<   2016年 05月 ( 8 )   > この月の画像一覧

赤と白のゼラニウム

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毎夏、庭のあちこちを飾るのに植えているゼラニウム。赤、白、ピンクの花が今年も青い空の下、緑の中で映えている。油彩や水彩で時間がとれなかったので今年はパステルを描く機会が全くなかった。この小さなパステルでようやく今までの道具立てを思い出したほどである。

以前よりは力まなくなって、割にサラリと描けるようになったパステルではあるが、いわゆるパステル調といえるような淡い、雰囲気のある画面にはほど遠いものがいつも出来上がる。この作品などもそうで、描き始めはなんとなくフンワリと柔らかいパステルの重なりだったのが、知らず知らず指先に力をこめて細部を決め込んでいくような表現になってしまっている。

これはほとんど癖というよりも性格からくるものだとあきらめている。油彩でも水彩でもこの傾向は続いている。



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by papasanmazan | 2016-05-26 20:41 | パステル | Comments(0)

オーゾンの農家と畑

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五月ともなればまばゆいばかりの自然の色だが、特にこのオーゾンの辺りは緑色の種類が多いように感じる。畑の広がりも遠くまでみはらせて、ところどころにある農家とうまく絵模様を作り上げてくれている。

小さなキャンバスだがF3号に大きく広がるオーゾンの野の一部を切り取って描いてみた。春から初夏にかけて薄い緑のビロードを敷き詰めたような畑が続いていて、眼も心も洗われたような気がしてくる。

制作していると後ろのほうの畑で犂を入れているお百姓さんがいる。知らない間に近づいて来てじっと絵を描いているのを眺めている。ボンジュールのあいさつの後でいろいろ話していると、絵に描いている農家、あれが私の家だという。そしてこの辺りの景色は本当にきれいだろうと何度も、何度も念をおして聞いてくる。

朝早く起きて、ヴォレー(鎧戸)をあけてヴァントゥー山を見はらすのが最高だ、と言っていた。こんな景色の中で農作業をしながら過してゆく生活はちょっと時代離れをしているかもしれないが、幸せそのものかもしれない。なんだか中国の唐代の詩人が生まれ変わってきたようなお百姓さんの話だった。



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by papasanmazan | 2016-05-23 16:16 | 風景画 | Comments(2)

革の帽子をかぶった自画像

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油彩の中でも風景画と静物画を描くことが多いが一番好きなのは人物を描くことである。美大では裸婦をよく描かされたがこのごろはほとんどその機会がない。パリ近郊にいたころはときどきパリのグラン・ショウミエールで裸婦を描いていたが、南仏ではそのような場所がなく残念である。

肖像画などももっとやってみたいし非常に好きなのだが、これもモデルに出会う機会がない。たまには家内にモデルになってもらったりもするのだが、疲れることでもあり気の毒である。残るところは自画像である。久しぶりにF8号に描いてみた。

革の帽子をかぶり、赤い仕事着のシャツに黒の半コートのいでたちである。冬のさなかに描き始めて、アトリエの中ではちょうど気温にあった服装だったのだが、制作の回数が進むにつれて暖かくなってきた。とうとう我慢できなくなって途中で制作をいったんは諦めたのであるが、五月の今頃になって急に少し寒くなってくれた。この機会を逃すものかと頑張ってみた一枚である。

若すぎる、イケメンすぎる、賢そうな表情になり過ぎている、など、さんざんな批評の四面楚歌をなんとかしのいで出来あがった自画像である.なんといっても自分一人で出来る仕事だからこれはいい、もっとこれから自画像は描き続けようと決心させてくれた作品に仕上がった。


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by papasanmazan | 2016-05-19 16:20 | 人物画 | Comments(2)

オリーブ畑から(レ・ボー)

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おそらく今年のレ・ボーでの制作はこれが最後になるかと思うが、水彩でかなり遠くからの要塞と波をうったようなオリーブ畑、ポツンと建っている農家を一つアクセントに入れて描いてみた。これは油彩を描きに来ていた時からの狙いだったものである。

レ・ボーの大きく広がった風景だけに水彩としてはかなり大きな画面にしてみた。480×330ミリで油彩で言うと8号より少し大きいものになる。特に透明水彩の性格からくる強い表現は望めないので重色を多用して光の感じをつかもうとした。

