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カテゴリ:小さな絵( 54 )

のこぎり山遠望





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大きなヴァントゥー山からづっと裾ながく続いて、岩をむき出したようなのこぎり山(ダンテル ドゥ モンミライユ)が見えている。近くからみるとまるで恐竜のようなあらあらしい山だが、マザンのあたりから遠望すると、周りの風景と溶け合って一つの牧歌的な優しい風景になってくる。

いつも制作に向かう車の中からこの風景を見るのだが、それほど特徴的なものではないが、何とか絵にしたいと思っていた。あるいはいつまでも思い出になるような風景なのかもしれない。

いちどはP10号の大きさの油彩を描いて、ほぼ出来上がった状態にまでなっていたのだが、最終的に何かが不足している。どうにも解決が出来ずに今もそのままにしているのだが、それとは別に、もっと小さいもので試してみようと、同じ場所でサムホールの大きさの、ごく小さなキャンバスにも描いてみたのである。これは小さい画面ということもあるのか比較的スムースに進んだものである。

最近よく考えている、ごくありふれたモチーフ、どこにでもみられるような風景ではあるが、やはり心惹かれる何かを感じるのである。もう少し時間をおけばP10号のものもものにできそうな気がしている。

by papasanmazan | 2019-10-10 00:55 | 小さな絵 | Comments(0)

ポプラとヴァントゥー山





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マザンの村の中心から少し外れたところに、広く見渡せる畑の中にポプラの並木がポツンと立っていて、向こうに見えるヴァントゥー山とうまく対比している場所がある。車が通う道の少し下にブドウ畑があって、そこから見ていると何とも牧歌的な雰囲気で、ほとんど人の通ることもなく、絵の制作にはもってこいのシチュエーションである。


今までにも数枚制作したが今回はF0号の小さなキャンバスに描いてみた。畑が遠くまで広がって緑の色が主になってくるが、小さく見える農家や大地のオレンジがかった暖色、ポプラの色彩の変化など、小さな画面にもかかわらず描きながら目があちこちに引き回される思いであった。

こういった小さな作品の見せ場を作るながらの計算された制作も非常に難しいが大切なものだと思う。決して簡単に扱えるものではない。

by papasanmazan | 2019-10-05 16:52 | 小さな絵 | Comments(0)

カップと野の実





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夏になるとあちらこちらで野の花や、野の実に出会う。野の実ももちろん野生で形は小さいものが多いが、色は大変にきれいである。梨なども食べられないが、市販のものと違って形がさまざまで、しかも小ぶりなので小さなキャンバスに描くのにはもってこいである。

そんな野の実と、これも大好きなカップを組み合わせてF0号の小さな絵を描いてみた。カップの赤の模様が果物の赤と響き合えばそれで満足できる、そんな描き始めの意図だったが、やはり絵画は色だけではなく形の問題が出てくる。

個々の果物やカップの置き方は最初に考えあげた上で描き始めるが、途中の色の関係でどうしてもモチーフになる物の角度や接点、接線の変形が必要になってくることがある。そうしないと見るものの目に落ち着いてこないのである。

いくらでも描き直していく。気に入るまで描き直していく、それしか方法はないのである。
小さな画面といえども制作の態度は変えようがない。

by papasanmazan | 2019-07-15 17:45 | 小さな絵 | Comments(0)

サン・ディディエの教会





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マザンから車で10分位の隣村、サン・ディディエの教会と村をサムホールの小さなキャンバスに描いてみた。ここの教会の白くて細長く空に向かっている屋根はいつ見ても特徴的で美しい。こじんまりした村の中でひときわこの教会が目立っている。

村の少しはなれにある墓地の横から描いてみた。以前にもサムホールの大きさに描いたことがあるが、今回は墓地の塀に沿った、ごく足場の悪いところにイーゼルをすえてみた。角度としてはこれが全体の勾配から言って一番いいようである。

