地元での個展

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8月2日~8月31日までモルモワロン(Mormoiron)のワイナリーCave Terraventouxで個展をしています。

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昨年の戸外での制作はマルモールで描くことが多かった。ひとつ新しく見つけた場所がヴァントゥー山を背景にしてマルモールの教会を中心に大きく広がった、スケールの大きい眺望の場所で、大変に気に入った制作地になったのである。そのマルモールの村の入り口のロータリーになっている所に大きなワイナリーがあって、その壁面に絵を飾れるようになっている。

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とても広いワイナリーで、その駐車場もいつも車が沢山止まっている。昨年の暮れに展覧会の申し込みをして、この八月の一ヶ月の間、作品を並べさせてもらっている。


日本での個展はデパートであれ、町のギャラリーであれ、回数も重ねているので慣れてはいるが、フランスのワイナリー(仏語、キャヴォー)では初めてなので少し戸惑った。しかし広いのは広く、大きな絵を含めて30点以上飾ざることが出来た。飾っている間じゅうでもワインを買いに来るお客さんが多い場所である。かかりつけの歯医者さんのキャビネに続いての地元での個展である。
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# by papasanmazan | 2018-08-08 01:48 | 展覧会 | Comments(2)

油差しとコンポチエ





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今年の春さきにノミの市で買った油差しが静物画のモチーフにピッタリと来て大変に気に入っている。今までに二枚のフランスの古い額にあわせた静物画に続いてもう一枚、今度はF8号に描いてみた。前作二点はなんとなく古い額にあわせたようになって、少し情感に流れた感じがあったので、このF8号はもっと構成的にしてみようと思った。


油差しと果物鉢(コンポチエ)の組み合わせを工夫しながら、それに果物と湯のみを配したものである。こういうふうにそれぞれのモチーフをテーブルに置きながら何を見ているのかというと、とにかく画面の流れであり,この絵の場合は特に白の面積の配分である。数学的な数で割り切れるような面積ではなく、もっと目を使った直感的な白の美しさを目指した計算である。


自分自身こういった静物画を考えていくのが好きであるし、単に制作するよりも何か小さくても目標がはっきりしていくのが励みになっていいと思う。

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# by papasanmazan | 2018-08-05 21:36 | 静物画 | Comments(2)

ヒマワリの花


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先日のひまわりに続いてもう一枚パステルでひまわりの花を描いてみた。今度のは紙の地の色がピンク系で縦型に使っている、前作はグレー地の横型だった。今年は2003年の猛暑に匹敵する暑さに見舞われているフランス全土、テレビのニュースでも連日注意をよびかけている。そんななかでヒマワリ畑だけは元気な姿で目を楽しませてくれるプロヴァンスである。


ピンク地の紙を使い始めたのはプロヴァンスの風景になじみ出してからである。とくにヒマワリと強烈な光を感じていると何か青い空の向こうに明るいオレンジ色やピンクがかった色を思わず思い浮かべてしまった、その時以来この紙を使っている。ただ注意しなければいけないのは、この色の上にパステルを重ねていくと花の黄色とピンク地の色とがハレーションをおこしてただしいヴァルールがつかみにくいのである。制作している途中でも何度でも画面からはなれて、遠くから色の明度、彩度を確かめながらヴァルールを整えていく必要がある。







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# by papasanmazan | 2018-08-02 16:30 | パステル | Comments(0)

小さな果物


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先のF0号の油彩、野の実と同じ趣向で今度は小さな水彩画の静物を描いてみた。182×146mmとごく小さな画面だが、こういったものを沢山描いていくのは大切なことだと思う。とにかく描いて、描いて自然に手に何かを覚えさせることである。何か制作欲がでて、さてどういう風に描いていこうかと考えているようでは、これはもう遅すぎる。真剣の勝負なら即死するのと同じようなものである。


水彩は水彩の手順があってあまり重い感じになってはダメだと思う、その軽やかさと透明感が魅力であり油彩とはまた違った感覚になる。どちらかというと仕事のスピード感を生かしていきたいと思うのである。そういった制作するという仕事そのものを良くわきまえておきたいと思う。







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# by papasanmazan | 2018-07-28 16:19 | 水彩画 | Comments(2)

