<   2018年 03月 ( 7 )   > この月の画像一覧

旧作 バルーの大きな松




c0236929_00024525.jpg


これも昨年7月中旬に出来上がったF15号、バルーの大きな松に加筆したものである。もうすでに暑くなっていた頃に描いていたのを覚えている。この作品の不満だったてんは特に深い色の部分の諧調が足らないというものだった。昨年の段階ではそのあたりにも気をつけていたつもりだったが、やはりまだ足らなかった。どれだけ集中して描き込んだとしても、画面上で足りないものはやはり足りないのである。目の判断に頼るしかない。


そういった不足しているものに何とか答えを与えようと努力していくわけだが、その点でその判断の基準に話が戻るのである。やはり何らかの理想が自分の中にあるのだろう、どこかで学んだこと、獲得したこと、それらは実際の経験によるものもあるだろうが、三次元の現実世界から離れた、何か神秘的な作用が働くのではないのだろうか。それを私は直感によるものといいたいのである。


科学の世界が分析による論理力に基づくのとは違って芸術は直感による理想との交感が第一義の美学になるのではないかと思っている。




[PR]
by papasanmazan | 2018-03-29 00:44 | 風景画 | Comments(0)

旧作 ボーセの石切り場





c0236929_00030247.jpg


一昨年(2016年)3月29日に完成した作品、ボーセの石切り場にも加筆してみた。この絵は出来上がったときから岩場の細部に不満があった。端的に描写がまだまだ足りないので岩の部分と下方の人家との対比がはっきりせず、その結果絵としての流れが上から下のほうにうまく引っ張れないでいた。そこのところをどうすればいいのか一昨年当時には分からなかった、それがはっきり見えてきたので、やはり現場にもう一度戻って加筆してみた。


岩場の左側の張り出しが足りなかったのが原因である。そこのところを強調することで急に画面が立ってきたようである。縦型に使ったキャンバスであるから名実ともに絵が立ってきた、それでよしとする。


さてその見えてくるところ、いったい何を持って不足しているものなら不足していると判断できるのだろうか。何か基準なり、理想なりをどこかで判断の元にしているのではないか、しかし自分の過去を振り返ってみてもそのようなことをどこかで学んだような記憶がない。


過去と言い現在、未来と言えばこれは時間である、そして絵を描いている自分は現実の空間の中にいる、この時間、空間に限定されて生活をしているのを自覚できるのが人間である。その時間の過去の部分に思い当たるものがない美の基準が急に現在の自分に見えてくるというのはどうしたことなのだろうか。これは今いった時間や空間を離れたところに何かがあるのではないか、そんな不可思議な思いにとらわれるのである。(この項続く)。




[PR]
by papasanmazan | 2018-03-26 08:06 | 風景画 | Comments(2)

旧作 赤い森の木立ち




c0236929_00023028.jpg



昨年三月上旬に完成したF12 号、赤い森の木立ちに加筆したものである。この絵はずっと気にかかっていたもので、物の納まりや構図全体はそれほど問題にならないのだが、木々の間のヌケが少なすぎて少し息苦しい画面になっていた。その木と木の間に空間を与えていくのはさして難しくないと思われていたのだが、それだけではまだ何か物足りないものを感じていた。


その物足りないものにハッと気づいたのである。全体のリズムといっていいのだろうか、気韻生動とでもいったものである。それは対象になる自然物を腕だけを頼りに写していくだけで出来上がるものではない。もっと自分の中にある動機をつきつめて表現していかなければ出てこないものではないだろうか。


そういった何かを表現してみたいと思う気持ち、情働はどこからくるものなのだろうか、こここのところをよく自覚しておかなければならないと思う。制作にいたるまでの自分の内面を探求することである。それを突き詰めているといつも出てくるのがプラトンのイデアの説で、そのイデアを想起していく、思い出していく、ということになる。

そういった何らかの学習したものや、経験したものを思い出していくこと、それがないと美なり真なり善というものが成り立たないのではないか、まったくの感覚や自然経験だけでは創り出せないのではないか、そう思えてならないのである。(この項続く)


このF12号も現場で加筆した。直感的な色を生かすようになってきたこの頃の制作である。



[PR]
by papasanmazan | 2018-03-22 20:24 | 風景画 | Comments(0)

旧作ヴナスクのプラタナス



c0236929_00020390.jpg



冬の間の制作もようやく一段落して、これから春にかけてもかなり制作の予定が立っている。出来ればもう少し建物などを取り入れた風景なども試みたいと思っている。

それからこの頃、旧作、特に昨年のものだが、一応完成させ、サイン済みの作品にも再び目を向けてみたりしている。その時はまずまずそれでよしとしていたものだが、どうもまだ完全に納得がいかない心情で、日本の個展にも飾らなかったものがかなりの枚数である。その内の何点かをぢっと夜中に見つめていると段々に見えてくるものがある。