小さな画面を描くコツが少しつかめたようである。余り強い構成は望めないのだが、手際によってはかなりの描き込みも可能である。大きな画面でもいえることだが、油絵の具の塗り重ねていく時の手順をよく覚えこんでいかなければならない。特に小さな画面では対比したところの部分の塗り方を出来るだけすばやく変化をつけながら、視覚上の差を現していくことである。画面が小いさいだけにこういう手順にモタついていてはただ生気のない絵が出来上がるばかりである。

by papasanmazan | 2019-06-30 18:23 | 小さな絵 | Comments(2)

キャロンの教会(サムホール)







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先日投稿したF0号の小さな絵、キャロンの教会を同じ場所、同じ角度で、これも小さなサムホールの絵にしてみた。ただし今度は横型で、F0号よりはこころもち大きいサイズである。縦型に使った前作が教会や建物を見上げたような、まるで目の前の風景に直面しているような印象とは違って、今回のサムホールのものは画面としては小さいながらゆったりした構成になっている。

F0号の時に意見を寄せてくだっさた中に、小さな窓から見たような風景、という言葉をいただいたのが大変に印象深く、有難かった。もう三十年以上も前のことで、日本にいた時のことだが、毎年冬には一ヶ月くらい富士山のふもとに滞在して、色々な角度から制作していた。そのうちの一点を個展時に買ってくださった方に、うれしくてお礼を言うと、毎日家の窓から富士山を眺めているようで大変満足している、と言っていただいたことがある。これも忘れられない有難い思い出である。


この窓から見たような風景、という言葉は画家にとってよく考えておかなければならないことだと思う。よく絵の批評会などで先生が、風景を切り取る、という言葉を使われることがある。つまり構図を決めていく時に実際の風景なり、静物の組み合わせで、どこで画面を切り取っていくか、上下、左右の四辺に限られた画面にどう物をおさめていくか、これが空間を決定する第一の要素であるから大切なところだといえるのである。それをグンとポピュラーな言葉になおせば窓から見たような風景、ということになる。

by papasanmazan | 2019-06-01 19:00 | 小さな絵 | Comments(0)

キャロンの教会


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我が家から車で10分位のところにキャロンの村がある。最近はこの村でよく仕事をしている。バルーにある城や、岩山にへばりついているロック・アルリックの村などを描きに行くときには必ずこのキャロンを通るので、以前から気になっている村ではあった。

建物が上下に重なり合いながら、鐘楼や教会の連なりが横への変化に視線をひいて、村全体のマッスがなかなかに重厚である。こういうのを本当の重層構造といっていいのだと思う。新しい都市の、上へ、上へ、というのではなく、地面から生え上がっていくような感じである。そしてそこにはいかにも人の生活がある、土着というものだろう。

今度はこの教会にうんと近づいて、縦の流れだけを写し出す、見上げたところにはほとんど石の壁だけといったようなものを、これもうんと小さなF0号のキャンバスにおさめてみた。

大きな対象を手のひらほどのものに表現する、ちょっと気を衒ったやり方かもしれないが、描いていて大変に面白かった。






by papasanmazan | 2019-05-15 11:07 | 小さな絵 | Comments(4)

ザクロと梨



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本来なら年末のクリスマス(仏語 ノエル)商戦でにぎわうはずのフランスが政治に対する不信を振りかざして一般市民の怒りが爆発している。とくにガソリンに代表されるような生活必需品に対する税金の高騰や、最低賃金の低さ、年金の問題など、政府の対応の悪さ、遅さに対する怒りである。マクロン大統領の支持率も目に見えて落ちている。


毎週土曜日、大きな都市では黄色いチョッキ(ジレ・ジョーヌ)を着た市民のデモ隊と政府の指令による警察隊との争いが大々的に報道されている、特にパリの中心、シャンゼリゼ通りは無法地帯のような荒れようで、商店のウィンドガラスなども叩き割られ、置いてある車も放火されたりしていた。


加えてアルザス地方の大都市、ストラスブルグではまたテロが発生、一般市民四名の犠牲者が出た。そのため一時ストラスブルグのクリスマス広場が閉鎖されたりして、なんとも無気味なフランスの年末である。


サムホールの小さな画面に沢山の果物をおさめてみた油彩である。大好きなザクロと緑の色がさわやかな梨をモチーフにしてみた。今年の個展に出品したが余り人目をひかなかったようである。自分ではかなり手ごたえのある静物画だと思っていたものである。








by papasanmazan | 2018-12-16 19:57 | 小さな絵 | Comments(0)