野の実



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風景画の場所選びもなかなか大変である。有名な観光地や、人から聞いたいい場所というのをいざ自分の目で確かめてみても必ずしも気に入るとは限らないし、いつも制作している場所を他の人にすすめても、それがその人にとって制作に適しているかどうか分からない場合が多い。場所を選ぶというのも微妙なものである。


先日も車で制作に向かう途中、ああこのあたりから描いたらいいだろうな、というところを見つけた。帰りに車を止めて、その場所を色々検討してみるのだがどうしても気に入ったアングルが見つからない。車を走らせているところと、その脇に寄ったちょっとした違いで、絵にしようとする気持ちが違ってくるのである。何度も左右に視点を変えて探してみたがダメだった。


仕方なく停車したところに戻ってひょっと見ると、崩れた石造りの小屋の横に赤や黄色の小さな野の実がたくさんなっている。大変色がきれいで、まったく野生化した実である。風景は見つからなかったが静物画のいいモチーフが見つかった。


これも小さな砂糖つぼとグラス、置いてあったクルミなどを野の実を取り合わせてF0号の小さなキャンバスに描いてみた。





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# by papasanmazan | 2018-07-26 19:33 | 小さな絵 | Comments(0)

ひまわり



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夏が来た、プロヴァンスのあちこちに紫のじゅうたん、黄色のじゅうたんが敷き詰められれている。ラヴェンダーとヒマワリの畑、そしてセミの声。気温も上がって日中の戸外での制作も汗だくである。


毎年この時期にひまわりをパステルで描いている。もうかなりの数の作品になっているはずである。以前の描いたものから比べると説明的なところがかなり少なくなってきたようで。客観的な表現を求めている人たちから見れば実感のなさを指摘されるかもしれない。しかし自分としてはその変化は大いに目指しているところである。


ひまわりといえばエネルギーの象徴、元気印の明るさなどを思い浮かべるのだろうが、現在のパステルの制作に当たってはそういった表現はまったく考えていない。もっと全体としての存在感だけを目指してパステルを重ねているだけである。





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# by papasanmazan | 2018-07-19 03:31 | パステル | Comments(0)

プロヴァンスの風雪


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私たちが住んでいるマザンから近いところで、いかにもプロヴァンスの感じがする場所といえばバルーの城のある辺りの開けた眺望と、モルモワロンの緑に覆われた平野からみるヴァントゥー山の姿、これらが代表しているような気がする。大きく広がったこれらの風景はいかにも豊かで、地のぬくもりを私たちに伝えてくれる。


これもバルーの建物を描いていた時に経験した話である。オリーブに囲まれた、もう人は住んでいないが、かつてはなかなかしっかりした家だっただろうと想像できるような、一部崩れたような建物が残っていた。壁のぶぶんは石造りそのままの色なのだが、ところどころに名残のオレンジ色が見えている。


建物の構成もしっかりしているし、周りの丘やオリーブとの組み合わせも制作欲を駆り立てるものだった。先日のプロヴァンスの農家と同様にマザンに引っ越してきてすぐにこの建物の絵も描き始めていたのである。そんなある日、一人の男性が、かなりの老齢だったが、制作している私に近寄ってきて話をしはじめた。


この建物はかつては自分の住んでいた家で、随分古いもので、修復するお金がなくってそのままにしている内にとうとう住めなくなってしまった。今は違うところに子供と暮らしているが、建物はますます崩れていく。それが悲しくて役所にその話をしたら、寄贈してくれるのなら役所がそのまま保存してくれる、ということだったそうである。


その老人は喜んで寄贈し、役所のほうでも少しずつ保存状態を改良して、今でも何か古いよき時代を思い出させるような光景を残していてくれる、そんな美しい話である。その人の話も年齢のためか、大分たどたどしかったが表情は非常に輝いていた。今はどうされているのだろうか、この建物を見るといつもそのその風雪を感じるのである。F10号の油彩にしてみた。





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# by papasanmazan | 2018-07-11 15:51 | 風景画 | Comments(2)

地球儀のある静物




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先日出来上がったオイル差しのある静物を入れた同じ大きさ、同じ額がもう一つあって、これも対になるような感じで、今度はオイル差しと地球儀、白い砂糖いれ、リンゴ二つの静物画をもう一枚描いてみた。背景の布はうっつすらとした金、銀模様のものを使った。


