プロヴァンスの村




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建物と少しの松などを添えたプロヴァンスの村、キャロンの街道のあたりを描いてみた。M10号の細長い画面である。建物を一つ一つ捉えるのではなく、自然の中の流れの中の調和として考えながら、対比も与えて描きあげたものである。

色彩としてはまだ夏の強烈なものはないが、やはり澄んで純度の高いものが感じられる風景である。私としてはそこに何とか透明感を与えてみたいのである。制作としても全体をつかみながら互いの関係を徐々に明確にしていきたい。一気に描き上げるような情熱的なものはないが、じっくりと構成された隠れた強さが出ればと思っている。

# by papasanmazan | 2019-03-25 01:53 | 風景画 | Comments(0)

キャロンの家と松





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今年の一つの目標はプロヴァンスの村の建物や集落を描くことである。この地方に住んでもう15年以上になったのだが、ヴァントゥー山をはじめとしてプロヴァンスの風景を随分油彩や水彩で描いてきたが、いわゆる石造りの家を主題としたものは少なかった。


以前定期的に個展をしていたデパートの画廊から、もっとプロヴァンスらしい風景、村の中の花を飾った家々や、雰囲気のある店などの情景などの絵を描いたほうがいいといわれたことがある。パリで言ったらセーヌの川岸や凱旋門をあしらった絵、フーケッツの赤いサロンを描け、といったところだろうか。どうも私には気乗りもしないし興味のない話だった。


しかしプロヴァンスの家並みや村の集落を造形的に扱いたいとは前々から思っていた。素朴で飾りのない構造的に強いものを求めていたのである。まずはマザンから近いキャロンの家と松を並べて描いてみた、P8号のキャンバスである。

# by papasanmazan | 2019-03-21 20:12 | 風景画 | Comments(0)

バルーの松と家





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以前描いてみたもので少し気になるもの、もっと何らかの発展になるかもしれないと思われるもの、そういった画題をよく考えながら突き詰めていくのも大切なことかもしれない。新しい主題だけを求めるのではなく、常に自分と向き合っていくということを心がければ、古いとか新しいとかいうことは問題にならなくなってくるような気がする。

このブログで2017年7月14日にさかのぼってバルーの大きな松というF15号の作品を投稿したことがあるが、この構図を使ってもう一枚油彩を試してみた。特別寸法で10号より少し小さな画面である。


キャンバスを縦型に使って松の木の高さを増し、家並みももっと構築性を出すようにしてみたかった。そのほうが全体としてしまったような感じが出てくるのではないか、冗長なものが避けられるのではないか、という思いからであった。制作としてもその事前の計画とあいまって割りにキビキビと色も形も決まっていった。途中の抵抗されるような感覚も少なく、気持ちのいい進み具合だった。パステルを描いている時がこの感じに似ていると思うのだが、出来上がったものはやはり油彩の空間である。

# by papasanmazan | 2019-03-15 06:39 | 風景画 | Comments(2)

クロッカスと白いスミレ




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今年もアーモンドの花が咲いて、プロヴァンスにも春がやってきた。暖かい日が多く、いつもより花がいっせいに咲き出したような感じがする。我が家の庭にも毎年決まったように、別に植えたわけでもないのにクロッカスの花が咲く。そしてやはり庭のあちこちにスミレの花が群がって咲いている。


毎年描こう,描こうと思いながら,ついほかの制作に追われてそのままになっていた。今年はようやく小さいパステルにすることが出来た。こんなちょっとした仕事でもやってみれば結構な労力で、また出来上がってみれば楽しいものである。思い入れるようなことはことさらないはずだが、なんとなく愛おしいような気もするのである。


谷崎の細雪の中に、毎年花見の頃になって、美しく着飾った姉妹が、今年こそこれが皆で出かける最後になると思いながら,ゆく春を惜しむ、といった情景がある。惜春という言葉の持つ日本語の美しさを存分にあらわしている。こういった言葉も現代では死語になりつつあるのかもしれないが、やはり春になればみんな花見にも出かけ、暖かさを喜ぶ感情は残っているはずである。

# by papasanmazan | 2019-03-12 07:24 | パステル | Comments(0)

プロヴァンスの平野




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2015年3月3日の日付でこのブログに投稿したバルーの農家という作品と同じ場所で四年ぶりに、これも同じ構図、ほぼ同じ風景をF12号のキャンバスに描いてみた。前回はF15号だった。この場所からの見晴らしはいかにもプロヴァンスらしく、オリーブや松の緑に大地のオレンジがかった褐色などの対比が魅力である。 


前回の15号の作品を写真で見ていると、近景などはよく描き込めていると思うが遠景の処理がまだうるさく、もっとアッサリとした省略が必要だと思われる。そういう意味からも、また現場の美しさからいってももう一枚描いてみたくなったのである。


