<   2013年 09月 ( 9 )   > この月の画像一覧

ポプラの道(完成)

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この絵も時間の関係で途中の段階を省略したが、かなりの描き込みを経て完成した。少し重くなり過ぎたかなとも思うが、それはそれでかまわない、自分が納得していかなければ次につながっていかないものである。

名所とはいえない場所かもしれないがプロヴァンスという、本当に美しい地方をよく表している場所だと私は思っている。昨年もここを描いたし、今年もこれで二枚になる。見ていても、描いていてもあきない風景、それが家から10分もかからないのだがら本当に幸せだと感じている。多分来年の夏、太陽がギラギラしだしたらまたここに来るのかもしれない。

色彩としてはかなり重なった色相にもかかわらず、以前よりは透明感が出てきたように思う。その分少しは描いていても息詰まりは感じなくなってきた。もう少し努力を重ねていけば、いずれ対象物とともに生き、対象物の中に私の存在もつつみこまれていく、そういった理想的な制作も可能になっていくのではないか、あくまでも希望ではあるがそう思っている。




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by papasanmazan | 2013-09-30 13:23 | 風景画 | Comments(2)

ざくろ(完成)

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昨年のF10号に続いて今年もざくろを描いた、F6号の大きさである。前にも書いたことだがざくろは私の絵の出発点である。二十歳代後半に、まだまだ腕は未熟ではあったがなんとか絵として見られるようなものが出来上がった、それがざくろをテーマにしたものだった。それ以来かなりの数のざくろの絵を描いたことになるが、パリ近郊に住んでいた時には一枚も描かなかった

南仏に来てようやく昨年からまたこのテーマの画面を再出発させている。以前の大きなキャンバスに描いたざくろなどを自分の画集で見ていると、色幅も現在に比べるとせまく、よくこんなもので出来上がったものだと変な感想をもったりもする。とにかく色の扱いが単純であった。

使っている絵の具はもう何十年来変わっていないが、その扱い具合によって色数が多く感じられ、ハーモニーという点でも広がるものである。それは決して絵の具の数を多くしたからではなくヴァルールの上げていき方が上手くなっているからである。要するに自分の眼をうんと集中させて使かっていくことなのである。これは大切なことで、絵の具を百色使ったからといって決してカラフルとはいえないのである。




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by papasanmazan | 2013-09-29 01:01 | 風景画 | Comments(2)

白い花瓶(完成)

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時間がなくて途中の段階を省略したが、F10号の静物も完成した。これもかなりの描き込みになり、モチーフの果物も何度か新しいものに取り替えたりしたものである。

布の模様の装飾性を画面に生かしたかったのだが、複雑さに眼が奪われた感じで、途中からは意識的に全体を単純化するようにした。

一応のまとまりはついたと思うので筆を置いたのである。




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by papasanmazan | 2013-09-26 21:50 | Comments(0)

白い岩とヴァントゥー山(完成)

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かなり時間がかかったのだが、ようやくこのF15号の油彩も完成した。手前の白い岩と、奥にあるヴァントゥー山との距離を出すのがやはり難しい絵だった。この作品に限らず、中景というのはだいたいにおいて難しいものである。ほとんどの場合色をぬいていくようにするが、その手際の加減をよくみておかなくてはならない。

この場所は車で急な坂道を登るのだが、雨の降った時などは危なくて、ちょっと制作するのに暇どってしまったが気に入った作品になった。まだまだ大きな画面も描いてみたいし、他の眺望も作品になるようなところが多そうである。


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by papasanmazan | 2013-09-24 11:06 | 風景画 | Comments(2)

イタリア美術紀行(その一)

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三年ぶりにイタリアの美術館を巡ってきた。前回と同じローマ、フィレンツェ、ミラノと,旅程上一日だけ観光でヴェニスに行ってきた。観た作品も三年前とほとんど同じである。結局はダ、ヴィンチとミケランジェロにつきていると思って出掛けたのだが、やはりそうである。代表的にいえばミケランジェロのシスティナ礼拝堂の天井画、ダヴィデ像、それに今回の一番の目的だったダ、ヴィンチの最後の晩餐これだけである。

前回で様子は分かっていたので特に最後の晩餐だけは三回、十五分づつながら予約を入れて観ることにしていていたので、これは満足した。そしてそれに対して彫刻家としてのミケランジェロのダヴィデ像。この二つの比較が特に面白かったし,これからもずっと頭から去らない問題だろうと思う。

三年前のイタリア旅行中にホテルで喉の調子が悪いのに気づいた。家に戻って病院で喉の癌だと分かった。アヴィニオンの癌センターに入院していたある夜、目の前にダヴィデの像が立っている,これは夢だなと思いつつまたもや見惚れていた経験がある。それもそんじょそこらの夢ではなく,全くのレアリティといっていいほどだった。そのことは入院しているときだけではなく今も時々思い出すほどである。それというのも三年前の初めてみたときのこの彫刻の圧巻のたまものなのであろう。彫刻の本質が明確にわかる強さ、まわりの、特にこの場合はこの像をおさめてあるドームの高さいっぱいにまで広がる空間の決定力、筋肉の流れ,特に腹部の左右の動きから腰を通って足の太もも、足先に至る全体の流れ。それらが大変に誇張されているにもかかわらず観ていて自然でもあるし、何度見直しても目線はその動きを追っかけさせられるのである。

