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カーネーションの花束


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先日このブログにパステルで描いたカーネーションを投稿したが、そのあとそのモデルのカーネーションがますます咲きだして本当に毎日が楽しみだった。実はこれは家内が他所からもらってきたものなのだが、余りにきれいで、なんだか見ているだけではもったいなくて、とうとうもう一枚パステルにしてみた。前作は紙の地色が明るいグレーだったが今回はうすいブルーである。


前の作品と少し違った感じにしようと思って、花瓶も入れてみようかなどと色々試したのだが、うるさくなり過ぎそうなので結局花だけの構成になった。ただし色彩の取り合わせは大分違っている。


前作のが254×180ミリ、今回のが270×206ミリで少し大きなパステル画になった。額装する時には前作が太子(タイコ)、今回のが四つ切という額に入る予定である。水彩やパステルは額縁のなかにマットといって余白になるような台紙にその作品の大きさにあわせた窓をあけて、その窓の部分に作品を収めることになる。私はいつもマットの幅を7センチ位に目安を立てている。


以前小さなリンゴ二つを水彩で描いてそれを額装したのだが、かなり大きな額に納めてマットの幅を随分大きくとったことがある。その作品をまず大阪の個展で飾ったのだが、こんなマットが大きくてはもったいない、という意見の人がいた。それを神奈川県の藤沢での個展の時にも出品したら初日に売れてしまった。買ってくださった方に聞いてみると大変シャレているとのことだった。




by papasanmazan | 2019-02-26 23:49 | パステル | Comments(2)

三つのリンゴ


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F3号のキャンバスを縦型に使って三つのリンゴをモチーフにして静物画を描いてみた。こういった単純な組み合わせで、見た感じも、描く感じも構成的なのが大変に好きである。白い布の上に置かれたリンゴ三つ、背景に赤を主にしたチェックの布、それにテーブル代わりの小さな椅子だけが構成要素である。

アダムとイヴの楽園追放の旧約聖書から、ニュートンの万有引力、そして静物画のセザンヌ、どこまでいってもポピュラーなリンゴだが、これが描いてみるとなかなかに難しい。たとえば三つのリンゴを描くとして、三人の人間がいればそれぞれ性格も表情も違っているのと同じくリンゴにも個性はあるはずである。同じ赤い色をしていてもその赤の中にも違いを見つけるだろう。そういったそれぞれの持っているものをつなぎ合わせながらおのおのの固体としての特性も表現していく。

しかしなんと言ってもまずは三つを使っての動きをよく考えてみる,その内の二つは接し合い、重なり合わせ、残りの一つは少しその二つの群から離し気味にする、それでもってジグザグに上から下にと目線を引っ張っていく。そのためにまずはキャンバスの使い方を縦型に決めていく、狙いはただそれだけの話で、あとは実際の制作を進めていくのである







by papasanmazan | 2019-02-23 21:10 | 静物画 | Comments(2)

城への道



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バルーの城をF12号のキャンバスを縦型に使って描いてみた。昨年の夏、この城を遠望したところや、大きな松と組み合わせたものなどを何点か描いたのだが、その時に新たに角度の違った場所を探し当てていた。今まで気づかなかった道を大きくうねると城の姿がはっきりと見えてきたのである。

他にも並行して進めていた制作がたくさんあり、個展のために日本の一時帰国もしなければならなかったので、この新しい場所での仕事はお預けになっていたものである。

大きく曲がった道を抜けて遠くの城に至る、聞けば何か寓意でもありそうに思われるが、ただ一枚のキャンバスに描かれた風景画である。カフカの難攻不落の城のようなものではない、画面一つの存在を心がけただけのものである、しかしこの画面一つという意味が私には一生をかけて実現させてゆく仕事になりつつあるような気がしている。




by papasanmazan | 2019-02-20 09:44 | 風景画 | Comments(0)

カーネーション


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久しぶりにパステルを描いてみた。母の日にはまだ早いがアトリエにカーネーションの花が飾られていたので、それをモチーフにしてみた。今まで随分花のパステル画を描いてきたが、そういえばカーネーションは初めてである。どこにでも見かけられる一般的な花なのだが、なぜか今まで描く機会がなかった。

赤、白、橙、黄、そして紫など多色の花々を扱ったが,色面を決めるのにはまず赤と白の花の位置をあらかじめ定めて,その後で色をばらけさせるようにその他の花を配置していった。こういった多色のものを扱う場合に、中心になるコントラストをまず考えていくのも一つの制作の進め方である。


よく静物画を描こうと思うのだがモチーフをどういう具合に選んで、配置していけばいいのか迷ってしまう、という質問を受けることがあるが、まずは一番中心になるものは何か、ということを決めていくべきだと思う。それとその中心になるものをひきたたせる物、コントラストになるようなものを見つけていくこと、それには形や色の違いや調和をもとにモチーフを選択していく。そしてそれらの取り合わせが余りうるさくならないように、わざとらしくならないように考えてもいきたいところである。