単に見ているのではなく、見つめていると、普通に見ているというのではなく。見えてくる、という直覚につながってくる。ものを見るということは認識の単純なものかもしれないが、見える、ということは創造につながる直覚である。自分の描いた作品を見ていて、なおその上に画面が見えてくるのである。

不思議な経験であって、これはいままでになかったことである。このことはもっと突き詰めて考えてみなければならないし、自分の中では特にプラトンの想起の説につながっていくところである。このあたりは今後もっと文章にもしたほうがいいと思う。


とりあえず一枚の旧作を出してみる。昨年の2月末に完成したヴナスクのプラタナスという作品、F15 号を再び現場に持っていって加筆してみた。


じっと見つめていて全体としてはかなり良く描き込めていたと思ったのだがメリハリが足りない。プラタナスの立っている実在感が際立っていない、それは遠景の水平感が足りないからである、と気づいたのである。総合して色彩を色彩として独立させてもヴァルールが外れないだけの力はついてきているので、思い切った仕事を進めてみるようにしたものである。自身を持って制作すればよいのだと思っている。




[PR]
by papasanmazan | 2018-03-21 02:10 | 風景画 | Comments(2)

マザンの農家




c0236929_20250032.jpg



今年の2月に出来上がった冬の野の風景と同じ場所に大きな農家があって、またそこには立派なチオル(菩提樹)の木が姿を見せている。夏になったらさぞ涼しい木陰が出来るのだろうなと思われる。プラタナスやチオルを見るたびにあの夏の炎天下の木陰を連想するのである。


もうそろそろ冬の風情も終わりに近くなって、ようやくこの農家の絵を完成させた。前の冬の野の風景と同じP8号の大きさである。このチオルの葉が出てくるとほとんど農家を覆いつくして緑一面の景色になってしまうので、昨年この場所を見つけたときから、これは冬の制作にと予定していた取って置きの場所である。


こういう冬の景色も描きこんでくるとおのずと色の使い方が分かってくる。とくにうまくう紫系統の色に注意すべきだと思う.そしてその対照になる黄色を抑え加減に持っていくほうが上手くいくようである。紫と黄色をあまりに強く使い込んでいくと、冬という感じから離れてしまうのと同時に、画面の品もあまりよくないものになりがちである。





[PR]
by papasanmazan | 2018-03-17 16:48 | 風景画 | Comments(2)

ピッコロのある静物




c0236929_20242605.jpg



もうすぐ本格的な春というところだが外は天気が悪く、今年になってからも強風や雨の多いプロヴァンスである。せっかく咲いているアーモンドの花も風で吹き飛ばされそうである。この一週間ほど特に強風が続き、それも夜中の十二時頃が特にひどく、本を読んでいても何かこのまま家ごと、世界までがつぶれてしまうのではないかという位の音がして、落ち着いて集中できない時間をすごしている。


制作も戸外の風景がままならず、静物画を少しずつ描いている。約500×400ミリの特別寸法のキャンバスに久しぶりに楽器のピッコロを描いてみた。ローソクやパイプ、ふくれっつらの像、リンゴそれにオレンジなどを合わせて構成してみたものである。キャンバスは8号と10号の中間くらいの大きさで、フランスで買った額縁にあわせたものである。


描いていて随分抽象的な進め方になってきたのに気づく。あまり固有の色にこだわらずに、直感に頼った色の組み合わせが主になって、それらを使った画面の動きを考えていくのが今の制作方法である。これは以前から理想と思っていた方法であるのだから、一つ喜んでいいのではないだろうか。全てが嘘というわけではないが、現実の目の前のものだけに終わるのではない、もっと違った理想がある。すこしずつプラトンを読み返し、イデアの世界や、パイドンのなかの霊魂不滅の説などに納得している。





[PR]
by papasanmazan | 2018-03-15 19:08 | 静物画 | Comments(2)

マザンの大きな白樺




c0236929_20244483.jpg



毎日の犬の散歩道に大きな白樺の木があって、そこからマザンの村とヴァントゥー山が見渡せていい景色である。昨年もこの場所でF3号の油彩を描いたが、今年は少し大きく、F6号にしてみた。6号の形のほうが感覚的に横長で、ヴァントゥー山がすんなりとおさまりやすいのではないかと思った。


ヴァントゥー山ももう随分描いているが、ようやく力の抜き方が分かってきて描きやすくなってきた。左に垂直性のある白樺の木を配置して、その枝振りと山や村のバランスを考えていく。まだまだ冬の名残の色が多いのだが緑の色も活用できるだけの量はある。白樺の幹や枝の輪郭の色を出来るだけ生かしながら奥に見えるものとの遠近感を調節していくのが一つの仕事のメドである。


以前よりも少しはしまった画面になってきたように思う。




[PR]
by papasanmazan | 2018-03-13 21:16 | 風景画 | Comments(0)