今回は少し視点を左に移して、緑の色も出来るだけ明るく抜けたように操作をしながら、全体の軽みを増そうと心がけた。油彩の重厚感を人はよく口にするが、私は透明感のあるほうが好きである。透明で、キャンバスに吸い付いたような色彩の美しさに魅力を感じている。


日本画の岩彩と違って油彩本来の透明性を大切にしたいのが制作の願いである。そこに清潔さを感じるからである。

# by papasanmazan | 2019-03-08 03:26 | 風景画 | Comments(2)

少女像の静物


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老齢のせいか夜中に目が覚める。寝付くのも速いのだが午前零時前に起き出すことが多く、たいていは本を読んだり、画集を見たりして過ごすので、この三時間位は大変貴重な時間になる。その後また熟睡して朝になる、という繰り返しの毎日である。時間をもてあますということは全くない、むしろ足りないような感じがしている。

F12号の静物画、お気に入りの少女像を使ったものが出来上がった.籠や干からびたザクロなどをあしらって構成したものだが、随分時間が掛かったものである。この制作をしている途中から、先ほど言った夜中の自由な時間にヴェラスケスの画集を集中して見ていた。この年齢になってもまだまだ勉強することは多い。

もともとヴェラスケスは大好きで、プラド美術館に行ってもヴェラスケスの作品しか見なかった、といってもいいほどである。しかもラス・メニナスと絶筆になる皇女マルガリータ、この二点だけである。

今になってやっとマルガリータの絵をとらえることができた。もしもう一度プラドに行く機会があれば完全に理解できると思う。何が分かってきたかといっても決して抽象的なことデではない、ヴェラスケスの仕事の手順というのか、集中力のことである。力のため方が理解できてきたように思うのである。以前はラス・メニナスでそれが分かってきたような気がしていたが、マルガリータのほうがずっと明快である。

この少女像の静物は随分ヴェラスケス理解が助けになった作品である。







# by papasanmazan | 2019-03-06 07:38 | 静物画 | Comments(2)

バルーの城

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2月20日に投稿した城への道とほぼ同じ場所、城へ向かっていく道のちょうど曲がり角の地点でもう一枚バルーの城を描いたF8号の油彩である。手前に葉っぱの散ったブドウ畑が広がっているのだが、地面とブドウの木の枝々が合わさった色がその日の天候で黄色になったりオレンジがかった色になったりして美しかった。


同じようなモチーフを扱ってもやはり出来上がった作品の感じはかなり違ってくる。余り感情的なものをいれたり、即興的な面白さを狙ったような作品は出来るだけ避けて、現象面だけではなく、その奥にある実在の永遠性が表せるように、と常に考えているが、なかなか実際の制作では難しい。


偶然そこにでくあわしたものや、余分だと思われるものは省略するようにしているが、それでも目の前の現象に引っ張られてしまうことがある。相手が美しいものだったらどうしても写し過ぎてしまって後悔する事しばしばである。






# by papasanmazan | 2019-03-03 04:14 | 風景画 | Comments(0)

カーネーションの花束


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先日このブログにパステルで描いたカーネーションを投稿したが、そのあとそのモデルのカーネーションがますます咲きだして本当に毎日が楽しみだった。実はこれは家内が他所からもらってきたものなのだが、余りにきれいで、なんだか見ているだけではもったいなくて、とうとうもう一枚パステルにしてみた。前作は紙の地色が明るいグレーだったが今回はうすいブルーである。


前の作品と少し違った感じにしようと思って、花瓶も入れてみようかなどと色々試したのだが、うるさくなり過ぎそうなので結局花だけの構成になった。ただし色彩の取り合わせは大分違っている。


前作のが254×180ミリ、今回のが270×206ミリで少し大きなパステル画になった。額装する時には前作が太子(タイコ)、今回のが四つ切という額に入る予定である。水彩やパステルは額縁のなかにマットといって余白になるような台紙にその作品の大きさにあわせた窓をあけて、その窓の部分に作品を収めることになる。私はいつもマットの幅を7センチ位に目安を立てている。


以前小さなリンゴ二つを水彩で描いてそれを額装したのだが、かなり大きな額に納めてマットの幅を随分大きくとったことがある。その作品をまず大阪の個展で飾ったのだが、こんなマットが大きくてはもったいない、という意見の人がいた。それを神奈川県の藤沢での個展の時にも出品したら初日に売れてしまった。買ってくださった方に聞いてみると大変シャレているとのことだった。




