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カテゴリ:風景画( 372 )

モルモワロン風景





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モルモワロンの村の教会を手前のポプラの木の間から見えるアングルでF3号の小さな油彩にしてみた。数年前にはこの場所でかなりの数の制作をしたが、久しぶりにイーゼルを据えて眺めてみてもほとんど景色は変わっていない。ただ所々の家が壁を新しくして、全体には少し明るく、また軽くなった感じはする。


制作の実際で言うと、たとえばポプラの扱いなどが直接的になってきたと思う。教会の建物などでも単に高さが出ればいい、といったことで余り細かい部分や装飾的と思われる部分には眼が行かなくなった、目が行かなくなったという以上、その部分に筆も入らない、色彩もない、形も端的ということになる。

これで下手をして失敗すれば、全くの手抜きの絵という事になるわけである。かなり若い頃、先輩の絵の先生に、個展の会場で、大きな声で、手抜きだ、といわれたことを思い出す。決して手を抜いたわけではなかったので、随分複雑な思いであった。

F3号の小さな油絵でも手抜きに見えなければおなぐさみである。

by papasanmazan | 2019-08-18 18:30 | 風景画 | Comments(0)

白い道とヴァントゥー山






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我が家から少し歩いた見晴らしのいい公園から、広がったヴァントゥー山を背景にマザンの教会や村の景色を見渡すことが出来る。手前にはブドウ畑が広がり、人家が点在している。そのあいだを白い道がくっきりと曲線を描いている。そんな風景を油彩や水彩、パステルで何枚も描いてきた。

これも一つのシリーズになったような画題だったが、残念なことに最近この風景が整備され過ぎてきて、この白い道が目立たなくなってきた。曲線も途切れるし、舗装された道は以前の白さがなくなってしまった。制作の意欲もそがれてしまったのである。

ところが昨年、家内がこの地域の環境清掃の活動に参加した時に新しく絵の題材になりそうな場所を見つけてきてくれた、さっそく見に行ってみるとヴァントゥー山はもちろん、手前にはなだらかな丘にオリーブの林が広がっていて随分のどかな景色である。しかもその丘に一本の白い道が見えている。車が通ると白い砂煙が舞い上がる昔ながらの白い道である。

今年の夏になってからこの風景に挑戦してみた。ちょうど木陰があって、涼しいところにイーゼルを据えられた。P15号の油彩である。

by papasanmazan | 2019-08-10 12:13 | 風景画 | Comments(0)

赤い岩





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いつもの赤い岩、今回はF12号を縦型に使ったものである。かつて日本で制作を続けているときは富士山や竹、松などをよくモチーフに取り上げて、一つのシリーズになっていたが、フランスに住みだしてからはやはり環境ががらりと変わって、風景そのものが目新しく、どれでもを絵にしていきたいような気持ちだった。

プロヴァンスに移ってからはやはり経験もつまれてきて、対象になる風景をよく見極めれるようになって来たようだ。以前のようにフランスの緑の美しさ、景色の透明感に圧倒されてばかりではなく、自分の意図でもってモチーフを選んでいけるようになった。

そのような中でやはり眼前にあるヴァントゥー山はどうしても避けて通れない対象物で、これはなかなか勉強になるモチーフだった。その重量感と横への流れの調和に最初の頃はとまどったものである。

そしてもう一つシリーズになるような赤い森、その中にある赤い岩、もしくは黄土の岩、これらの組み合わせが大変に重要なモチーフになってきた。自分の好みから言えばこの赤い岩は一番好きなものである。いわゆる絵づらが悪い、見てくれが悪い画面になるかもしれないが、どうしてだかとにかく惹かれるのである。

今回のこのF12号も相当に描き込んだものである。

by papasanmazan | 2019-08-03 18:29 | 風景画 | Comments(2)

オリーブと松のある家





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たとえば何か風景画を描こうとすると,良い眺めや面白そうな建物、その他自分の心にかなう景色を追い求めていく。初心者の頃はどんなにこの場所を描いてみたいと思うようなところが見つかっても、なかなかいざ実際に描いてみるとどれもこれも難しいものである。