構成としては曲線的なものが多いので、布を少し直線的にあつかうようにしてみた。描いてみてやはりオイル差しが一番面白い。こういった気に入ったモチーフに出会うと制作するのが本当に楽しくなる。


よく静物画を描く時にモチーフの選び方が難しい、また描いてみたいモチーフが見つかってもそれらのそれぞれのおき方をどういう風にすればいいのか分からない、というような質問を受けることがある。たしかに物の構成は難しいとは思うが、一つの簡単なヒントは、自分が描きやすいように置く、ということである。何もこう置かなければならない。ということはない、自分の気持ちを最期まで引っぱっていけるように、楽しく描けるように心がけていけばよいと思う。

風景画にしてもそうで、この場所で描こうと決めても、すぐに描き始めるのではなく、二、三歩でも右に寄ったり、左から確かめたり、前後にも動いて試したり、とにかく描く前によく相手を観察することである。ほんの少し違った視点でも結果は大きく違ってきたりするものである。




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# by papasanmazan | 2018-07-05 23:05 | 静物画 | Comments(2)

プロヴァンスの農家



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プロヴァンスに住んでからすぐに目をひいたのがこのバルー辺りの風景で、なるほどこれがプロヴァンスの景色なんだと納得して、さっそく制作に掛かったのである。もちろん予想もしていなかった立派なお城もあるし緑が豊富で、所々に見えるオレンジ色の農家が色彩感を強めてくれる。


そんななかでも特に魅力的だったのがこの農家である。15年ほど前は無人の家で、荒れ果てていて、自由に中に入って絵を描いたりも出来たものである。この建物自体も特徴的だし、そこからの眺望もまったくプロヴァンスの風景という感じがして毎日出かけていた。


そんなある日、近くの畑でトラックターにのって農作業をしている人が絵を描いているところまでやってきた。そしてじっと私の絵を見ながら色々とお互いに話をしだしたのである。その頃私は戸外で制作するときでもいつもCD持参で、クラシッツク音楽を聴いていたのだが、その人もじつはクラシックファンだったのである。モーツァルトやその他、とくにピアノのリパッティが好きだと興奮気味に話していた。このあたりでそのようなクラシック音楽が話せるなんてめずらしいと喜んでいた。


その他にも、その息子さんが今医者のインターンの時期で、そのために百姓の仕事がやめられないとか言っていた。その人の畑はこの横のところなのだが、住んでいる家はかなり離れたところにある、だからこの空き家を買って住み変えたいのだ、ただこの家を買うのは安価なのだが改築するのに大変な費用が掛かる、と悩み顔だった。


その後しばらくして、誰が買ったのか知らないが、随分改修されて、今ではきれいで立派な農家になっている、頑丈な門が立てられ、常に鍵が閉まっていて、とても中に入って制作することは出来なさそうである。





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# by papasanmazan | 2018-07-03 00:39 | 風景画 | Comments(2)

オリーブの林



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いよいよ暑さが到来で、オリーブの林の中で制作していてもセミの鳴き声が日に日に多くなってくる。昨年の夏の連日五日間、40℃以上の記憶がまだ抜けきれず、今年はどうなるかと少し気になるところである。ただイーゼルを立てるのに適当な木陰さえみつかれば戸外での制作も大丈夫である。オリーブの林は有難い場所である。


F12 号にオリーブの木々と、何に使っていたのか今では分からない古い小さな塔のような建物が残されているのをあわせて描いてみた。近くに小さな川が、ほとんど水も流れていないようなものだが、その川に関係した建物かも知れないのだがポツンと無表情なのがオリーブの緑と意外とよく映え合って、静かな落ち着いた感じの画面になったように思う。


オリーブを描くのににようやくなれてきた。そして林の中にいると気持ちが随分落ち着いて、快いのである。





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# by papasanmazan | 2018-06-29 14:58 | 風景画 | Comments(0)

樹間の城


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南フランスに越して来る前にパリの郊外、エポンヌという村に家族で十五年間ほど住んでいたが、そこの城跡の自然公園で、特に冬の期間、木々の幹とその間から見える遠景を組み合わせた構図の作品を沢山描いていた。題して樹間、思いで深いテーマである。これらの作品でかなり絵画上の進歩もしたように思う。


