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オリーブと松のある家





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たとえば何か風景画を描こうとすると,良い眺めや面白そうな建物、その他自分の心にかなう景色を追い求めていく。初心者の頃はどんなにこの場所を描いてみたいと思うようなところが見つかっても、なかなかいざ実際に描いてみるとどれもこれも難しいものである。

それが少しづつ経験をつんで、いろいろなモチーフにあたっていくと、その風景にも自分の好みがでてきたり、こういう構図のもの、自分の意図などが加わってきて、その制作も段々高度のものになってくる。そして出来上がった作品にしてもあるときは深みのあるいいものが出来るかと思えば、時々は自分の自己満足だけに終わって、他人の目からすると一体これは何を現し、何を言わんとしているのか、と批判の対象になるようなものも出来てきたりする。

いわゆる奇の衒ったもの、ただただ難しいもの、その他高度なものには違いないが親しめないもの、そういった制作もできてくるわけである。しかし最近の私は年齢のせいか、モチーフにはできるだけ当たり前で、どこにでも存在し、すぐにでも手に取れるようなものを選ぶようにしている。

いつも制作に向かう車から見える石造りの建物で、オリーブと松にかこまれた家がある。F6号の比較的小さなキャンバスに描いてみたのだが、プロヴァンスにはざらに見られるこんな風景で、たったこれだけの簡単な構成に過ぎないのに、こんなに難しく、これほど時間と制作回数のかかった絵も最近では珍しかったことを告白する。



by papasanmazan | 2019-07-31 19:28 | 風景画 | Comments(2)

ポプラと教会





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本当に久しぶりに水彩画を描いた。水彩のあの軽やかさ、さわやかさは大好きで、描き出すと次から次に思いつくままに描いてみたくなるのだが、油彩の仕事におわれて最近はお留守になっていた。

水彩や鉛筆などを使ったデッサンなどを油彩の仕事のための習作(エスキース)だと考えたことはない。水彩は水彩としてそれなりの作品であるし、デッサンもまたしかりである。もちろんエスキースとして自分なりの考えをまとめたり、構図を練ったりするのにすばやく鉛筆などを使って描き留めたりはするが、水彩もデッサンも重要な作品である。

といいながらも水彩は本当に気持ちがいい。モルモワロンの教会の見える場所に久しぶりに出掛けて一枚描いてきた。以前はこの場所でよく描いたものだが、この周りも少しづつ建て込んできている。どの村も都市化を目指しているのか、以前の趣はなくなりつつある、せめて水彩で自分の思い出のためにだけでも描いておこうかとも思う。

by papasanmazan | 2019-07-29 23:50 | 水彩画 | Comments(2)

赤い森の岩





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いつも制作の場にしている赤い森で、以前F20 号に描いたことのある構図のものをもう一度、ほぼ同じ地点、大きさは今回F15 号を縦型にして完成させた。

もう三年以上も前のF20号の前作になるが、岩や木々の扱いをもっとクローズアップして、全体の緊張感を高めてみたかったのである。そのことはずっと考え続けていたのだがなかなか改作の機会がなかった。久しぶりに見る現場はほとんど何の変わりもなく、イーゼルを立てる目印にしている石もそのままそこに置いてあった。

とにかく画面左に位置する赤い岩を大きく取り入れて、木々と対立させながら全体の調子を上げていった。赤い岩の扱いは以前に比べると軽く、気楽に色を重ねるだけで充分な気持ちになれるようになってきた。ここは制作の大切なところで、ある意味で知らないふりのままで放置するだけの度胸がもてるかどうか、下手なときに限ってあれでもない、これでもないと余計な絵の具の塗り重ねをしてしまうのである。それがまた全体に行き渡っていって、つまりは何の表情もない作品になってしまうのがオチである。


今回の作品ではなんとか岩の存在を木々が受けれるようになったと思う。

by papasanmazan | 2019-07-24 18:20 | 風景画 | Comments(2)