# by papasanmazan | 2019-02-26 23:49 | パステル | Comments(2)

三つのリンゴ


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F3号のキャンバスを縦型に使って三つのリンゴをモチーフにして静物画を描いてみた。こういった単純な組み合わせで、見た感じも、描く感じも構成的なのが大変に好きである。白い布の上に置かれたリンゴ三つ、背景に赤を主にしたチェックの布、それにテーブル代わりの小さな椅子だけが構成要素である。

アダムとイヴの楽園追放の旧約聖書から、ニュートンの万有引力、そして静物画のセザンヌ、どこまでいってもポピュラーなリンゴだが、これが描いてみるとなかなかに難しい。たとえば三つのリンゴを描くとして、三人の人間がいればそれぞれ性格も表情も違っているのと同じくリンゴにも個性はあるはずである。同じ赤い色をしていてもその赤の中にも違いを見つけるだろう。そういったそれぞれの持っているものをつなぎ合わせながらおのおのの固体としての特性も表現していく。

しかしなんと言ってもまずは三つを使っての動きをよく考えてみる,その内の二つは接し合い、重なり合わせ、残りの一つは少しその二つの群から離し気味にする、それでもってジグザグに上から下にと目線を引っ張っていく。そのためにまずはキャンバスの使い方を縦型に決めていく、狙いはただそれだけの話で、あとは実際の制作を進めていくのである







# by papasanmazan | 2019-02-23 21:10 | 静物画 | Comments(2)

城への道



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バルーの城をF12号のキャンバスを縦型に使って描いてみた。昨年の夏、この城を遠望したところや、大きな松と組み合わせたものなどを何点か描いたのだが、その時に新たに角度の違った場所を探し当てていた。今まで気づかなかった道を大きくうねると城の姿がはっきりと見えてきたのである。

他にも並行して進めていた制作がたくさんあり、個展のために日本の一時帰国もしなければならなかったので、この新しい場所での仕事はお預けになっていたものである。

大きく曲がった道を抜けて遠くの城に至る、聞けば何か寓意でもありそうに思われるが、ただ一枚のキャンバスに描かれた風景画である。カフカの難攻不落の城のようなものではない、画面一つの存在を心がけただけのものである、しかしこの画面一つという意味が私には一生をかけて実現させてゆく仕事になりつつあるような気がしている。




# by papasanmazan | 2019-02-20 09:44 | 風景画 | Comments(0)

カーネーション


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久しぶりにパステルを描いてみた。母の日にはまだ早いがアトリエにカーネーションの花が飾られていたので、それをモチーフにしてみた。今まで随分花のパステル画を描いてきたが、そういえばカーネーションは初めてである。どこにでも見かけられる一般的な花なのだが、なぜか今まで描く機会がなかった。

赤、白、橙、黄、そして紫など多色の花々を扱ったが,色面を決めるのにはまず赤と白の花の位置をあらかじめ定めて,その後で色をばらけさせるようにその他の花を配置していった。こういった多色のものを扱う場合に、中心になるコントラストをまず考えていくのも一つの制作の進め方である。


よく静物画を描こうと思うのだがモチーフをどういう具合に選んで、配置していけばいいのか迷ってしまう、という質問を受けることがあるが、まずは一番中心になるものは何か、ということを決めていくべきだと思う。それとその中心になるものをひきたたせる物、コントラストになるようなものを見つけていくこと、それには形や色の違いや調和をもとにモチーフを選択していく。そしてそれらの取り合わせが余りうるさくならないように、わざとらしくならないように考えてもいきたいところである。

そして一番これが肝心なことなのだが、とにかく自分が一番描きやすいようにモチーフを組んでいくこと、これなら最後まで描き続けられる、という感じが捕まえられてから制作にかかるようにすればいい。





# by papasanmazan | 2019-02-18 04:18 | パステル | Comments(2)

ヴナスクのプラタナス


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昨秋の芦屋での個展で、案内状にF15号のヴナスクの白樺という作品の写真を利用した。その会場での当作品の評判は一番目立つところに展示したせいもあるのだろうが、割合によかったようである。自分自身でも納得できるものであったのだが、展覧会後に家内の意見で、あの絵をもう一度描いてみたら、ということであった。

なるほど割合に落ち着いて制作したもので、あまり過不足は感じないものなのだがまだ発展するだけの余地がありそうに思えた。真冬になってからそのヴナスクの現場に出かけて想をもう一度練ってみようと試みた。せっかく新しく描くのだから少しでも構図を変えたり、キャンバスの大きさも違えたり、などと右へ行ったり左に向かったり、登ったり下ったり(ここは小高い丘になっている)、色々試してみるのだがどうにもならない。

