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今年も蓮を描こうと明見湖に出かけた。昨年はここで3枚描いたが、その時にこの次に描く場所は決まっていて、大きさもF20号と昨年よりも大きなものにするつもりだった。やはり早朝五時過ぎには出かけ、人の少ないうちに描くことにしている。この池は蓮だけはなく、カワセミなども撮ろうと写真家も大勢来る場所である。近くの人もよく散歩をしている。

昨年の構図より、下に見える水面を少し大きくとり、水草なども入れてみた。とにかく蓮の花も葉っぱも生い茂っているので、その選択をしていかなければ、うるさいだけの画面になってしまう。日本画と違って花の細部の描写なども出来るだけアッサリとさせたほうが全体感が出てくる。

昨年の経験があるので、やはり制作の調子も早くつかめてゆくようで楽しかった。途中、偶然NHKの取材などを受けたり、その放送を観られてわざわざ明見湖の現場まででかけてこられた方もいたりした。


# by papasanmazan | 2022-08-21 02:03 | 風景画 | Comments(2)

リンゴと野菜





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F4号のキャンバスにリンゴを一つ、あとは台所の野菜を選んで静物画を考えてみた。小さなナスや南瓜の切り身、それに色と大きさからプチトマトも加えてみた。それらをざると白い布とで構成、方向性を与えるのにナイフも使っている。F4号の大きさにはぎりぎりの数だと思う。

描いている途中で南瓜の切り身の色がなんとなくフランスの食材で味わったオランダのチーズのオレンジ色を思い出させてくれる。こういう風に考えてゆけば、また違ったモチーフも出てくるかもしれない。ざるや布なども他に考え合わせてゆけば楽しみもまた増えてきそうである。

天気が悪くて、室内の制作しかできないときは静物画が主になってくるが、何かその中でも自由な,のびのびとした制作が出来ないかと考えてしまう。戸外での制作も体力を考慮していくと、やはり年齢には勝てなくなってくるのだろうか。

# by papasanmazan | 2022-08-16 01:06 | 静物画 | Comments(2)

夏の忍野富士



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夏の富士山が熔岩の赤い色を見せて、裾野の緑との対比でその全体の様相が冬の雪をかぶった姿からはかけ離れたものであるのがようやく昨年の経験で分かった。夏の富士は赤いよ、という一言である。昨年はその経験を背戸山からの富士で味わったが、今年は忍野でそれを制作してみようと計画していた。

P20号の比較的大きなキャンバスを用意した。ねらいは赤、早朝五時過ぎには家を出て,できるだけ自分の意図する光景を捕えようとする。六時には日傘が必要になる。少し横長の画面に富士の全容を裾野などの部分も加えて描き込んでゆく。その繰り返しの毎日である。


何か戻り梅雨というのか余り快晴の日が続かず、制作全体にはかなりの日数がかかった。最初からの意図するところの赤色は何とか出てきたようであるが、全体としての表情はどんなものだろうか。もっと経験を重ねて。富士の持つ神秘性が表面的な美しさを覆いつくすようなものになっていかないものだろうか、と言うのが現在の感覚である。

# by papasanmazan | 2022-08-09 00:03 | 風景画 | Comments(2)

五つのプラム



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六つのプラムに続いて五つのプラム、キャンバスもサムホールから少し小さくなってF0号である。色々な表現がしたく、今度は葉っぱの緑を果実に対比させようと狙った静物画で、どちらも小さな画面ではあるが性格を変えてみたかった。


小さな画面は思っている以上に難しいもので、やはりそこには構成もあり描写もある。色彩や形の根本的なものも必要である。それになんといっても表現の新鮮さ、魅力が大きな画面同様に盛り込まれなければ何の意味もない作品になってしまう。


いろんなことを合わせて絶えず小さな画面に使っていけるようなモチーフに巡り合えないものかと日常の生活のなかでも探している。新鮮な野菜や果物を見ていると食べることだけではなく、描くことも常に頭に浮かんでくるのである。

# by papasanmazan | 2022-08-05 00:27 | 小さな絵 | Comments(0)

森の中の赤松






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先日投稿したF15 号の杉と赤松を描き終わって、すぐに今度は少し大きいF30号のキャンバスにほぼ同じ場所から、同じ主題で制作を続けた。F15号を描いている途中からもっと森の深さに囲まれた感じが赤松と杉の連なりを通して表現できればという思いに至ったからである。

段々と自分の表現したいと思うものが明確になって、それが毎日の生活の糧になっていく、それでいいのではないか。死ぬまで勉強である。若いころと違って戸外で大きなキャンバスに向かうのも楽とは言えないが、やはりこのくらいの大きさの制作は当たり前にこなさなければならない,でないと腕が縮こまってしまっていけない。

まずは思っていたところまでは出来上がってきたが、今度は少し時間をおいてもっと大きな画面を考えている。今年は雨の日が多く、予定している富士の制作をまずは終えなければならないからである。

# by papasanmazan | 2022-07-26 23:41 | 風景画 | Comments(0)