<   2017年 02月 ( 8 )   > この月の画像一覧

ヴナスクのプラタナス

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ヴナスクの村の入り口に大きなプラタナスの並木がある。白樺に囲まれた修道院を描いている時に、もう何年か前にこのプラタナスが描けたらなと思っていたのを思い出した。このプラタナスを取り入れて、遠望する風景とを巧く構成出来ればいい絵になるとは思ってはみたものの少し制作に踏み切るには自信がなかった。プラタナスの群れと廻りの空間とを巧くつなげられるかどうかが疑問であった。

そのまま何年か過ぎたのだが今年もう一度実物を見直してみてなんとかいけそうだと思いF15号のキャンバスに制作してみた。小高いところに上がったところにイーゼルを据え、できるだけ遠望の範囲を広くしてみた。普通で言うとやはりむつかしい構図だとは思う、とにかく安定感が少ないのである。遠くの水平線とプラタナスの上限があわさりすぎているからである。

それを始めから承知での制作である,何年か前にためらったのもその構図上の問題に気づいていたからである。しかし少しは制作も進歩しているのであろう,思っていたよりも力まずに進めていけた。ものそのものにこだわりがなくなって、自由な気持ちで描き続けれるのだが、そうかといって恣意的になりすぎるのも困ったものである。その辺りの兼ね合いがスムースになって最近の制作は楽になって来た。



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by papasanmazan | 2017-02-28 19:11 | 風景画 | Comments(2)

レ・ボー遠望

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先のレ・ボーと白樺を描いたサムホールと同時に、これはサムホールの制作場所よりももっと後退した見晴らしのいい場所でももう一枚描いてみた。レ・ボーの全景が見渡せてしかも少し前にやはりあの白樺の木が見えている。パノラミックな形が欲しくキャンバスは12号の12の細長い特殊なものを選んだ。こういう特別な大きさは奇をてらったような絵面(えづら)にならないように気をつけねばならない。

作品としてはとにかく眼を左右に動かして広さを狙うのが一番である。もちろん白樺の木とその奥になるレ・ボーの岩山や天然の要塞との距離感、空間、またオリーブや松の緑との調和、添景として小さくみえている石造りの小屋など絵画要素はふんだんにある。こういった実景を自分の眼で確かめながら描き進めるのであるが,決してそのままを写すわけではない。自分の画面に対する考え方を前提にして必要なもの。不必要なものを選定していくわけである。


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by papasanmazan | 2017-02-26 16:08 | 風景画 | Comments(0)

レ・ボーの白樺の木

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この冬、P12号のオリーブ畑からのレ・ボーの要塞を描いている時にイーゼルを立てているのが大きな白樺の木の横だった。プロヴァンスに特有のミストラルに見舞われると戸外で絵を描いていても吹き飛ばされそうなことがある。経験を積んでくるとおのずとミストラル対策も分かって来て、まず姿勢を低くすること、そのためにいつも立って描いていたのが椅子に座って描くようにもなった。制作の途中で後ろに退がって画面全体を大きく確かめるのが癖になっている私はいつも立って描くのが習慣だった。そのほうが体も自由で楽な感じしていたのだがそれを座って描くようにした当初は随分不自由な感じがしたものである。最近は場所によって座ったり立ったり、まさか寝転ぶこともないのだが、かなり制作の方法も変わって来た。


それからミストラルの強く吹く時には何か大きな風よけになるようなものの横で描くことである。例えばこの大きな白樺の木の横などでは風もかなり避けられるし、イーゼルをその木に縛りつけるとかなり安定して来て描き易くなる。あれやこれやとそれなりの対策が必要である。


そういったわけでこの白樺の木を見つけたのであるが今度はこの木を絵に取り入れてみようと思いついた。それでだんだんと後ずさりしながらレ・ボーの要塞と白樺とを組み合わせておさめられる場所を探し出したのである。これはかなり離れた場所になる。前のP12号は立って描いたのだが今度は小さなサムホール(22、7×15、8㎝)のキャンバスで、イーゼルをブドウの木に縛って、座って描いたものである。この白樺の木も大きいし要塞も強く、荒々しく、大きな岩山の塊であるから構図としてはおさまり難いものなのだが、かえって小さなキャンバスにしたほうが面白そうだった。