それが少しづつ経験をつんで、いろいろなモチーフにあたっていくと、その風景にも自分の好みがでてきたり、こういう構図のもの、自分の意図などが加わってきて、その制作も段々高度のものになってくる。そして出来上がった作品にしてもあるときは深みのあるいいものが出来るかと思えば、時々は自分の自己満足だけに終わって、他人の目からすると一体これは何を現し、何を言わんとしているのか、と批判の対象になるようなものも出来てきたりする。

いわゆる奇の衒ったもの、ただただ難しいもの、その他高度なものには違いないが親しめないもの、そういった制作もできてくるわけである。しかし最近の私は年齢のせいか、モチーフにはできるだけ当たり前で、どこにでも存在し、すぐにでも手に取れるようなものを選ぶようにしている。

いつも制作に向かう車から見える石造りの建物で、オリーブと松にかこまれた家がある。F6号の比較的小さなキャンバスに描いてみたのだが、プロヴァンスにはざらに見られるこんな風景で、たったこれだけの簡単な構成に過ぎないのに、こんなに難しく、これほど時間と制作回数のかかった絵も最近では珍しかったことを告白する。



by papasanmazan | 2019-07-31 19:28 | 風景画 | Comments(2)

赤い森の岩





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いつも制作の場にしている赤い森で、以前F20 号に描いたことのある構図のものをもう一度、ほぼ同じ地点、大きさは今回F15 号を縦型にして完成させた。

もう三年以上も前のF20号の前作になるが、岩や木々の扱いをもっとクローズアップして、全体の緊張感を高めてみたかったのである。そのことはずっと考え続けていたのだがなかなか改作の機会がなかった。久しぶりに見る現場はほとんど何の変わりもなく、イーゼルを立てる目印にしている石もそのままそこに置いてあった。

とにかく画面左に位置する赤い岩を大きく取り入れて、木々と対立させながら全体の調子を上げていった。赤い岩の扱いは以前に比べると軽く、気楽に色を重ねるだけで充分な気持ちになれるようになってきた。ここは制作の大切なところで、ある意味で知らないふりのままで放置するだけの度胸がもてるかどうか、下手なときに限ってあれでもない、これでもないと余計な絵の具の塗り重ねをしてしまうのである。それがまた全体に行き渡っていって、つまりは何の表情もない作品になってしまうのがオチである。


今回の作品ではなんとか岩の存在を木々が受けれるようになったと思う。

by papasanmazan | 2019-07-24 18:20 | 風景画 | Comments(2)

ひまわり畑〔Ⅱ〕


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ひまわり畑〔Ⅰ〕に続いて〔Ⅱ〕も完成した。これはP20号の大きさで、〔Ⅰ〕のF20号より細長い形である。ひまわりの畑が遠くまで広がって、横に流れた黄色全体が美しい。〔Ⅰ〕を描いている途中からその横いち面に広がった黄色をもっと主にしたものも描きたくなってP20号にも描き始めたものである。

〔Ⅰ〕で個々の花などを苦労しているので〔Ⅱ〕のほうは少し楽な制作になった、出来上がるのも若干速かった。こちらの横長の画面は個々の花というよりも黄色という色彩の面構成といってもよいかもしれない、描いている途中でも花自体よりも黄色の絵の具の扱いといった感じだった。ジョーヌ・ド・カドミウム・クレール(カドミウム・イエロー・ライト)という絵の具一本を相手にしているような制作である。

これが画面というものに関わってくる制作というものである。抽象といえば抽象かもしれないが、ヒマワリという花を使っている制作でもある。このあたりの機微は自分だけにしか分からない、なんとも説明のしようもない制作の実際である。




by papasanmazan | 2019-07-18 03:08 | 風景画 | Comments(2)

ひまわり畑〔Ⅰ〕





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家内が犬の散歩がてらにひまわり畑を見つけてきてくれた。家からごく近くのところである。ひまわりの花や畑は今までに油彩、パステルでかなりの数を描いてきた。かなり遠くの場所まで描きに行ったこともある。

最近はパステルで室内のヒマワリの切り花ばかりの仕事になっていた。実は油彩でひまわり畑の大きな絵を描くのは難しいし、かなり体力もいる制作になる。もうこの仕事はしないだろうなと思っていたのだが、場所が車で3分位の所、試みに見に行ってみるとやはり描こう、ということになった。

