<   2013年 02月 ( 17 )   > この月の画像一覧

ドガの踊り子と蘭

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久しぶりにパステルを描いてみた、しかもこんなに長く描き込んだパステルは久しぶりである。モチーフはドガの踊り子のレプリカを中心に考えて、これも描きかけのトルソの油絵に用いている蘭の花が余りにきれいなので、このパステルにも添えてみた。

このパステルを描いてみようと目論んだのには一つの理由がある。いつものようにもうすでにアトリエには描きかけの油彩画がかなりの数に上っているが,総じて現在一つの感覚に達しようとしているようである。その感覚というのを説明しようとすると難しいのだが、こういうことである。

画面というものがあって、その画面の中で一番眼に近い平面がある。その基底になる平面から描かれた色や形は奥に入っていなければならない。決してその基底面から色が飛び出してきてはいけない。。画面の考え方はそういうところからくる。その平面の中で奥に入ったり、立体を感じさせたりするのは自由であるが,決して基底面から出てきてはならないのである。

これが私の考える絵画の根本である。そしてその絵画を創っていく感覚というのはいつもいうように,同一平面の中に同時空間を表現する、という心理的な作用なのである。その感覚が最近の油彩画にかなりよく出てくるようになったと思っている。そしてその感覚をもっと確かめたくてパステルを試してみたのである。その試作のためには構成的な静物画が最適だと思いこの作品にいたっている。

さてそのあたりの感覚がうまくパステルにも応用出来ているのかどうか,自分でじゅっくりと確かめてみたい。

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by papasanmazan | 2013-02-28 16:32 | パステル | Comments(2)

黄土の森(第二段階)

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非常に難しいところにさしかかって、ちょっと息抜きしたいような気持ちである。しかし描いていて実感のある画面になっていると思っている。右からも、左からも、上からも、下からも感覚を取り集めていく。そうしておいて表現されるのはたった一つの画面だけである。なにもかにもが最終の高まった、完成された作品に至るまで必要であり、緊張感を持続させていかなければならない。

そういう制作の過程と言ったようなものに喜びを見いだすこと、最近ようやく気づいたことである。

黄土の黄色に気をつけて描いている。下手をすると黄色の暖かさが失われ,陰気な印象にとらわれがちなのが今までの経験であった。ひとつにはこの数年。夏になってヒマワリを描き出してから黄色が余り苦痛ではなくなってきた。何事にも慣れるまでには時間がかかるものである。

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by papasanmazan | 2013-02-28 01:19 | 風景画 | Comments(0)

トルソと蘭(第二段階)

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全体としてはサラッとした表現にしてみたい。特にこのトルソに限らず石膏像や彫刻のレプリカなどをモチーフにすると、えてしてかつての美大生の名残なのか不必要なまでに描き込み過ぎるきらいがある。それでその他の組み合わせのモチーフとバランスがとれなくなって途中で放棄するような作品もあったりする。

このトルソはそれでなくても充分に物質的な量感に溢れている。それを実際の,三次元の中の彫刻品を二次元の絵画として表現しなければならない。平面の中で表された立体でなければならない。そしてその他の空間を構成するモチーフとの共鳴と独立性が必要である。その辺りを手さぐりしながら進行中の静物、F12号である。

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by papasanmazan | 2013-02-25 17:10 | 静物画 | Comments(2)

赤いカーディガン(第二段階)

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随分長くアトリエの壁にたてかけていたこの裸婦像を続けてみる。このところほとんど戸外での制作が主になっていたのだが,この一週間程は寒さがぶり返し,フランス全土で雪が降ったり、最高気温が氷点下だったりしている。それで黄土の森などにも出掛けていられなくなったので静物や,今いったような描きかけの裸婦などを再び手がけている。

悪くはない制作の過程だと思う。人体自体とそれを取囲む空間にレアリティが出てくればしめたものである。絵画はなんといってもウソの空間ではあるが、やはり「つくりもの」と言った感じを抱かせているようではダメである。そうかといって全てを映していくわけでもない。そのあたりが曰くいい難しなのだが,画家の制作もその曰くいい難しのところをなんとか自分なりの表現にもちこもうとしていくわけである。

人物と空間とを同一色でつなぎあわせながら全体としての一枚の画面に統一していこうとしている過程である。まだまだ細部には至っていない。

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by papasanmazan | 2013-02-24 19:13 | 人物画 | Comments(0)

黄土と松(第二段階)

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ほとんど毎日のようにこの黄土の森にでかけて描いている。午前と午後にそれぞれ一枚づつ、光の方向によって描き分ける。家からだと車で十分位だから,お昼にはいったん帰宅して昼食。少し昼寝をしてから又出掛けて制作する。ほとんどこれの繰り返しの単調な生活だが,とみに充実している。日本にいる時の時間の経つ速さに比べると、よほど人間らしいと感じられてならない。

木の幹や松の緑、それに黄土の黄色、空の青で息抜きに抜けるような空間、それぞれの形や色が複雑に組み合わさって一枚の画面が出来上がっていく。物と物とが接するところに輪郭線が引かれ,その線からあるいは外に、あるいは内に面が展開されていく。決して輪郭線のひき直しをこわがってはいけない。むしろ物を凝視するうちに,又画面を計算するうちに、色も形も変わっていくし、それにつれて輪郭も新しくなっていくはずである。

