<   2016年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

オレンジ色の岩

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毎年この同じ岩の風景を描いてこれが三度目、季節も同じく冬である.対象になる風景は変わらないのだがイーゼルを立てる位置が毎年3メートルほどづつ対象に近づいている。このままでゆけば来年あたりは岩の中に入り込んで絵を描いているかもしれない。

冗談はさておいても、実際に対象になるモチーフと自分との関係が以前のように対立するものではなく、同化されたようなものになってきたような気がしてならない。自我が無くなってきたといえば聞こえはいいが、ひょっとしてボケてきたのではないだろうかという疑いもある。

これも三度目になるが西田幾多郎の善の研究を読みなおしてみて、そのなかに説かれている純粋経験というものにハタと気づいたのである。最近の制作ではあまり分析したような思考は起こらず、直覚的に画面をとらえようとしているのではないか、これは若いころから理想として掲げていたことなので、現在の状態は喜んでいいのではないか、と思い当たったのである。ただしここのところはもっと時間をかけて深いところを探り当てないといけない、おそらく何らかのかたちで確信といったものがでてくるだろう。

今回の絵もF15号のキャンバスで、見るからにオレンジ色の岩ばかりが目についてくる。



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by papasanmazan | 2016-01-28 18:41 | 風景画 | Comments(0)

レ・ボーの要塞

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今ではフランスの観光地の中でも有数の一つになっているレ・ボー、オリーブやブドウ畑の緑の中に囲まれた岩山をそのままに利用した中世の城が大きな姿を残している.春、夏,秋と観光客を惹き付ける名所ではあるが制作するのには人の多すぎるのが気になっていた。

昨年の夏,この場所からアルピーユの山を描いた時に,この次は冬の時期に来よう,そしてもう一度この要塞の岩山をモチーフにしようと決めていた。このようにしてP25号の油彩作品が出来上がった.とにかく冬の季節はほとんど人出もなく、落ち着いた環境で制作が集中出来てありがたい

まだパリ近郊のエポンヌに住んでいた頃,親戚の人たちを連れていちど南仏に来たことがあり、レ・ボーも訪れた。その時に泊まったホテルがちょうどこの制作をしているオリーブ畑の真向かいの所にあり思い出深い場所である。最初に見たレ・ボーの印象はまことに強烈で,こんな風景を本格的に制作できるのだろうかと呆然と見とれていたことを今でも覚えている。

まさか南仏に住み,レ・ボーを何度も描けるようになるとは夢みたいな話で幸せなことである。制作していても本当に楽しい場所である,右を向いても左を見ても、360℃視界が広がっている。車で5分も走ると城の反対側からレ・ボ−の村の全景が見渡せ、これも大いに描いてみたい風景である。

オリ−ブや雑木、斜面を這い登ってゆく草の緑のむこうに要塞がそびえている。以前はこれらの構成要素がそれぞれに対立したものとして画面に定着させようと思っていたが、この頃ではほとんどそういった考えが浮かばず、全体が混沌としたものとして感じられるようになってきた。あるいは年齢のせいで頭の働きが鈍って、ボケて来たのではなかろうかと危ぶんでいる。


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by papasanmazan | 2016-01-22 17:28 | 風景画 | Comments(2)

少女の像

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この彫刻を使った静物画は確かこれで三枚目になると思うが、よく考えてみるとどれもF12号のキャンバスの大きさだったようである。この像の大きさに対しては今のところ12号くらいが一番適した大きさのようで、取り合わせのものにもよるのだろうが物と空間との関係においては何か響き合った大きさという感覚があるようだ。

そこのところが画家の個性の表れるとこでもあるのだろうが、この画家がこの大きさを選んでいるのを見てなるほど、と納得する時がある。たとえばフェルメールの作品などは余り大きな画面にお目にかかったことがない。アムステルダムの美術館でレンブラントの夜警を見た後でフェルメールの物に出会うとごくささやかな物に感じるし、ルーブルのヴェロネーゼのカナの饗宴の巨大な画面に比べるとフェルメールのものはほとんど手のひらサイズに感じられる。それでいてそのさわやかで柔らかい色彩に包まれた天文学者やミルクさしの女の像の人を引きつける力は限りない感じがして、いかにも永遠の空間といっていい。この画面の大きさこそがフェルメールの真骨頂だと思わせるのである.

余談だが失われた時を求めての作者、マルセル・プルーストがフェルメールの賛美者だというのはうなずけるような気がする。とてもフランス語の響きまでは味わえないが、透明感ということではなにか魅き合うものがあるのではないだろうか。

この小さな少女の像は偶然手に入れたものだが、見ていてなかなかきれいなものではあるが、描いてみるとかなり難しい物だと思うようになってきた.顔のちょっとした角度に気をつけて配置しないとなかなか仕上がらない、ということに前作二枚でいやというほど思い知らされたのである.この三枚目にしてようやく少し気に入ったものになってくれた。


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by papasanmazan | 2016-01-15 20:44 | 静物画 | Comments(4)

たそがれヴァントゥー

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冬の夕暮れ、一番美しい姿を見せてくれるヴァントゥ-山をF10号のキャンバスに描いた作品である.今までにも何度か描いているが、ほとんど家のすぐそばからばかりで制作していたのを、今回はかなり山に近づいたモデーヌの村近くにイーゼルを立ててみた.丘の上に見えているのはクリヨンの村で、左のはしに教会が見えている風景である.そういえば何年か前にこの風景がカレンダーに取り入れられていたのを覚えている。

ほとんど太陽が沈む頃、おおよそ夕方の五時前、夕日が当たったヴァントゥー山の肌が赤く燃えてくる.フランス人はそれをモーブ色という.日本には茜色という情緒深い言葉がある。全く茜に染まったヴァントゥー、黄昏の景色、なかなかに難しい主題である。

何が難しいかというと、その情緒や雰囲気はそのまま現実の物として、画面にはやはり造形感が必要である.情感や雰囲気だけに流れてはいけないのだと思う.その現実と造形を使った仕事との兼ね合いの度合いが難しい.どこまでいってもこの問題にはひっかかるのである。


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by papasanmazan | 2016-01-11 21:52 | 風景画 | Comments(2)