F20号のキャンバスを選んだ。ちょうどこのくらいが今の自分にはいいところだと思う。しかし何度描いてもこのヒマワリというのは難しい、個々の花を説明的にしすぎて、しかもその花の数が多くなっていくとまるでパチンコ屋の開店である。そうかといって花をただ丸いだけにしておくと月面クレーターみたいだ。そのあたりの描写と全体感との兼ね合わせが難しいのである。

ただこのF20号を描いている途中、ちょうど三度描きおえた時点でもう一枚P20号にも同じヒマワリ畑〔Ⅱ〕を始めて,ⅠとⅡを毎日交互に進めていった。制作としてはこれがよかったと思う。


ようやく先行したⅠが出来上がったのだが、いままでのひまわりやひまわり畑の絵とは違っていると思う。いままでのが花や畑の絵だったのが、今回はひまわり畑を使った画面にようやくなってきた、と言えそうである。

by papasanmazan | 2019-07-08 14:51 | 風景画 | Comments(0)

石切場の家


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ボーセの村で石切り場の風景を何点か描いたが、まだまだ満足できないでいる。そこで以前F10号で描いたのと同じ場所で石切り場とその下にある家をもう一度絵にしてみた。今回はF3号の小さめのキャンバスである。


前の10号の絵は冬の時期に描いたもので、緑の面積が少なかったが、今回は初夏から始めたので木々の緑が充分に目についてくる。岩の荒々しい切り後と緑の対比が何とか上手く処理できないかとこの時期を狙ってみたものである。

しかし岩の重なり、切り跡などの面取り的な処理は何とか持っていけるのだが、それが緑の部分になかなか流れていかないので困った。流れるのは流れるのだが余りに対比が強すぎて表現がワザトらしく感じられるのである。そうかといって解け合わせすぎても骨抜きのようになったものになる。そのあたりを何度も修正しながらようやく出来上がった作品である。







by papasanmazan | 2019-07-06 23:26 | 風景画 | Comments(0)

ロック・アルリックの村


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今年の三月に日本から来た知人を連れてちょっとロック・アルリックの近くを回ってみた。バルーの城やジゴンダスなど観光地としても見所の多いこの地方だが、とりわけ岩山をめぐるこのロック・アルリックの村は日本人には新鮮な光景だろう。


すでにこの風景は何度も描いているのだが、その日も話をしながらいつもの制作場所から少し奥へ行ってみるともう一度描いてみたい角度のところが見つかった。以前の構図よりも少し左側の面積が増して、空間的には楽な感じがするのである。


ただしこの風景は手前の岩山と。それに張りついたような村の建物、その背景に大きなダンテル・ド・モンミライユという、これも岩をところどころむき出したような山が控えている。これらを一つの空間におさめていくのはなかなかに難しい。特に岩の色彩に注意していかなくてはならない。その色彩が単純になっては平板な画面に陥るし、複雑さに目をうばわれすぎるとなんともコセコセした、自然の大きさの失われた絵画になってしまう。


やはり何度描いても難しさだけが身にしみる制作である。今回はF15号のキャンバスを使った。







by papasanmazan | 2019-06-26 23:43 | 風景画 | Comments(2)

ヴァントゥー山(ベル・ヴューから)






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久しぶりに30号の油彩を制作した。M30号である。若いときには30号くらいは極当たり前の大きさだったが、最近は20号位までの大きさどまりが多く、ちょっとなさけない気もするのだが、戸外での制作ともなると30号くらいまでになってしまう。

昨年の夏以降、ヴァントゥ-山を描くのにこのベル・ヴューという名前のキャンピング場のすぐそばにイーゼルを据えることが多い。ベル・ヴュー(いい眺め)というだけあって大変に眺望の開けたきれいな風景のところである.前景の大地を通してヴァントゥーがなんのさえぎりもなく大きく展開してくれる。

この場所は以前から制作にもってこいのところになるとは思っていたのだが、何せ相手がだだっ広く、建物や林や畑などが本当につかみどころがないほどに小さく見えるだけで、大地の扱いや山の横への変化などをどうして扱っていいのか分からなかった。

昨年のこの場所での20号の制作いらい段々と、制作する自分と風景の一体化を感じるようになってきた。形と色を使って表現するのが絵画の基本だが、それにまして何か精神的に一つ自由なものを得たような気がしたのである。それでこのいい季節を待ってこの30号の制作になったのである。今の自分としては満足のできる画面になったと思っている。

by papasanmazan | 2019-06-17 02:55 | 風景画 | Comments(2)