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チューリップ (完成)



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ようやく一つ落ち着いたところまできたように思う。最初から懸念していた,花の奥にそえた白いビンもなくして画面はスッキリした。その小さな白いビンを消した当初はなにか空しい画面だったが、ようやく密度も整ったようである。


前にも言った様に,花や葉っぱの個々の説明などをしようとは思わない、一枚の絵としての存在感が欲しいのである。結果としては、なんとヘタクソな絵だ,と観る人によっては思われるかもしれない。そういった絵である。


私としては花瓶の直立しているのを強調したかった。その点に関しては非常に満足しているし,この夏にはこの感覚でもってヒマワリにもう一度活気を与えたような画面が考えられるのではないだろうか。

# by papasanmazan | 2012-02-10 11:43 | 静物画 | Comments(2)

チューリップ(第二段階)


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F8号にチューリップと花瓶、その奥に小さな白いビンを添え物にした静物画、それほど難しくないはずなのだが、なんのなんの、これほど悪戦苦闘しようとは思わなかった。普通の意味でいって,形をとり、色を塗っていって明るさと暗さ,奥行き、ヴォリュームなどが保証されてきてできあがってくるはずなのである。


物が表現され,実在感が出てきて充足された空間をあじわうこと、視覚上の錯覚をもふまえて一枚の絵が出来上がるとはそういうことなのだろう。しかしどうしてこうモタモタしなければいけないのだろうか。
理由は分かっている,実在感に対する感覚が違ってきているからである。


たとえば花があり,葉っぱを緑で添え,花瓶を描いて絵を組み立てる、そして物それぞれの基礎的な面付けでヴォリュームをとらえていく。そういった個々の物という考えから隔たってきているのである。一枚の画面という考え,タブローという概念である。


一つの表された画面だけが存在する,と言っていい。これがなかなか理解出来ないのである、だからマラルメの詩が難しく感じるのである。ここを徹底して分かっておかないと、モナ、リザにはヴォリュームは感じるが,源頼朝像にはヴォリュームがない,などという議論に陥ってしまうのである。


画面ということではモナ、リザも頼朝もおなじことである。さてこのてこずっているチューリップ、どうすればいいのか,一つの答えは簡単である。花瓶が立てばいいのだと思う。判断はそこにしかないようだ。

# by papasanmazan | 2012-02-10 11:40 | 静物画 | Comments(0)

チューリップ(第一段階)


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天気予報を見ているとしばらく風が強く,曇りや雨の日が続くようであった。これは外での制作が出来ないのでマズイと思い、あわてていつもの花の卸し農家に行った。


冬場なのであまり種類は多くないが、それでも色彩にかこまれている。ユリのつぼみがあって,これは咲くのにどれくらい時間がかかるの、とたずねたら、三週間くらい,でも咲いたら長持ちする,と言う。


明日からでも描きたいので,これは駄目だというと,チューリップならすぐに咲く、とのこと。大きなつぼみのものを八つ包んでくれた。さてアトリエにおいてある花瓶で,家内がこの間のみの市で買ってきたオランダ製のものに飾ってみた。


昼食が終わり,いつものクセで少し昼寝をしてからアトリエに入ったら、なんとそのチューリップがもう既に満開なのである。なるほどすぐに咲く,と言ったはずである。あわててF8号のキャンバスをもちだした。

# by papasanmazan | 2012-02-10 11:36 | 静物画 | Comments(0)