F3号のキャンバスにリンゴと砂糖壺を収めて小さな静物画を描いてみた。いつまでたってもリンゴはいいモチーフである。形にひかれたり色にひかれたりする。そしてそれらが他のモチーフとともに画面に動きを与え、また存在感を加えてくる。描いていて何か有難さを感じるようなモチーフである、
ポーの怪奇小説に【約束ごと】というのがある。ヴェニスで起こる夢の中のような物語なのだが、高級な美術品をめぐって
行く話である。その中の一説である。
【あのアポロ像に見られる御自慢の霊感が眼にはいらぬとは、ぼくは明き盲の頓馬ということになるかもしれないが。でも仕方がないんだーー恥ずかしながらーーぼくはアンティノス像の方を選ばざるを得ないんだ。彫刻家は大理石の塊のなかに自分の像を見るものだと言ったのはソクラテスじゃなかったかな。とすればミケランジェロが次のような対句を書いたからって、別に独創的だったとはいえまいーーーー
最高の芸術家でも、それぞれ独自の理念をもっているとしても、
それは大理石がみずから書き込んだものにすぎない。】
ここに表されたミケランジェロの対句にはよくよく考えさせられるのである。あるいは白い、何も描かれないキャンバスに
既にリンゴは描かれているのかもしれない。また白いキャンバスの奥に本当のリンゴがあるのかもしれない。