昨年までレ・ボーを制作していた場所から今年はかなり離れた場所に移動して描いている。雄大な景色が展開して、またオリーブも全体的な色彩として感じられるのでなかなか気に入った場所になっている。



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by papasanmazan | 2017-02-25 01:13 | 小さな絵 | Comments(2)

坂道の松

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いつも制作の場所にしているモルモワロン、村の建物もいいし少し上がったところから見えるヴァントゥー山は雄大である。切り出された後の白い岩の形も面白く、絵の題材には事欠かない場所である。今までにも数多く作品にしてきたが、一本の大きな松の木にも以前から着目していた。人だけが通れるような急な坂道の上に立っていて、姿は美しいのだがなかなかイーゼルを立てる位置が決まらなかった。ようやくそのイーゼルの三本の足の長さも調節し、かなりの角度のところからF15号のキャンバスに制作した油彩である。


時々散歩がてらの運動のように描いている脇を通っていく人があって、なかには写真を撮らせてくれと言われたりもする。この頃はそういうことも全然気にならなくなって随分愛想よくなったものである。めずらしく五、六人のグループが上がって来た中に一人日本人の女性もいた。こんな場所で日本人に会うとはこっちもびっくり、むこうもびっくりだった。


松の木が美しいだけではなく、枝と枝の合間から見える遠景の色彩が大変変化に富んで面白い。その合間、合間の色を抜かせながら木の幹の強さと対比させてゆく制作の過程が一つのヒントである。いわば実空間と虚空間との描き分けのようなものである。その総合した全体でタブローとして、つまり一枚の平面として空間を表していく。そういった制作である。



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by papasanmazan | 2017-02-20 12:55 | 風景画 | Comments(2)

糸杉と農家

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規格サイズとしては一番小さいF0号(180×140㎜)のキャンバスに家の近くの畑の中にある糸杉と農家を描いてみた。このようなごくありふれた風景を探し求めている。何でもない平凡な風景だがイザ探してみると案外少ないものだ。小さな画面にどこといって特徴もない風景を描きながら、そこに強い存在感と奥の深さを表わしてみたいというのがこの二、三年来思っているところである。


飾りのない実直なものといったらいいのだろうか、とにかく表面的な美しさを排したい。そうかといってやはり芸術としての存在であるから決して現実の風景を写すわけではない。このあたりがなかなか難しい制作の実際のところである。


昭和の初期、文楽の太夫で名人といわれた三世竹本津太夫の話である。ある時津太夫の家で、綱太夫、若太夫の二人に稽古をつけたそうである。二人が語っているのを実に細かいところまでなおしてくれる、稽古が終わって帰りに二人が、舞台で語る時の津太夫は実に大まかなのに稽古を付けてもらうと全然違った細かさで、二人は不思議がった、ということである。三世の実子、四世津太夫のいうには、親父は結局何もかも分かっていて、それでもって舞台では大まかな浄瑠璃を語った、ということである。もう一つ付け加えると、三世は、浄瑠璃を語るのに、つくったらアカン、とよくいったそうである。


絵の制作も、つくったらアカン、ということをよく覚えておかなければいけない、と若い時に思ったことがある、今でも忘れずにいる。




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by papasanmazan | 2017-02-18 22:12 | 小さな絵 | Comments(0)

カルポーの彫刻

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家のサロンやアトリエに、とても本物は手にすることが出来ないので、絵画や彫刻の複製を置いて眺めている。ドガの踊り子やロダンの手(カテドラル)、ルーブル美術館で買ったパルテノンのトルソなどもある。絵の方では主に日本の掛け軸仕立てのものが多く,雪舟、鉄斎,大観など時々掛けかえている。これらの模造品ではあるがかなり精巧な複製技術品は単に眺めて楽しんでいるためだけではなく非常にいい勉強にもなって大いに役立っている。下手な本物よりずっとこっちの方がいいといつも独り合点している次第である。