線はまったく抽象の産物である、これほど人間の頭や眼や手の働きを端的に示すものはない。それにひきかえ面は具象性の現れである。面には触覚性すら感じられる。人間の肌触りと同じく画面にもそれぞれの肌触りがある。清潔なのもあれば不潔なのもある。フローベールは小説を書くにあたって、すべては文体にあると言っている。その文体というのは私には肌触りと言った物に感じられてならないのである。

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by papasanmazan | 2013-02-23 20:37 | 風景画 | Comments(0)

松樹間(第二段階)

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縦型のF15号に描いているこの絵なのだが、木々の高さについては今のところ保てていると思う。画面を観る視点が上下へと誘われているのでその高さについては問題はないのだろうが、気になるのは左右の動きである。つまり木々の間から成り立ってくる空間が眼の動きを引っ張ってこられるかどうかということになるだろう。それがうまくいってこそ松樹間という主題が生きてくるわけである。

こういった縦の動き、横の動きがうまくかみあってこないと画面はバラバラとしたものになり、同一平面上に同時空間をつくりだす、ということは不可能になってくる。画面の緊張感が亡くなり、作品というものには価しないものに堕してしまうのである。

絵画の作品の中での動きというものには公式はない。制作している画家本人の現在の凝視の中にしかないものだと思うのである。

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by papasanmazan | 2013-02-22 17:12 | 風景画 | Comments(0)

木立ちと畑(第一段階)

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冬の寒さの中でも日射しだけは強い南仏である。外で描いていても、明るい風景を見ているとフッと季節が分からなくなるようなことがある。真夏ほどのことはなくても冬の野もかなりギラギラした照り返しもある。

そんな戸外で木立ちと畑を描き始めている。F6号の大きさである。いつもはわりあいにコントラストの強いモチーフを選ぶのだが、昨年あたりから柔らかい風景も心がけるようになってきた。つかめそうでつかめないようなもの、何かどこかにふんわりと暖かさを感じさせるような画面にも魅力を感じるのである。

以前からドビュッシーの音楽は好きだった。特にピアノのものがいいように思う。演奏でいうとギーゼキングが好きである。ああいった表現も絵に盛込んでみたい気持ちはある。この木立ちや畑に甘い香りの風が吹き込まないものだろうか。

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by papasanmazan | 2013-02-21 20:02 | 風景画 | Comments(2)

ザクロとカップ(完成)

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F0号

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SM

F0号の小さな油彩、ザクロとカップが完成した。かなりの描き込みで、小さな画面のわりには厚みのある絵になったように思う。この前にやはり完成したリンゴとカップの静物と同じような趣きかもしれないが、並べて見ていると面白い。

カップは同じものを使っているのだが、テーブルに対しての置き方の傾きがそれぞれ右、左と違っている。同じような大きさでもやはりサムホールとF0号とでは違うのだし、モチーフの取り合わせによっても、その場、その場であらゆる可能性が出て来るから面白いところである。

どちらにしても静物画の場合、特に私は存在感が大切だと思っている。

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by papasanmazan | 2013-02-18 19:55 | 小さな絵 | Comments(4)

黄土の道(第一段階)

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これも黄土と松を描いたもので、あいも変わらぬ主題である。いつも風景画の場合はその現場にイーゼルをたてて自然の中で仕事をしているが、一枚の作品を始めるとたいていの場合、ほぼ同じ場所で、少し角度を変えたり、ちょっと左右に移動したりなどすると,もう二、三点は描いてみたくなるようなものが見つかるものである。

横長のF12号に黄色の土の道を少し右上がりにしておさめてみた。後はいつもどうりに松の並びである。縦型のキャンバスに松の木をおさめて、その高さをねらっていくのとは違って、木の幹の取り合わせで出来るだけリズム感を捕まえてみたいと思う。

なにも何枚もの絵を同時進行させなくてもよいのかもしれないが、性格なのか、癖なのか、一枚を完成させてからまたその次を、と順序だてていくことが出来ない。これは制作に限ったことではなく本を読むのも同じである。あれやこれやと読み散らしてしまうのが長年の癖である、

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by papasanmazan | 2013-02-18 00:47 | 風景画 | Comments(0)

畑の中のキャバンヌ(第一段階)

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冬の畑の中にキャバンヌ(小屋)がポツンと建っている。べつに何の役に立つわけでもないのだが,
所々の畑によく見かけるキャバンヌである。石造りの小さな小屋だが、特に広い畑の中にあると趣きのあるものである。

冬の寂しげな畑というのも私は好きである。飾り気がないというのだろうか、その淡い色彩は、春や夏の強いコントラストにとんだ色彩とはまた違った魅力がある。

サムホールのちいさなキャンバスに畑の中のキャバンヌを描いている。むこうに人家も一つ見えている風景である。
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by papasanmazan | 2013-02-16 00:48 | 小さな絵 | Comments(0)