久しぶりの風もなく青空の下で水をたっぷり含ませた筆をどんどん重ねてゆくのは気持ちがよかった。こういう時の筆の走りには気をつけておかなければむやみに乱雑なタッチに終わることがある。やはり常に自分の目を光らせておくことが大切である。



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by papasanmazan | 2016-05-17 22:49 | 水彩画 | Comments(0)

蘭と楽器

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あまり世話もしないのに毎年この時期になるとアトリエの蘭の花が咲いてくれる。花があるとなんとなく和やんでいいが静物画のモチーフにも役立ってくれる。コルネット、フルート、クラリネットそしてピッコロは立ててF15号のキャンバスに構成してみた。

以前よりは余程ブロークンな考えになってきていて、蘭の葉っぱなどはほとんど形を与えずに色の関係だけでおさめていくようになっている。それぞれの楽器についてもあまり細部の形などにはとらわれないようにしてみた。最低限の説明だけで済ませようとしている画面である。

ただあまり目立たないかもしれないが背景のブルーの色調には大いに手をやいて、最後まで難しかった。バックの色は青色ですね、といわれても、はい、コバルトブルーとウルトラマリンを主に使って描いています、と単純には答えられない問題がある。

1,895―96年ごろのセザンヌの人物画に≪数珠を持つ女≫というのがある。くすんだ青と褐色を背景に老婆が両手で数珠を握りしめて、少し前かがみのポーズで深い色の服を着て静止している。何といっても少し陰鬱な印象である。

セザンヌはこの制作の間じゅうフローベールの小説、ボヴァリー夫人を読んでいたそうである。何かその全体をおおっている色の調子をととのえていくのにどうしてもボヴァリー夫人が欠かせなかったということらしい。セザンヌは盛んにタンペラマンという言葉を使う。自分にはほんの少しのタンペラマン(気質)がある、印象派の画家にはそのタンペラマンが足らないのだ、と言っている。決して才能、ということば(タランtalent)と言ってるわけではない。

そのフローベールはフローベールで、小説を書くのにさいしてこれまた盛んに文体だ、文体だという。これも決して才能だとはいわない。

これは私の個人的な考えだが、このタンペラマンと文体に何か共通したひきあうものがあるような気がしてならないのである。両者の制作を支えているもの、他人には見えないが作家それぞれが持っている制作の根底になるようなものがあるのだと思う。ほとんど説明不可能なものなのだろう。

このボヴァリー夫人という小説に関してフランス文芸批評の第一人者と言っていいサント・ブーヴにも立派な批評文がある。これはセザンヌの模糊とした背景とは違っていたって整然とした文章である。登場人物の心理や場面、場面の分析など見事にその小説をとらえている。なるほどと頭をさげるしかないような評論である。しかしその批評文を読み終わってなるほどと感心はするのだが何か物足らないのではないかと感じてしまう。むしろセザンヌの青色がかった、褐色の画面の曖昧模糊としたほうが今の私には納得しやすいのである。ここに説明と描写の違いがあると言っていいのではないだろうか。

セザンヌの画面には細かく説明したようなところはない、それに反してサント・ブーヴの批評は理路整然としているが説明的だと思う。フローベールならこのサント・ブーヴの批評文に対して文体が欠けていると言うかもしれない。

蘭や楽器の背景の青の色調を作りながら盛んにこんな考えが浮かんだのである。


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by papasanmazan | 2016-05-14 18:18 | 静物画 | Comments(2)

オーゾンからのヴァントゥー山

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プロヴァンスの巨人とよばれるヴァントゥー山はどこから見ても美しい。石灰石で覆われた頂上は夏でも雪化粧しているようにも見え、山肌の色彩の変化も季節を追ってやわらかく多彩になっていく。毎朝、家のヴォレ-【日覆い】を開ける時に真っ先にこのヴァントゥーと対面するのが南仏に住み始めてからの日課になった。

そのヴァントゥー山にぐんと近づいたオーゾンの村はずれに制作するのにぴったりの場所を見つけた。油彩で描き始めているがまだ誰にも出く合わせたことがない。その油彩の場所から少し上にもいい所があって、これは水彩で描いてみた。

何か最近の予感では水彩の仕事が油彩に大きく影響してくるような気がしている。今までは割にパステルを重視してきたが、それはそれとして水彩をもっと試したい。決して油彩の下絵やエスキースとしての制作ではなく、一つの作品として考えていきたい。