かなりの時間をかけたのだがとうとう昨年とまったく同じ位置、まったく同じF15号ということになってしまった、そう決めるしか描けないのである。

出来上がったものは自分としては今回もこれでよし、かなりの発展がある、と満足している。





# by papasanmazan | 2019-02-14 03:36 | 風景画 | Comments(2)

冬の雑木林

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真冬の、葉を落とした木々の姿は美しい。昨年の1月30日にこのブログに投稿したF20号の冬の木々と同じ場所で今年も裸木の群れをP15号に描いてみた。昨年はその林の中で制作したが、今年は木々の並列しているところを選んで、林から距離をおいた姿をポイントにしてみた。

この並列した構図は見ていて美しいが、描く段になるとなかなか奥行きがでてこないので難しいものである。出来上がったと思っても何か平板な感じで、物足りないものがいつまでも残る、今まではそういった制作がおおかった。それにも懲りずにやはり冬になるとあの枝々や幹の交錯する姿を見ると描きたくなるのである。


まだ美大に行ってた頃、武蔵野の欅の林が立派で、描いてみたい気持ちがあってもどうすればいいのか分からなかったことを思い出す。その欅の林で忘れられないのは故堀内規次先生の絵である。静物画、漁船シリーズ、室内の人物など才気ある作品をどんどん世に出されていたが、武蔵野の欅もその中の一つのシリーズであった。通っていた美大の関係で目をかけていただき、二ヶ月に一度位、田無のご自宅のアトリエにお邪魔していた。先生は芸術家ぶったようなところはまったくなく、酒に酔った若造の私の駄法螺を、ただニコニコしながら聞いていてくださるだけだったが、若いうちはそんなにいい絵は描けないよ、絵だけではなくいろんな芸術を吸収することだ、といつも教えてくださっていた。そういう私ももう先生のなくなった年齢を越えてしまっている。








# by papasanmazan | 2019-02-10 00:05 | 風景画 | Comments(2)

白い岩(加筆)


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昨年1月5日に投稿したF15号の風景画、白い岩にほぼ一年経てから加筆した。一応制作としては完成したと思ったので、サインも入れてアトリエで時々眺めていた作品なのだが、なんとなく物足りない感があり、冬の時期までお預けの状態にしておいた。

今年の正月明けの寒い日にふたたびキャンバスを持って現場で自分の作品と実風景とをかわるがわる見直してみた。実風景は変わることはないかもしれないが、自分の見る目は相当に違ってきているように思う。

フランス語でよくイマージュという言葉をつかう。英語のイメージに近い言葉かもしれないが、日本語のイメージにあたる印象といった意味よりもフランス語のイマージュは画像に近い意味があるように思われる。印象という言葉の持つ、少し雰囲気的な、心境的な感覚ではなく、もっと明確な,視覚の要素の強い言葉がイマージュのように思われる。もっともフランス人全部が意識的にそういう風に使っているわけではないだろうが、時折聞かれる言葉である。

現場で実際の風景を眺めながら、昨年仕上げた画面を点検していると、なるほどここはこうして、こういう考えでこう描いたのだな、とは思い当たるのだが、今いったイマージュという意味で不足しているものがある。要するに表現できていないのである。

表現するということは外界のものを単に写すことではない、画面というものを作り上げることである、イマージュを確定していくことである、と次から次に言葉を選びながらこのF15号の絵に加筆してみた。





# by papasanmazan | 2019-02-01 17:28 | 風景画 | Comments(0)

晩秋ヴァントゥー山


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昨年11月の日本での個展を終えて、フランスに戻ってすぐにF10号の風景画を描き始めた。この風景はぜひ秋の枯れた感じの時がいいだろうと心待ちにしていた場所、ベル・ヴュウからの俯瞰図である。

春、夏よりも大地の傾きがよく画面の動きにあわさって、秋の落葉した木々の群れの色彩に流れていく全体感に制作していて大変に魅力を感じたものである。しかし途中でモチーフの実景に引っ張られて過ぎて、これもやはりアトリエにしばらく放置しておいたものである。

少し時間を取って、間を置くというのか、余り直情的になり過ぎないように心がけていくのも大切なことだと思う、今年の正月を越してから、やおら制作を続行した作品である。晩秋のヴァントゥー山といっても完成したのは真冬の寒い日だった。





# by papasanmazan | 2019-01-27 19:35 | 風景画 | Comments(2)

大きい松


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昨年の今頃、ちょうど冬の寒い時だったがF20号のキャンバスに大きな松の木と、その背景のプロヴァンスの平野をモルモワロンの上から見下ろして描いていた。割合に特徴を上手くとらえることが出来て、制作としてはいいペースだったのだが途中からどうにも筆がどうにも進まなくなり、季節が春めいてきて、そのままの状態でアトリエに立てかけていたキャンバスをどうやら今年になって続けることが出来た。

