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サン・ディディエの教会





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マザンから車で10分位の隣村、サン・ディディエの教会と村をサムホールの小さなキャンバスに描いてみた。ここの教会の白くて細長く空に向かっている屋根はいつ見ても特徴的で美しい。こじんまりした村の中でひときわこの教会が目立っている。

村の少しはなれにある墓地の横から描いてみた。以前にもサムホールの大きさに描いたことがあるが、今回は墓地の塀に沿った、ごく足場の悪いところにイーゼルをすえてみた。角度としてはこれが全体の勾配から言って一番いいようである。

小さな画面を描くコツが少しつかめたようである。余り強い構成は望めないのだが、手際によってはかなりの描き込みも可能である。大きな画面でもいえることだが、油絵の具の塗り重ねていく時の手順をよく覚えこんでいかなければならない。特に小さな画面では対比したところの部分の塗り方を出来るだけすばやく変化をつけながら、視覚上の差を現していくことである。画面が小いさいだけにこういう手順にモタついていてはただ生気のない絵が出来上がるばかりである。

by papasanmazan | 2019-06-30 18:23 | 小さな絵 | Comments(2)

ロック・アルリックの村


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今年の三月に日本から来た知人を連れてちょっとロック・アルリックの近くを回ってみた。バルーの城やジゴンダスなど観光地としても見所の多いこの地方だが、とりわけ岩山をめぐるこのロック・アルリックの村は日本人には新鮮な光景だろう。


すでにこの風景は何度も描いているのだが、その日も話をしながらいつもの制作場所から少し奥へ行ってみるともう一度描いてみたい角度のところが見つかった。以前の構図よりも少し左側の面積が増して、空間的には楽な感じがするのである。


ただしこの風景は手前の岩山と。それに張りついたような村の建物、その背景に大きなダンテル・ド・モンミライユという、これも岩をところどころむき出したような山が控えている。これらを一つの空間におさめていくのはなかなかに難しい。特に岩の色彩に注意していかなくてはならない。その色彩が単純になっては平板な画面に陥るし、複雑さに目をうばわれすぎるとなんともコセコセした、自然の大きさの失われた絵画になってしまう。


やはり何度描いても難しさだけが身にしみる制作である。今回はF15号のキャンバスを使った。







by papasanmazan | 2019-06-26 23:43 | 風景画 | Comments(2)

エニシダ(黒地)







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先日の投稿でアザミとエニシダのパステルを紹介したが、こんどはエニシダだけを描いてみた。久しぶりに黒い紙を使ってパステル画にしたものである。


黒い地に描く時はかなり色が吸収されて、色彩自体が落ち込みがちなので、意識的にひと調子高いトーンで描いたほうがよさそうである。それからやはり黒という背景に物を表現していくので、へたをするとケレン味がかってしまって美しさが損なわれるような気がする。いつもそのあたりのことを気遣いながら黒地をあつかうようにしている。



このエニシダの花の形は大好きで、同じような豆科の花をパステルで時々描いたりする。丸や三日月型のつながっていく形の総体が好きなのである。ただこれも要注意であって、好きなモチーフだけに時として感情移入しすぎてしまうのである。感情移入が悪いというわけではないが、自分としてはもっと画面の自律性を大切にしたく思っている。美術作品の好き嫌いで言っても感情移入が前面に出てくるような作品は余り好きではない。


ヴォリンガーの抽象と感情移入という本は美学のうえで大切なものである。抽象と感情移入を対立した概念として捉えて、現代絵画の考え方に大きく寄与しているが、抽象絵画といえども、見ているとその中に随分感情移入されたようなものもあると思われる。私が余り好きではないという画面はそういったアイマイさを感じさせるものをいうのである。

by papasanmazan | 2019-06-23 03:17 | パステル | Comments(2)

ヴァントゥー山(ベル・ヴューから)






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久しぶりに30号の油彩を制作した。M30号である。若いときには30号くらいは極当たり前の大きさだったが、最近は20号位までの大きさどまりが多く、ちょっとなさけない気もするのだが、戸外での制作ともなると30号くらいまでになってしまう。