立ち葵〔Ⅱ〕


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パステルでの前作立ち葵を描き終わってから、ずっともう一枚描こうと思っていた。より構成的で強さが明確に出るようなものを意図していたのである。もともとこの立ち葵の花は何か垂直感に根ざした強さと、余り飾り気のない素朴で野生的なところが好きだった。

いわゆる観賞用の上品な花を室内において描くよりも、戸外の野原や道端のごくありふれた花がいい。そこに自然の野趣を感じるからである。まだパステルで花を描き続けていくのなら、できるだけそういったものを扱ってみたいと思う。

構成的にしたいということで画面も大きくしてみた。前作が256×386mmだったのを今回のは370×445mmと、かなり大きな紙を用意した。色はおなじくグレーの紙である。立ち葵の垂直感を強調したくて茎の数を多くした。目を上下に誘いながら花の位置によって動きを全体に複雑にしていく。もちろんそこに花の色の響きあいを目論んでいくわけである。

前作にもましてこの立ち葵のパステルは描き込んだものになった。少しくどすぎるかなと思うくらいに描き込んだ、最後に自分に、もうここでおしまい、と声に出して完成させたものである。






by papasanmazan | 2019-07-22 01:09 | パステル | Comments(2)

ひまわり畑〔Ⅱ〕


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ひまわり畑〔Ⅰ〕に続いて〔Ⅱ〕も完成した。これはP20号の大きさで、〔Ⅰ〕のF20号より細長い形である。ひまわりの畑が遠くまで広がって、横に流れた黄色全体が美しい。〔Ⅰ〕を描いている途中からその横いち面に広がった黄色をもっと主にしたものも描きたくなってP20号にも描き始めたものである。

〔Ⅰ〕で個々の花などを苦労しているので〔Ⅱ〕のほうは少し楽な制作になった、出来上がるのも若干速かった。こちらの横長の画面は個々の花というよりも黄色という色彩の面構成といってもよいかもしれない、描いている途中でも花自体よりも黄色の絵の具の扱いといった感じだった。ジョーヌ・ド・カドミウム・クレール(カドミウム・イエロー・ライト)という絵の具一本を相手にしているような制作である。

これが画面というものに関わってくる制作というものである。抽象といえば抽象かもしれないが、ヒマワリという花を使っている制作でもある。このあたりの機微は自分だけにしか分からない、なんとも説明のしようもない制作の実際である。




by papasanmazan | 2019-07-18 03:08 | 風景画 | Comments(2)

カップと野の実





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夏になるとあちらこちらで野の花や、野の実に出会う。野の実ももちろん野生で形は小さいものが多いが、色は大変にきれいである。梨なども食べられないが、市販のものと違って形がさまざまで、しかも小ぶりなので小さなキャンバスに描くのにはもってこいである。

そんな野の実と、これも大好きなカップを組み合わせてF0号の小さな絵を描いてみた。カップの赤の模様が果物の赤と響き合えばそれで満足できる、そんな描き始めの意図だったが、やはり絵画は色だけではなく形の問題が出てくる。

個々の果物やカップの置き方は最初に考えあげた上で描き始めるが、途中の色の関係でどうしてもモチーフになる物の角度や接点、接線の変形が必要になってくることがある。そうしないと見るものの目に落ち着いてこないのである。

いくらでも描き直していく。気に入るまで描き直していく、それしか方法はないのである。
小さな画面といえども制作の態度は変えようがない。

by papasanmazan | 2019-07-15 17:45 | 小さな絵 | Comments(0)

立ち葵


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今まで描きたい、描きたいと思っていた立ち葵の花だが、ヒマワリと組み合わせたパステルを一枚描いただけである。他の制作に追われていく間に毎年季節が過ぎ去ってしまって、後悔ばかりしてきたが、今年こそはと意気込んでいた。

そういって見回していると以前なら道端のどこにでも咲いている立ち葵の花がなかなか見つからない。そしてやっと見つけてかと思うと今年の異常なフランスの熱波で花がどれも焼けたようにしおれてしまっている。