昨年と比べると風景などのとらえ方がかなり大きくなってきたように思う。細かい部分もいい加減に扱うつもりはないのだが、省略していくことに抵抗がなくなり、またその省略するところと描き込むところの構成が明確に自分でわかるようになってきた。それがいかにも構成している、という風なのはワザとらしくて嫌みなものだが、かなり自然な感じで現せる様になっていると思う。

ほんの少しの色の扱い、面の立て方、輪郭のつなぎ具合などどれをとってもつくづく難しいものだと痛感させられる。

先日の明け方、6時頃完全な月蝕がこのフランスの南部でもよく見られた。天気予報では、あるいは少し雲がかかってよく見えないかもしれないとのことだったが、予報に反してまったくの天体観察日和だった。我が家のヴェランダから、防寒準備につつまれて、読書でも出来そうな月明かりの明け方、だんだんと月が翳ってやがて真っ暗になるまで、その美しさに見とれていた、人類が宇宙旅行に出かけようかといっている時代、これは確かに科学の発達には違いがなく、その恩恵を大いに受けているには違いないのだが、ただ単に月の美しさにうたれているのも決してわるいことではない。時代遅れといわれようが、現実離れと思われようが、ときとしてかぐや姫の昔をしのぶのも一興と、それ位の覚悟で生き抜いていきたいものである。




# by papasanmazan | 2019-01-23 09:40 | 風景画 | Comments(2)

チェスの静物


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F12号のキャンバスにチェスを使った静物画を描いてみた。大きな布をあしらって、ピッコロ、パイプ、ワイン杯それに三つのザクロを組み合わせた静物画である。以前はよくこのチェスをモチーフに選んで幾何的な模様を画面構成に利用したものである。特に若い頃は幾何模様や抽象的な直線、曲線を打ち出したような絵を描いていた時期もある。

それというのも源氏絵巻に代表されるような日本的なものに随分と魅力を感じていたからである。西洋の油絵の本質である世界と物質という考えとはまったく違った日本の美、それは物から離れた抽象美だと気づいていた。どうにかそういった考えを自分の油彩に取り入れていこうとかなり悪戦苦闘したものである。


しかしそうした無理な仕事にはやがて限界が現れ、描くもの、描くもの、すべてにスランプにおちいる結果になってしまった。それを打ち破るには謙虚に自然と向かい合って、自分の頭の中だけの仕事ではなく、物をしっかりと取り込んだ仕事が必要であった。その時以来自然のなかでイーゼルをたてて風景を描く姿勢が現在まで続いている。しかし自分の中に抽象作用が現れてくるのはやはり日本人なのだからか、または若い頃没頭した鉄斎、雪舟、宗達などの影響がまだまだ残っているからなのだろうか。




# by papasanmazan | 2019-01-16 01:45 | 静物画 | Comments(2)

バルーの城と糸杉


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バルーの城に近づいた急斜面にオリーブの畑があって、そのむこうには岩山が見えている。ところどころに糸杉が立っていて風景全体に垂直感が強くでている場所で最近はよく制作するようになった。一度その場所でイーゼルを立ててみると次から次へと絵心を誘うような景色が見えてくるものである。不思議なもので今までなんとなく見ていたものが急に意味ありげなものになってくるのである。


フランス語の見るという動詞にvoirというのがあって、これは大変に日常的によく使う言葉であるが、ただ見る、という意味だけではなく分かる、理解する、という意味ももっている。普通に見るという時にはこれも一般的にregarderという動詞もあるし、理解するというのにはcomprendreというのもよく使う。しかしvoirには二つの意味があって、その時々で使い分けるのだが、風景などをよく見ていると段々と以前とは違って何かくっきりとしてくる時がある、すなわちその風景を理解しだすのである。


そうなってくるとその場所での制作が連作とは言わぬまでも、だんだん二枚、三枚と続いていくことが多い。このF10の風景画もそういう制作の中の一つである。このあたりの崖や岩山全体ももっと描いてみたいと思っている。





# by papasanmazan | 2019-01-09 20:15 | 風景画 | Comments(0)

ヴナスクの教会


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ヴナスクはフランスの美しい村に選ばれているところで、ところどころ岩盤が目をむいたように現れて、松林に囲まれた小高い丘の上にある小さな村である。遠くから見える全景は美しい流れを作り、教会は特にその中で目を惹かれる建物である。その教会は何度も描いているが、先日久しぶりに行ってみると、教会の入り口付近をおおっていた大きな菩提樹の木が切り倒され,すっかり景観が変わっていた。

菩提樹には気の毒な話かもしれないが,絵にするには随分と描きよくなっていた。姿のいい菩提樹ではあるが教会の建物の構造を現すにはかなり邪魔な要素であった。そしてその木のためになんとなく画面がしまりがなくなり、アイマイな感じがいつまでも付いてまわっていたものである。


