夏の富士山が熔岩の赤い色を見せて、裾野の緑との対比でその全体の様相が冬の雪をかぶった姿からはかけ離れたものであるのがようやく昨年の経験で分かった。夏の富士は赤いよ、という一言である。昨年はその経験を背戸山からの富士で味わったが、今年は忍野でそれを制作してみようと計画していた。
P20号の比較的大きなキャンバスを用意した。ねらいは赤、早朝五時過ぎには家を出て,できるだけ自分の意図する光景を捕えようとする。六時には日傘が必要になる。少し横長の画面に富士の全容を裾野などの部分も加えて描き込んでゆく。その繰り返しの毎日である。
何か戻り梅雨というのか余り快晴の日が続かず、制作全体にはかなりの日数がかかった。最初からの意図するところの赤色は何とか出てきたようであるが、全体としての表情はどんなものだろうか。もっと経験を重ねて。富士の持つ神秘性が表面的な美しさを覆いつくすようなものになっていかないものだろうか、と言うのが現在の感覚である。