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ヴァントゥー山と丘の家




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先日投稿したF6号の赤い鎧戸の家と同じく、この夏の終わりから描き始めて日本での個展中の一時中断を経て、冬になってやっと完成したF10号の風景画である。場所も期せずして赤い鎧戸の家と同じところである。緑一色だった丘はすっかり枯れ葉色になっていたが、かまわずに制作を続けた結果である。

自然の風景、また室内の静物、人物や肖像画、どれも自分とは対立した、自分の外にあるものをモチーフにして制作をしているのだが、ようやく最近になって気づいたことがある、創造ということは自分の内にあるものだ、もちろんその外にあるものと共存していくのだが、大切なことはその内にあるものに深く気づいていくことである。

あるいは禅で言う己事究明ということ、ソクラテスが言うおのれ自身を知れ、ということと同じことなのだろうと思うのだが、絵画の制作においても創造のもとを見つめること、それが画面に直結してくるような気がしてならないのである。

そういったところでは余り季節の移り変わりなどが気にならなくなって、この二点の作品の制作につながった。

by papasanmazan | 2019-12-30 00:27 | 風景画 | Comments(2)
Commented by ono7919 at 2019-12-30 21:34
そういえば昔「下手に考える者は下手にしか出来ない」と云うような事を本で読んだか誰かに聞いたことがある。見る方もそのレベルに応じてしか見えないのがもどかしいかぎりだけど、理屈抜きで心が引かれる作品に出合えると嬉しいものです。
Commented by papasanmazan at 2020-01-01 07:32
ono7919さん、確かに理解しただけのもの、分かっただけのことだけしか描けないと思います。どれほど表面をてらっても、現れてくるものには限りがあり、表現というのは実に正直なものですし、また恐ろしいものだと言えます。
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