そのスッキリした姿を見てこれはかなり決定的なものが描けそうな気がした。翌日さっそくP12号のキャンバスを用意して、いつもイーゼルを立てる制作場所、墓場の隣に出かけて描いたものである。冬の景色で余り明るい色はないが、色彩の調和を考えながら完成させた作品である。




# by papasanmazan | 2019-01-05 02:08 | 風景画 | Comments(2)

崖の風景


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明けましておめでとうございます、今年も制作した油彩や水彩などを少しづつアップしてゆきますので、よろしくお願いいたします。

新作はF20号の油彩、崖の風景である。なにも崖っぷち、というような自虐的な意味ではなく、この崖を懸命に登り詰めたところに何か新しい、素晴らしいものが待っている、そこに到達するための日々の努力をおこたらないようにしたい、そういったモチーフとしての崖である。正月そうそうシャレでもないが、命ガケの油彩画かもしれない。


仕上がりも粗い感じを残すようにした。自分でもためらったのだが、途中まではわりあいスムースな制作で、画面としてもおとなしく柔らかな色調だったが、仕上がっていくにつれてあらっぽい筆触になっていった。油彩の制作にペインティングナイフを使うことはまったくなく、絶えず筆だけの、それもどちらかというとやわらかい筆を使うことがほとんどの制作なのだが、今回のこの作品はまるでナイフを使ったような制作になった。

西洋の物質感を代表する、たとえばクールベのエトルタの岩のような表現は、いかにも写実のきわみのような生々しさを見せ付けられるが、自分としては日本を代表して雪舟の山水長巻の岩の重層の表現にひきつけられるのが正直なところである。そういうこともあってか以前からナイフを使ったような制作はあまりしたことがない。今回のこの崖の作品は何か一つの転機になっていくのかもしれない。



# by papasanmazan | 2019-01-01 23:02 | 風景画 | Comments(2)

バルーの坂道


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バルーという村にある城はすでに方向を変えたり季節が違った作品をかなり描いている。家から車で10分位の距離でもあるし、小さいながらこれだけまとまった城はプロヴァンス地方にそうざらにあるものではない。ロワール川周辺や、ドルドーニュ地方の数々の有名な城とはまた違った味のある城である。

このバルーの町もこじんまりしているが、城のある高台から見下ろすとオリーブの林に囲まれ、松並木があちこちに見られる静かで、日当たりのいい村である。オレンジがかった屋根の連なりが特に美しい。この村に入っていくのに、松の木が連なった急な坂道を通っていく。

この坂道も何度もキャンバスを変えて描いてきた、自分にとっては離れがたいいいモチーフである。今回は役75×35cmの細長い特別寸法のものを使って描き上げたものである。この油彩作品はじつは二年ほど前に描き始めたものだが、順調に制作ははかどっていたのが、途中で急に描く姿勢があやふやになって中断してしまっていた。

何度もアトリエで見直して、気を取り直して制作を再開するのだが、どうにも進まないままになっていた。。こういう時に年齢をとるというのか、経験をつむというのか、制作に間を持たせることが出来るようになってきたように思う。


今秋の日本での個展の後、フランスに戻って,真っ先にこの作品は出来上がると確信した、その気持ちの据わったところで出来上がったものである。





# by papasanmazan | 2018-12-25 23:20 | 風景画 | Comments(2)

ザクロと梨



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本来なら年末のクリスマス(仏語 ノエル)商戦でにぎわうはずのフランスが政治に対する不信を振りかざして一般市民の怒りが爆発している。とくにガソリンに代表されるような生活必需品に対する税金の高騰や、最低賃金の低さ、年金の問題など、政府の対応の悪さ、遅さに対する怒りである。マクロン大統領の支持率も目に見えて落ちている。


毎週土曜日、大きな都市では黄色いチョッキ(ジレ・ジョーヌ)を着た市民のデモ隊と政府の指令による警察隊との争いが大々的に報道されている、特にパリの中心、シャンゼリゼ通りは無法地帯のような荒れようで、商店のウィンドガラスなども叩き割られ、置いてある車も放火されたりしていた。


加えてアルザス地方の大都市、ストラスブルグではまたテロが発生、一般市民四名の犠牲者が出た。そのため一時ストラスブルグのクリスマス広場が閉鎖されたりして、なんとも無気味なフランスの年末である。


サムホールの小さな画面に沢山の果物をおさめてみた油彩である。大好きなザクロと緑の色がさわやかな梨をモチーフにしてみた。今年の個展に出品したが余り人目をひかなかったようである。自分ではかなり手ごたえのある静物画だと思っていたものである。