昨年の夏以降、ヴァントゥ-山を描くのにこのベル・ヴューという名前のキャンピング場のすぐそばにイーゼルを据えることが多い。ベル・ヴュー(いい眺め)というだけあって大変に眺望の開けたきれいな風景のところである.前景の大地を通してヴァントゥーがなんのさえぎりもなく大きく展開してくれる。

この場所は以前から制作にもってこいのところになるとは思っていたのだが、何せ相手がだだっ広く、建物や林や畑などが本当につかみどころがないほどに小さく見えるだけで、大地の扱いや山の横への変化などをどうして扱っていいのか分からなかった。

昨年のこの場所での20号の制作いらい段々と、制作する自分と風景の一体化を感じるようになってきた。形と色を使って表現するのが絵画の基本だが、それにまして何か精神的に一つ自由なものを得たような気がしたのである。それでこのいい季節を待ってこの30号の制作になったのである。今の自分としては満足のできる画面になったと思っている。

by papasanmazan | 2019-06-17 02:55 | 風景画 | Comments(2)

アザミとエニシダ




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早春の頃、カンヌとニースの間のマンドリュー・ラ・ナプールではミモザ祭りがおこなわれる。まだ寒い時期なのだがかれんな黄色い花を求めた人たちでにぎわう有名なお祭りである。我が家でも南仏に越してきてすぐにミモザを庭に植えたのだが、植木屋さんの意見どうり一度寒さがやってきて氷点下の気温になったとたんに順調に育っていたミモザがだめになってしまった経験がある。カンヌ、ニースあたりの気温よりこのあたりはだいぶ寒さが違ってくるのである。

しかしちょうど5,6月頃になると私たちの住むマザンだけではなく、この地方広範囲にわたって野生のエニシダがいきおいよく黄色い花を咲かせてくれる。それこそ群を成した黄色があちこちで目につくのである。日本にいるときからこのエニシダの花は好きだったが、プロヴァンスのものは日本のよりは花も少し大きめで、黄色も濃いような気がする。本当に野生味があって、どこにでも見られる景色なのだが、いっそミモザ祭りのむこうをはってエニシダ祭りでも企画してみたら、と思うほどである。


そんなエニシダの群生のそばにこれもまた日本のよりかなり大きな花を咲かせたアザミをみつけた。黄色とピンクがかった紫色との対比がきれいだったのでパステルにしてみた。

by papasanmazan | 2019-06-14 00:34 | パステル | Comments(0)

アーモンドの花とマザンの教会


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セザンヌは戸外の制作に出掛けたり、水彩道具を肩にして仕事に向かう時、絵を描きに行こうとか、仕事に出掛けようとかは言わなかったそうで、さあモチーフに行こう、と言ったそうである。これはセザンヌを理解するうえで大切な言葉だと思う。

日本でもこの頃はよくモチヴェーションとかいった言葉を使うが、このモチーフという言葉も動機とかいった意味にもなる。また画家が静物画のモデルや、選んだ風景の場所をモチーフといったりもする。音楽で言うとワーグナーがライトモチーフなどという言い方で,導調といった感じで使っているようである。


セザンヌの場合のモチーフもこの導調といった意味で、普通に言う絵を描く、といった意味よりも一枚の画面の最初の調子を探しに行こう、単にいい景色を探しに行こう、絵を描きに行こうということではないのである。ここのところがセザンヌの制作の独特なところで、他の画家と一線を画するところである。セザンヌの芸術をよく理解していたゴーギャンは同じく制作に出掛ける時に、さあセザンヌに行こうといったそうである。よくセザンヌの動機付けが理解できている言葉だと思う。

先日のP3号のマザンとヴァントゥー山に続いてこれも同じくP3号にアーモンドの花の美しい季節のマザンの景色を描いてみた。これなども普通で言って美しい花見気分の絵かもしれないが、自分としてはセザンヌのモチーフと同じ意味で描いてみようと思ったものである。河口湖と桜をあしらった絵のような美しさとは少し違っているかもしれない。




by papasanmazan | 2019-06-10 20:22 | 風景画 | Comments(2)