そして一番これが肝心なことなのだが、とにかく自分が一番描きやすいようにモチーフを組んでいくこと、これなら最後まで描き続けられる、という感じが捕まえられてから制作にかかるようにすればいい。





by papasanmazan | 2019-02-18 04:18 | パステル | Comments(2)

ヴナスクのプラタナス


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昨秋の芦屋での個展で、案内状にF15号のヴナスクの白樺という作品の写真を利用した。その会場での当作品の評判は一番目立つところに展示したせいもあるのだろうが、割合によかったようである。自分自身でも納得できるものであったのだが、展覧会後に家内の意見で、あの絵をもう一度描いてみたら、ということであった。

なるほど割合に落ち着いて制作したもので、あまり過不足は感じないものなのだがまだ発展するだけの余地がありそうに思えた。真冬になってからそのヴナスクの現場に出かけて想をもう一度練ってみようと試みた。せっかく新しく描くのだから少しでも構図を変えたり、キャンバスの大きさも違えたり、などと右へ行ったり左に向かったり、登ったり下ったり(ここは小高い丘になっている)、色々試してみるのだがどうにもならない。

かなりの時間をかけたのだがとうとう昨年とまったく同じ位置、まったく同じF15号ということになってしまった、そう決めるしか描けないのである。

出来上がったものは自分としては今回もこれでよし、かなりの発展がある、と満足している。





by papasanmazan | 2019-02-14 03:36 | 風景画 | Comments(2)

冬の雑木林

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真冬の、葉を落とした木々の姿は美しい。昨年の1月30日にこのブログに投稿したF20号の冬の木々と同じ場所で今年も裸木の群れをP15号に描いてみた。昨年はその林の中で制作したが、今年は木々の並列しているところを選んで、林から距離をおいた姿をポイントにしてみた。

この並列した構図は見ていて美しいが、描く段になるとなかなか奥行きがでてこないので難しいものである。出来上がったと思っても何か平板な感じで、物足りないものがいつまでも残る、今まではそういった制作がおおかった。それにも懲りずにやはり冬になるとあの枝々や幹の交錯する姿を見ると描きたくなるのである。


まだ美大に行ってた頃、武蔵野の欅の林が立派で、描いてみたい気持ちがあってもどうすればいいのか分からなかったことを思い出す。その欅の林で忘れられないのは故堀内規次先生の絵である。静物画、漁船シリーズ、室内の人物など才気ある作品をどんどん世に出されていたが、武蔵野の欅もその中の一つのシリーズであった。通っていた美大の関係で目をかけていただき、二ヶ月に一度位、田無のご自宅のアトリエにお邪魔していた。先生は芸術家ぶったようなところはまったくなく、酒に酔った若造の私の駄法螺を、ただニコニコしながら聞いていてくださるだけだったが、若いうちはそんなにいい絵は描けないよ、絵だけではなくいろんな芸術を吸収することだ、といつも教えてくださっていた。そういう私ももう先生のなくなった年齢を越えてしまっている。








by papasanmazan | 2019-02-10 00:05 | 風景画 | Comments(2)

白い岩(加筆)


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昨年1月5日に投稿したF15号の風景画、白い岩にほぼ一年経てから加筆した。一応制作としては完成したと思ったので、サインも入れてアトリエで時々眺めていた作品なのだが、なんとなく物足りない感があり、冬の時期までお預けの状態にしておいた。

今年の正月明けの寒い日にふたたびキャンバスを持って現場で自分の作品と実風景とをかわるがわる見直してみた。実風景は変わることはないかもしれないが、自分の見る目は相当に違ってきているように思う。

フランス語でよくイマージュという言葉をつかう。英語のイメージに近い言葉かもしれないが、日本語のイメージにあたる印象といった意味よりもフランス語のイマージュは画像に近い意味があるように思われる。印象という言葉の持つ、少し雰囲気的な、心境的な感覚ではなく、もっと明確な,視覚の要素の強い言葉がイマージュのように思われる。もっともフランス人全部が意識的にそういう風に使っているわけではないだろうが、時折聞かれる言葉である。

現場で実際の風景を眺めながら、昨年仕上げた画面を点検していると、なるほどここはこうして、こういう考えでこう描いたのだな、とは思い当たるのだが、今いったイマージュという意味で不足しているものがある。要するに表現できていないのである。

表現するということは外界のものを単に写すことではない、画面というものを作り上げることである、イマージュを確定していくことである、と次から次に言葉を選びながらこのF15号の絵に加筆してみた。





by papasanmazan | 2019-02-01 17:28 | 風景画 | Comments(0)