎧戸の家と同じく、この夏の終わりから描き始めて日本での個展中の一時中断を経て、冬になってやっと完成したF10号の風景画である。場所も期せずして赤い鎧戸の家と同じところである。緑一色だった丘はすっかり枯れ葉色になっていたが、かまわずに制作を続けた結果である。

自然の風景、また室内の静物、人物や肖像画、どれも自分とは対立した、自分の外にあるものをモチーフにして制作をしているのだが、ようやく最近になって気づいたことがある、創造ということは自分の内にあるものだ、もちろんその外にあるものと共存していくのだが、大切なことはその内にあるものに深く気づいていくことである。

あるいは禅で言う己事究明ということ、ソクラテスが言うおのれ自身を知れ、ということと同じことなのだろうと思うのだが、絵画の制作においても創造のもとを見つめること、それが画面に直結してくるような気がしてならないのである。

そういったところでは余り季節の移り変わりなどが気にならなくなって、この二点の作品の制作につながった。

# by papasanmazan | 2019-12-30 00:27 | 風景画 | Comments(2)

野の花




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毎日、夕方になると犬の散歩に出掛ける。制作を終え、筆を洗って休憩し始めるとクリップ(愛犬の名)がこちらの顔をのぞきに来て散歩をねだってくる。朝には家内と、そして夕方と、日に二回の散歩を楽しみにしている。単純なものだが、そのつどかわいいものだと思う。

冬の時期になると、枯れたブドウ畑の下にダイコンの花が咲き乱れて、一面真っ白になっている。ひとつひとつの小さな花をよく見ているとどれも美しい形をしている、そしてそれが重なり合って、まるで白いカーペットのような野原である。

観賞用の色とりどりの花もきれいだが、自然の中に染まった野の花は格別に好きである、どの花を見てもすぐに描きたくなる。この夏には黒地の紙にパステルでエニシダを描いたが、同じ趣向でこんどはダイコンの花を描いてみた、黄色が白色になったのだが、どちらもクリップの散歩と同じような単純さである、しかしこの単純さに何か大切なものが隠されているのではないだろうか。

# by papasanmazan | 2019-12-24 11:53 | パステル | Comments(2)