
静物を描こうとそこいらを見回してもなかなか気に入ったようなものに出会わない。結局はいつものありきたりの物を適当に組み合わせてゆくのだが、それでいいのだと思う。骨董屋が店先に珍しいものを並べて客をひくのとはわけが違う。私の父親は骨董商の集まりの会社で長年勤めていたので、私も小さい時からよくその会社に出入りしていた。だから骨董商の世界も少しは分かっているつもりである。それにつられた美術商のこともほぼ分っている。大きな美術商であれ、日曜日ごとの町の骨董商であれ根本は同じようなものだと思っている。テレビでやっているセリの見本市も小さい時から実物を見慣れているので、全く興味がないのである。
さてごく当たり前の果物や湯飲み、水指などを二つの布と組み合わせて卓上静物を描いてみた。P12号である。仕上がったものを見ていても、また途中の段階で考え込んでいてもずっと絵の表面は粗いままである。細かく描き込もうとしても粗いままである。
しかしこれでいいと気付いた、自分のマチエールなのだと。どう見ても粗いのだが、そこに描かれている実感がある。物の実感ではなく、描かれた画面が存在するという実感である。