# by papasanmazan | 2018-12-16 19:57 | 小さな絵 | Comments(0)

オーレルの村-


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フランスに戻ってようやく落ち着いたと思っていたら、またインターネットがつながらなくなった。この夏の約二ヶ月つながらなかったのに続いて二度目で、やはり三週間ほどネットのない生活を強いられた。この時代やはり不便である。


その間にも少しづつは制作が重なってきているが残念ながらブログの更新が出来なかった。新しく始めている油彩も何点かはあるのだが、まだ完成できずにいる。


夏のラヴェンダーで有名なソーの村の隣にオーレルという小さなひなびた村がある。観光客でにぎわっているソーを抜けていくとすぐそばにオーレルの村が見えてくる。教会を中心になだらかな村の全景を水彩で描いてみた。以前から魅かれていた村なのだが、道から少し外れたところにちょうど制作に適した場所が見つかったのが制作につながった。




# by papasanmazan | 2018-12-13 22:40 | 水彩画 | Comments(2)

エステレルの岩と海


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地中海に面して、カンヌからサン・ラファエルの間にエステレル山塊という赤い岩山の絶壁と海とが迫りあって、大変ダイナミックな景色を展開しているところがある。今年の夏のヴァカンスに訪れてみたが、やはり描いてみたい風景の一つである。


海と岩山が迫っているためになかなか距離をとって制作できる場所を見つけるのが難しかった。岩山の中に入ってみて、赤い岩の組み合わせから海を遠望できないかとか、海岸線の絶壁を通して赤い岩の連続に目線を引っ張っていくような構図を取れないものだろうかとか、思いついたところを探してみたが、決定的な場所は見つからなかった。


しかし何箇所かは描けそうな場所があり、今回は水彩だけを描いてみた。 出来上がったものを見ているとやはり何とか油彩にしてみたい場所である。




# by papasanmazan | 2018-11-22 16:55 | 水彩画 | Comments(0)

マザンの教会とヴァントゥー山

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在仏三十周年の個展を芦屋で無事に終え、一ヶ月ぶりにマザンに戻ってきた。多くの方々に作品を見ていただき、お話を伺ったり、近況をお知らせいただいたりして、いつものように充実した日本滞在であった。皆様方にお礼申し上げます。

十月の半ばに日本に発つ前から、この夏の大阪に大きな被害をもたらした台風で、ストックしていた額縁のかなりの数がだめになっているという情報が大阪の息子からもたらされていたので、それなりに覚悟はきめて一時帰国したものの、実情を見て愕然とした。二週間後に迫っている個展の準備と同時に被害にあった額の整理をしなおさなければならない。どこから手を付けたらいいのか最初はとにかく放心状態に近かった。

先ずは額でうまった家内と私の部屋を確保し、使える額を選び出し、個展のための新作を額装し、毎日やれるれることだけをする、ただそれだけの一ヶ月の日本滞在だった。


その間に神崎川の川岸にある大阪東淀川区の大型ごみ処理施設に申し込んで処理した古い額縁は210kgにのぼった。すべて自分たちで持ち込んで焼却してもらうのである。


いつもは少し余裕を持ってむかえられる作品の飾りつけも、やっとぎりぎりの日程の中で何とかこなした状態で、初日の三十周年を記念したささやかなオープニングパーティでも疲れた顔をお見せしていたのかもしれない、申し訳ありませんでした。


個展をするための帰ったのか、額の整理をしに帰ったのかよく分からないままにフランスに戻ってきたのだが、これからのメドは少しつかめたのは確かな今回の帰国であった。写真の絵はやはりこの個展に出品したサムホールのマザンとヴァントゥー山である、今は家からこの実景がよく見えている。




# by papasanmazan | 2018-11-16 20:11 | 小さな絵 | Comments(0)

★☆★オープニングパーティー★☆★

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11月2日~7日開催中、在仏30年の個展のオープニングパーティーが初日2日にありました。
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南フランスから持ってきたワインやチーズ、オリーブなどを囲みながら
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賑やかなオープニングとなりました。
神奈川、埼玉からも駆けつけて下さった方もありました。
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見しらぬ人も絵を介して自然に話がはずみます。
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沢山お越しいただきありがとうございました。
お陰さまで30年もフランスで滞在することができました。

展覧会は11月7日(水)まで開催しております。


ぎゃらりー藤

A.M.11:00~P.M.7:00 最終日はP.M.5:00まで
〒659-0085 兵庫県芦屋市月若町8-6
TEL:0797-22-3826 
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# by papasanmazan | 2018-11-06 03:50 | 展覧会 | Comments(6)

赤い岩

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好きな色は何ですか、と問われたらなかなかすぐには答えられないと思う。どうしてかというと絵画の制作をしていると画面全体を出来るだけ同時に、また部分、部分を同じ価値と考えながら進めていくので、どの色が大切、どの色が不必要などとすぐには判断出来なくなってくるからである。つまり色と色との関係が大切なのであって、一つの色だけを取り出すわけにはいかないのである。