それにしても水彩の透明感とのびやかさはどうだろう。描いていても全身のコリが大空の中に飛んで行きそうである。ひょっとすると長命のご利益まであるかもしれない


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by papasanmazan | 2016-05-11 18:52 | 水彩画 | Comments(0)

レ・ボー・ドゥ・プロヴァンス

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戸外での制作としては大きいM40号のキャンバスをレ・ボー・ドゥ・プロヴァンスのほぼ全景を取り入れた構図をねらえる場所に据えて描いてみた油彩である。はじめの予定ではもっと早く完成させるつもりだったのが,春霞みや強風,黄砂などの気象条件や休日の人出などと重なって一カ月以上も遅れてしまった。

しかし納得のいけるところまではきたようで、アトリエでゆっくり自作を眺めている。いつも絵にしているレ・ボーの城を見上げたオリーブ畑の中とは城を挟んでちょうどま裏側から村全体を遠望した景色であるが、ここは岩場のスペクタクルのような場所である。岩を描くのが好きな自分としては願ってもない写生地といえる。

図柄からして制作の最初のころからカフカの城を読み直してみたくなった。若い時に理屈っぽく読んでいたのとは違って歳をとってからの方が素直に読めて面白かった。むしろ大人の絵本といったような感じすらした。実存主義ももうあまりはやらなくなったが、カフカなどは読み物として充分に面白い。

制作が重なるにつれそのカフカからも離れていった。夜中に目が覚めて、いつもアトリエの自作を何時間も見つめているのがこのごろの習慣だが、この風景画は特に考えさせられる一枚になった。一応完成したものとして見ていると、自分の中にある日本人の特性が最近徐々に表れてきているような気がしてならないのである。

油絵の具を使って、フランスの現場で制作しているにもかかわらずこれは日本人の絵だと思わざるを得ない。何かそういった運命めいたものがやはりでてくるのだろうか。それに加えて今まで自分が見たり聞いたり、経験してきたものに何かあき足りないものまで感じるようになって来ていて、それが画面にもでてきているのかもしれない。自作を見ながら他人眼さながらに批評しているのだが、ひょっと頭をよぎったのは天地開闢を描く、この言葉である。これは今後よほど考えていかなければならない。



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by papasanmazan | 2016-05-08 16:50 | 風景画 | Comments(3)

オークルの小さな丘

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赤土の森を描くのは自分の一つのバロメーターになっていて、トレーニングでもあり日記でもあり芸術感の確かめでもある。個展での一時帰国などで少し制作期間がとだえたあとにはまずこの赤土の森に描きにいくのが常である。それにくわえてまだまだ描きたいと思う場所が見つかっている。

F12号に描いた小さな赤土の丘である。この作品はかなり気に入っている。

美術は形と色の二つの要素で成り立っている、そのうちの形についてあらためて最近分かってきたことがある。普通に言って形をとっていくというのは対象物の輪郭にせまっていったり、またもう少し高度に画面の動きにあわせて正確な形に変形を与えていったりすることである。形を写す、形を作るといった言葉が相応するだろう。

しかし最近その対象物から離れた形というものがあるということに気がつき始めたのである。対象物から離れたもの、ちょっと考えると存在しないものを空想でつけくわえてゆくように思われるかもしれないが決してそうではない。画家なら画家、自分なら自分の中に必ず存在するものである。

大切なのは外にあるのではない、中にあるという点である。中にある、だから他者の目には見えないものであるが自分には見えてくる、そういった形である。

若いころからずっと考え、追い求めていた問題がいよいよ解けてきたようである。禅に求めていたもの、聖書に問うていたものがようやくこの中の形という言葉に集約されてきた感じがする。

神が光あれ、といった時の形は中の形である。父母が生まれる前にお前がいたのはどこなのか、その問いの形は中にある。セザンヌが自分は絵画のプリミティブでありたいと言ったのも中の形を追い求めている言葉である、決してアンリー・ルッソーのような素朴派の絵のことを言っている訳ではない。

これが大切な解くカギである、自分の中というのは時間・空間を離れたところである、しかも自分は絶えず時間・空間の中に制約されている。その制約されたところから制約を解き放つと一つの形が現れる。


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by papasanmazan | 2016-05-03 18:38 | 風景画 | Comments(2)