手や腕、その間の胸とのお互いがつくり出す空間も美しい。立像自体の空間、それを取り巻く大きな空間、部分部分の空間、観ていていくら時間があっても足りない感じがする。それに加えて例えばデッサンをするという観点に立てば、この像を部屋の入り口、一番遠くのところから見ているとその白黒,灰色などのトーンが大変に美しい、特に両足の内側左右の黒のトーンの強さといったらこれほどのものはないと思われる。

彫刻家ミケランジェロを見ているとそのそれぞれの作品の中にミケランジェロその人は安息しているし幸福でもあるのだろうが、画家ミケランジェロとなるとそうはいかない。システィナの天井画などでもそれぞれ美しく、超一級のものとは分かっていても、それらの作品を見ているとミケランジェロの隠れる場所がない、そういった余裕が感じられないのである。彫刻作品ではどれほど力がみなぎった作品であってもミケランジェロとしては自家籠中であって、余裕もあり、その人の姿はどこにも見えないが、絵画作品になるとミケランジェロの苦痛感が垣間見られるような気がしてならない。

それに比べると最後の晩餐はどうか、ここには同じ絵画であっても全く違っていて、ダ、ヴィンチの影は跡形もなくなくなっている。ただ一つの壁画、近代以降でいったなら一つのタブローが残されているだけである、しかも完璧なタブローである。作者の姿などどこにもない。

ふつう、一つの作品を見るのにも眼が慣れるまでに時間がかかるものだが、今回の最後の晩餐に対しては最初から直ぐに入り込めた。その部屋に入り、作品を目にするなり直ぐに完璧な平面だ、と声が出そうになった。

一枚の同一平面のなかに同時空間が表現されている、この場合はたまたまダ、ヴィンチが最後の晩餐という劇的場面を選んだのであって、使徒のそれぞれの表情がどうのとか、動作がどういう心理を表している、等、こういうことも一つの鑑賞の仕方だろうが私には余り興味がない。それよりもこの作品を、これも入った部屋の作品の置かれた位置から一番離れた、反対側の作品の前から眺めるのがいい。この作品程離れれば離れる程大きさを感じさせるものもない、

モナ、リザなどにもみられるスフマートともよばれるぼかしの技法でダ、ヴィンチの絵画は非常に柔らかい。しかし決して湿っぽくもないし、その空間はカラリとしたものである。現代のアクの強い原色などよりもづっとドライで、それでいながら柔らかい。



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by papasanmazan | 2013-09-11 17:45 | 美術の歴史 | Comments(0)

サルビアと松葉ぼたん(完成)

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先日のサルビアのパステルに続いて、おなじ花壇に咲いている松葉ぼたんも前に添えて、これもおなじくパステルで描いてみた。サルビアの強い赤色に対してかわいいピンク色で,少し色としてはおされ気味なのだが配置に注意しながら進めていった。

途中から松葉ぼたんの花よりもはっぱの取り扱いが難しくなってきたのだが,それがなんとかおさまってくると急に作品に仕上がりだしたのである。最初はなかなかつかめなくても途中から調子のあがりだすことがある、あきらめてはいけないということだろう。

明日から充電期間のつもりでイタリアの美術感巡りに出掛ける。なによりのヴァカンスである。



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by papasanmazan | 2013-09-03 18:43 | パステル | Comments(0)

ポプラとヴァントゥー山(完成)

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F20号、比較的大きい絵がようやく完成した。最初から最後まで現場で描いて、アトリエではサインをいれただけである。出来るだけ大きな自然をそのままに現してみたかった。そのままにといっても何も実景を写すわけではなく、細部にはこだわらずに自然の流れを重視してみた。

もっと流れるような表現が欲しいのだが。今のところはこの辺りでおさめておくのが無難かもしれない,これ以上を望むと堂々巡りをするか、くづれっぱなしになりそうである。つまりこの辺りが限度なのだろう。



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by papasanmazan | 2013-09-02 23:53 | 風景画 | Comments(0)

モルモワロンからのヴァントゥー山(完成)

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今年の春から夏にかけてモルモワロンでよく制作したが、その終わりとしてこのサムホールの小さな油彩が出来上がった。山自体も横に伸びている平坦な形、手前の糸杉なども並列しているだけなので,いわゆる奥行きもつけにくく、空間の出し方にも困ったのだが,その前に水彩などで習作を重ねて,何か一つの発見がありそうなのでで油彩にしてみた。小さな絵にもかかわらずかなり描き込みもしたし,日にちも掛かったものである。

この絵はこの絵としてこれで充分だと思うし,これ以降この場所でもっと大きな作品にもいずれ取り組めるようである。



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by papasanmazan | 2013-09-01 19:03 | 小さな絵 | Comments(0)

プロヴァンスの丘の家(完成)

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いつも通っていてよく見慣れている風景ではあるが、いつのころからか気になりだして、まさかここを絵にするつもりではないだろうなと自問自答しているうちに、だんだんとここはどうしても描かねばならぬ、と思い立ちだしたのがこの夏である。そんな丘の上にポツンとプロヴァンスの家が建っているだけのF6号の風景画である。

以前ならどうにもメリハリのつけれなかった構図であるが、それなりに存在感を与えられるようにはなったと思う。余り見栄えもしないだろうし、自分一人のための絵なのかもしれない。個展などには出せないだろうが、私としては非常に気に入っている作品である。横にハリが出て画面が強くなったようである。そのぶん同一平面が保証されていると思う。




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by papasanmazan | 2013-09-01 18:56 | 風景画 | Comments(0)