そんな複製の収集品の中にカルポーの彫刻も二つあって、ふくれっつらと呼ばれる少年像と,黒人の女奴隷の像とである。以前の静物画にふくれっつらは何度か使ったことはあるが,今回はF3号のキャンバスに女奴隷の像をおさめてみた。他にガラスの浮きと湯のみ,ナイフも使っているが全体としてはモノトーンに近い構成である。


いわゆる石膏像のような色のないものを描くのは難しいが,絵画に対する考えを明確にしていくにはいい勉強になる。モチーフとしては無彩色なのだがそこを自分の画面に仕立ててゆく時に色を与えていきたい、というのがこの制作の主眼である。そしてその彫刻をもりたてていく脇役の浮きの色とナイフの柄の赤との調和を考えて出来上がった作品がこの静物画である。3号のキャンバスはさしたる大きさではないが,この中になにか存在するものが感じられるように努力してみたのである。



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by papasanmazan | 2017-02-15 19:43 | 静物画 | Comments(0)

【赤土の森の中】 Forêt Ocre F25 Huile

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ゆっつくりと時間をかけて仕上がったF25号の油彩である。毎秋、日本で個展をした後、フランスに戻ってさて制作再開という段になると、この年齢になっても少しばかり緊張する。何から描き出そうかなといつも帰りの飛行機の中で思案するのだが、知らず知らずこの赤い森の制作現場に戻ってしまうのである。ここはほとんど人も来ないし、一ヶ月間以上に渡る日本の気ぜわしい環境から解き放されるのにはもってこいの場所である。


昨年の横浜での個展でF20号の縦型にやはりこの赤い岩を描いたものを出品していたが、この新しいF25号も同じ場所で、少し距離をとって描いたものである。前の作品が出来上がった時にはこの新しいものの構想は出来上がっていて、必ず描くつもりでいたのだが、ここは栗の木が多くて、少し離れた場所にイーゼルを立てるとどうしても栗の葉っぱの緑が邪魔をしていけなかった。それで葉っぱの落ちた冬がちょうど狙い目の時期になったのである。出来上がったものを昨年のF20号と比べてみると同じ場所とは思えないようなかなり違った仕上がりになっている。



かなり締まった画面になってきたと思う。絵画作品はその四辺がはっきりと外界から区切られていなければならない、作品の外周辺が四角いと感じさせられないようではだめである、この四辺によって空間が決定されるのだからこの四つの直線の働きはきわめて重要である。この外隔線が強い時に画面がしまって感じられるのである。決して描かれた作品の内容が強い、弱いということでもなく、色の塗りが厚塗りやうす塗りということに関わるのでもない。また原色をフルに生かしたものだけが決して強いわけでもない。





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by papasanmazan | 2017-02-12 17:26 | 風景画 | Comments(4)

果物籠

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左上から右下に向かって一気に赤い色の流れを作りたくて、複雑な模様の多色の布とリンゴとを主にした画面を考えてみた。いろいろアイデアは出てきたが複雑な表現もいいかと思って久しぶりにリンゴを果物籠に盛ってみた。布は赤や緑、青、黒など使い放題だが、取手のついた果物籠のその取手の間の空間が巧く埋まらない。苦肉の策としてからになったシロップの瓶を一本おいてみた。


これはF6号の静物画である。この位の大きさだからそれほど大掛かりな動きはつかめないだろうが出来るだけのことはしてみたつもりである。とにかく赤い色の流れとして画面が活きて欲しかった。しかし制作の途中の弱気なところはまだまだ残っていて、ついつい果物籠に眼がいってしまうのである。


なんとか寒色をつかいこなすようにして最初の考えを強調しながら制作を終えた。





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by papasanmazan | 2017-02-03 19:33 | 静物画 | Comments(0)