マザンとヴァントゥー山




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マザンの風景といえば誰もがここだ、といえるような場所、我が家からもほんの少しの距離である。もう何度も描きなれている風景ではあるが、やはり春が過ぎて空の色がどんどん青く、明るくなってくると、また描いてみようという気持ちになる。


しかし徐々に変わりつつある景色でもある。何か色も全体的にきれいになって、それはそれで結構なことなのだが、なんだか風景が軽くなったような印象を受ける。素朴な美しさも残しておきたいような気がするが、これも時代なのだろうか。

今回はP3号のキャンバスに描いてみた。P3号というのは初めてで、F3号よりもこころもち細長い形である。この風景は写真家などもよく選んでいる場所で、日曜画家のフランス人グループもここで描いていたのを見たことがあるが、私には案外難しい制作だといつも思うのである。というのも奥行きがつけにくい構図になってくるからで、息抜きになるような部分がなかなか見つけられない、だからマザンの村の裏からヴァントゥー山までの距離感が出しずらいのである。


セザンヌはこういう風景の時にでも距離感を充分に表現する術を知っている画家である。いわゆるセザンヌの絵の垂直性といわれるもので、その垂直感で奥行きに引き込んでいくのだと解説されている、しかし私にはその垂直感というのと奥行きというのがどう関係するのかよく理解できないのである。垂直感というよりももっと、縦に切り込んでいく心理、縦の空間処理、切り込んだ遠近法、といったほうが分かりやすいのである。

by papasanmazan | 2019-06-07 18:59 | 風景画 | Comments(2)

庭の天使

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風景画といっていいのか静物画ともいえるようなF10号の絵を一点制作した。以前ブドウの木の下においていた天使の像を、満開のバラの木のほうへ置きなおし、そのバラや松の小枝などもあしらって描いてみた。


最近キリスト像や少女の像を描いてきたが、いずれもF10号の縦型で、この天使の像も期せずして同じ縦型、同じ大きさになった。一つの理由はバロック的な画面を志したからである。動きを重視して、上から下への流れを意識したものの置き方を考えた結果、こういった作品が出来上がってきたのである。


そういえばこのごろは低い位置にイーゼルを据えて描く事が多い。以前には思いもかけなかったような動きのある画面が出来て、大変に面白い制作になっている。

by papasanmazan | 2019-06-05 20:07 | 静物画 | Comments(2)

キャロンの教会(サムホール)







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先日投稿したF0号の小さな絵、キャロンの教会を同じ場所、同じ角度で、これも小さなサムホールの絵にしてみた。ただし今度は横型で、F0号よりはこころもち大きいサイズである。縦型に使った前作が教会や建物を見上げたような、まるで目の前の風景に直面しているような印象とは違って、今回のサムホールのものは画面としては小さいながらゆったりした構成になっている。

F0号の時に意見を寄せてくだっさた中に、小さな窓から見たような風景、という言葉をいただいたのが大変に印象深く、有難かった。もう三十年以上も前のことで、日本にいた時のことだが、毎年冬には一ヶ月くらい富士山のふもとに滞在して、色々な角度から制作していた。そのうちの一点を個展時に買ってくださった方に、うれしくてお礼を言うと、毎日家の窓から富士山を眺めているようで大変満足している、と言っていただいたことがある。これも忘れられない有難い思い出である。


この窓から見たような風景、という言葉は画家にとってよく考えておかなければならないことだと思う。よく絵の批評会などで先生が、風景を切り取る、という言葉を使われることがある。つまり構図を決めていく時に実際の風景なり、静物の組み合わせで、どこで画面を切り取っていくか、上下、左右の四辺に限られた画面にどう物をおさめていくか、これが空間を決定する第一の要素であるから大切なところだといえるのである。それをグンとポピュラーな言葉になおせば窓から見たような風景、ということになる。

by papasanmazan | 2019-06-01 19:00 | 小さな絵 | Comments(0)