マザンの教会とヴァントゥー山

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在仏三十周年の個展を芦屋で無事に終え、一ヶ月ぶりにマザンに戻ってきた。多くの方々に作品を見ていただき、お話を伺ったり、近況をお知らせいただいたりして、いつものように充実した日本滞在であった。皆様方にお礼申し上げます。

十月の半ばに日本に発つ前から、この夏の大阪に大きな被害をもたらした台風で、ストックしていた額縁のかなりの数がだめになっているという情報が大阪の息子からもたらされていたので、それなりに覚悟はきめて一時帰国したものの、実情を見て愕然とした。二週間後に迫っている個展の準備と同時に被害にあった額の整理をしなおさなければならない。どこから手を付けたらいいのか最初はとにかく放心状態に近かった。

先ずは額でうまった家内と私の部屋を確保し、使える額を選び出し、個展のための新作を額装し、毎日やれるれることだけをする、ただそれだけの一ヶ月の日本滞在だった。


その間に神崎川の川岸にある大阪東淀川区の大型ごみ処理施設に申し込んで処理した古い額縁は210kgにのぼった。すべて自分たちで持ち込んで焼却してもらうのである。


いつもは少し余裕を持ってむかえられる作品の飾りつけも、やっとぎりぎりの日程の中で何とかこなした状態で、初日の三十周年を記念したささやかなオープニングパーティでも疲れた顔をお見せしていたのかもしれない、申し訳ありませんでした。


個展をするための帰ったのか、額の整理をしに帰ったのかよく分からないままにフランスに戻ってきたのだが、これからのメドは少しつかめたのは確かな今回の帰国であった。写真の絵はやはりこの個展に出品したサムホールのマザンとヴァントゥー山である、今は家からこの実景がよく見えている。




by papasanmazan | 2018-11-16 20:11 | 小さな絵 | Comments(0)

サン・ピエール・ヴァッソルの村


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モデーヌの村に隣接したところにサン・ピエール・ヴァッソルという、これも小さな村がある。どちらも素朴で南仏らしいたたずまいの美しい風景を見せてくれる。先日投稿したモデーヌの村というサム・ホールの絵とともにこれも小さなF0号のキャンバスに、手前に大きな農家を取り入れて、村を遠望したところを描いてみた。

この構図は以前にも描いたことがあるし、もっと上から60号大のサイズで制作したこともある。その頃は手前の農家が改築される前で、もっと風情があったように思う。今は屋根や壁が新しくきれいになって、住むのには改善されていいのだろうが、絵の題材としては前のほうが趣があった。

しかし奥に見える村はいつもどうりの優しい姿を保ってくれているのがうれしい。


秋の個展のご案内☞ https://artakaya.exblog.jp/29771643/ 







by papasanmazan | 2018-10-10 18:43 | 小さな絵 | Comments(1)

モデーヌの村


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サムホールのキャンバス、0号に続いて小さなサイズだが、それにモデーヌという、これも小さな村の風景を描いてみた.南仏特有の鐘楼が魅力的な村で、いつもはこの鐘楼や平べったい教会の姿を構図に入れながら描くのだが、今回はもっと北のほうへ離れた遠いところから農家の存在を引き立たせながら制作してみた。

農家を通してあざやかな緑の畑が縦横に視線をひっぱっていってくれる。こういう風景はもちろんどこにでも見られるものだろうが、なんだか懐かしく,悠久なものを思い出させてくれるようで、以前からあこがれていた構図である。なんでもない内容だが,割合に描いてみて難しいものである。

余りしつこく描くのではなく、できるだけアッサリと見せる、それでいて構成の中で重要な部分を占める、これはやはり難しいコツだと思う、また難しいと分かっていたので少し躊躇していたものである。今後ももっと大きな画面にまで発展させていきたい風景画である。


秋の個展のご案内☞ https://artakaya.exblog.jp/29771643/ 
 




by papasanmazan | 2018-10-02 18:36 | 小さな絵 | Comments(2)