しかしそういっても魅かれる色がある、私は特に赤に目がひきつけられることが多い。一面に咲き渡ったコクリコの畑を見たり、ザクロの実が緑の葉っぱの間からあちこちにぶら下がっていたりしているのを見ると我を忘れて声を出したりして、家内によく笑われたりする。やはり好きな色はと問われたら、赤、と答えるだろう。


赤い岩や赤い森、赤い道もよく絵にしてみたいと思う題材である。南仏に越してきて初めてルシオンの赤い風景を見たときは衝撃的だったが、現在はもっと近くのオーゾンの辺りに散在している赤い森で満足ている。今回はその赤い森と細い道をM10号の細長いキャンバスを縦型に使って描いてみた。岩の組み合わせが面白いと思う。


秋の個展のご案内☞ https://artakaya.exblog.jp/29771643/ 









# by papasanmazan | 2018-10-16 21:51 | 風景画 | Comments(2)

ゴルビオの村


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骨休めのために家内と二人でコート・ダジュールの海岸方面へ出かけてきた。エズやニース、モナコどこに行っても思っていたとうりのスノブの典型の観光地である。人ごみや雑踏の苦手な者にとっては何がこれほど人をひきつけるのか理解できない現象である。エズと江ノ島には大差はないといっていい。


そのような思いの中でモナコからマントン寄りの少し奥地に入った所、リヴィエラの町を見下ろすゴルビオの村の景色にめぐり合った。かなりくねくねと山のほうへ車で登っていくのだが、その村も、そこから見下ろす景色も美しかった。なんだかどこかで見たような場所だなと思いながら村の中を散策していると、古い映画のスチールやポスターなどが貼ってある。よく見てみるとヒッチコックが監督で主演がケーリー・グラントとグレース・ケリーの〔泥棒成金〕である。一度見たことのある映画で、そういえばケーリー・グラント扮する宝石泥棒の家のベランダから見える風景がゴルビオの村の全景なのである。その映画を見た時に、これは南仏のどのあたりなんだろうと興味がわいたものだったが、その実景にでくわしたのである。


村を巡りながら絵の描けそうな場所を探す、やはりそのポイントは墓場にあった。いつも言うことだが、大体どの村に行ってもまず墓場の位置を確かめると良い。そこからの風景はその村全体を見渡せることが多いからである。ゴルビオもそうだった、水彩一枚を描き上げて、スノブにあてられた気分もようやく解消した次第である。


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# by papasanmazan | 2018-10-15 09:42 | 風景画 | Comments(0)

ベル・ヴューからのヴァントゥー山



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今年の八月末に新しい制作の場所を見つけた。といっても以前に何度か探しに来ていた所なのだが、そのたびに余りに雄大すぎて,とても絵にまとめ上げることが難しいと思っていた。眺望はすばらしく申し分ないのだが、こちらの腕が足りなかったのだろう、今年もう一度見なおしてみて、非常に制作欲に駆られてきたのである。


ベル・ヴューという地名や名前は美しい眺め、といった意味で、どこにでもお目にかかるが、ここはベル・ヴューというキャンピング場で、高台の一番上のところにある、したがって眺めはヴァントゥー山を真正面にすえて四方、八方、真に素晴らしい。特に山裾の傾斜が畑につらなってくる流れが魅力的なのである。以前はその当たりが良く理解できていなかった。


午前にF20号、午後少し位置を変えてM15号を制作していたのだが、他の作品との関係もあって今年は午後の分だけが完成した。横に細長いキャンバスで、全体のパノラミックな感じを出してみたかった。



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# by papasanmazan | 2018-10-14 16:10 | 風景画 | Comments(1)

サン・ピエール・ヴァッソルの村


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モデーヌの村に隣接したところにサン・ピエール・ヴァッソルという、これも小さな村がある。どちらも素朴で南仏らしいたたずまいの美しい風景を見せてくれる。先日投稿したモデーヌの村というサム・ホールの絵とともにこれも小さなF0号のキャンバスに、手前に大きな農家を取り入れて、村を遠望したところを描いてみた。

この構図は以前にも描いたことがあるし、もっと上から60号大のサイズで制作したこともある。その頃は手前の農家が改築される前で、もっと風情があったように思う。今は屋根や壁が新しくきれいになって、住むのには改善されていいのだろうが、絵の題材としては前のほうが趣があった。

しかし奥に見える村はいつもどうりの優しい姿を保ってくれているのがうれしい。


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# by papasanmazan | 2018-10-10 18:43 | 小さな絵 | Comments(1)