今まで毎年咲いていた場所を駆け巡ってやっと花のまとまった場所を見つけた次第である。パステルでさっそく一枚をものにした。これもほとんど野の花といってもいいのかもしれないが、何故か立ち葵には愛着がある。何とかもう少し大きな、もっと構成的なものも描いてみようと目論んでいる。






by papasanmazan | 2019-07-12 22:24 | パステル | Comments(2)

ひまわり畑〔Ⅰ〕





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家内が犬の散歩がてらにひまわり畑を見つけてきてくれた。家からごく近くのところである。ひまわりの花や畑は今までに油彩、パステルでかなりの数を描いてきた。かなり遠くの場所まで描きに行ったこともある。

最近はパステルで室内のヒマワリの切り花ばかりの仕事になっていた。実は油彩でひまわり畑の大きな絵を描くのは難しいし、かなり体力もいる制作になる。もうこの仕事はしないだろうなと思っていたのだが、場所が車で3分位の所、試みに見に行ってみるとやはり描こう、ということになった。

F20号のキャンバスを選んだ。ちょうどこのくらいが今の自分にはいいところだと思う。しかし何度描いてもこのヒマワリというのは難しい、個々の花を説明的にしすぎて、しかもその花の数が多くなっていくとまるでパチンコ屋の開店である。そうかといって花をただ丸いだけにしておくと月面クレーターみたいだ。そのあたりの描写と全体感との兼ね合わせが難しいのである。

ただこのF20号を描いている途中、ちょうど三度描きおえた時点でもう一枚P20号にも同じヒマワリ畑〔Ⅱ〕を始めて,ⅠとⅡを毎日交互に進めていった。制作としてはこれがよかったと思う。


ようやく先行したⅠが出来上がったのだが、いままでのひまわりやひまわり畑の絵とは違っていると思う。いままでのが花や畑の絵だったのが、今回はひまわり畑を使った画面にようやくなってきた、と言えそうである。

by papasanmazan | 2019-07-08 14:51 | 風景画 | Comments(0)

石切場の家


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ボーセの村で石切り場の風景を何点か描いたが、まだまだ満足できないでいる。そこで以前F10号で描いたのと同じ場所で石切り場とその下にある家をもう一度絵にしてみた。今回はF3号の小さめのキャンバスである。


前の10号の絵は冬の時期に描いたもので、緑の面積が少なかったが、今回は初夏から始めたので木々の緑が充分に目についてくる。岩の荒々しい切り後と緑の対比が何とか上手く処理できないかとこの時期を狙ってみたものである。

しかし岩の重なり、切り跡などの面取り的な処理は何とか持っていけるのだが、それが緑の部分になかなか流れていかないので困った。流れるのは流れるのだが余りに対比が強すぎて表現がワザトらしく感じられるのである。そうかといって解け合わせすぎても骨抜きのようになったものになる。そのあたりを何度も修正しながらようやく出来上がった作品である。







by papasanmazan | 2019-07-06 23:26 | 風景画 | Comments(0)

野の花(黒地)





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もう一枚野の花のパステル画を黒地の紙に描いてみた。以前はよく黒地の紙も使っていたが、この表現ばかりの雰囲気に陥りたくないので、最近はほとんど使っていなかった紙である。上手く表現できると割合に切れ味のある作品になるが,へたをするとただイヤみな、思わせぶりなだけのものになる恐れがある。

雰囲気を大切にするというのは理解できるのだが、そこに自分だけが酔っているような作品は自分で描くのも嫌いであるし、他人の作品でも敬遠しがちである。また作品の解説などでもそういった心理分析やなぞときめいたようなものは若い時から距離を置いてきたものである。

芸術という名の下に自由な表現ばかりの現代だが、やはり自分の考えの純粋さは保ちたいと思う。

by papasanmazan | 2019-07-04 03:44 | パステル | Comments(0)