そしてこの樹間シリーズの終わり頃に自分の人生にも大きな転機になった出来事が起きたのである。若い頃から、酒をあおり、タバコを大量にに吸ってまったく手のつけられないような不健康な生活を長年に渡っておくっていたのである。ほとんど家族からも見放されるくらいの状態であった。いくら禁酒を試みてもダメ、続かない、タバコをやめようとしても続かない。そんな毎日であった。


そんなある年の私の誕生日に、娘が、お父さん、はいプレゼント、とくれたのが禁煙用のニコパッチだった。これはどうしてもやめないわけにはいかない、と決心してようやくタバコはおさまった。それからしばらくして、酒に酔った状態で階段から落ちて手首を骨折した、その時にとうとう酒をやめる機会がめぐってきた、とすぐに思った。本当に痛い経験だったが、ちょうどその時期に家内がアルコール依存症のサイトを色々集めて研究したものを私に、一度読んでみて、と渡してくれた。


酒とタバコから離れようとした時に、とにかく樹間の最後の制作に没頭しようと頑張ってみた、苦しいのは苦しかったが何とか切り抜けた。


そのエポンヌの時の樹間とはまったく違った図柄だが、大きな姿のいい二本の松の間から見えるバルーの城で、F20号の油彩である。





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# by papasanmazan | 2018-06-26 19:21 | 風景画 | Comments(2)

糸杉とオリーブの林


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今までにもオリーブの木や林などを時々描いてきたが、偶然いい場所が見つかって、今年の予定とは大きく違ってオリーブを主題にした作品を何点か描いている。プロヴァンス地方だからオリーブはどこに行っても一般的なのだが、いざ絵にするとなると周りの風景なども気になってくるところなので、どこでも即、制作、というわけにはいかない。


ちょうどバル-の近くに小さいながらよく見晴らしのきくオリーブの林があって、いろんな角度から制作できそうである。今まで横を何度も通ってはいたのだが中に入ってまでは見ていなかった場所である。


その中にオリーブに囲まれて糸杉が立っている。空にもオリーブの葉がかかっていて全体が緑色につつまれた景色である。F15号の油彩にしてみた。オリーブの葉の白い反射したようなトーンに気をつけながらの制作であった。





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# by papasanmazan | 2018-06-20 01:27 | 風景画 | Comments(0)

ゆりの花

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庭の花もあれやこれやと咲き出して、今年はあまりパステルの花も描かずにいたのだが、毎年同じ場所に顔を出すゆりの花を見ているうちに急に紙とイーゼルを用意して描き始めていたのである。数多く出ているつぼみが皆咲きだすとどの花がどうなっているのか分からなくなる位に蕾をつけている。今のうちに描いておかないと大変だとばかりに制作に取り掛かった。


最近のパステルの紙はファブリアーノをよく使っている。以前はキャンソン・ミタントが主だったが、どちらの紙もそれほど質に差はないが、ファブリアーノのほうが少しデリケートな感じがする。


若い頃、千里の竹林をどんどんパステルで描いていたことがある。その頃はミタントばかりを使っていた。かなり描きこみを続けていくのにミタントの耐久性が便利であった。最近はそのような強すぎるような描き込みの必要がなくなってきた。







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# by papasanmazan | 2018-06-14 21:56 | パステル | Comments(0)

オイル差しのある静物

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先日、隣村のガレージセールで金属製の古いオイル差しを見つけた。春先からあちこちで蚤の市や、村の人たちが催すガレージセールが開かれて、趣味のある人や商売にしている人たちでにぎわっている。私はあまり買い物自体に行くのが好きではないので、こういった骨董探しに出かけたりは普段しないのだが、たまに気が向いて静物画のモチーフになりそうなものがないかしらと気晴らしにいく。

マルモールという小さな村で、ここはかかりつけの歯医者さんの村なのだが、本当に田舎っぽいガレージセールでいいものが目に付いた、聞いてみるとオリーブ油を入れておく容器だそうで、大、中、小、と三っつあって、大も中も静物のモチーフとしては大きすぎる、形は三つともとてもいいのだが仕方なく小さいものだけを買った。古くて、味わいがあって、とにかく絵にもってこいである。

これも偶然手に入った古いフランス製の、二つ対の額縁がアトリエにある。こげ茶色の古色蒼然とした額で、以前から何か古る味を帯びたようなモチーフを使った静物画を入れてみたいと思っていた。大きさは特別寸法で、8号より少し大きい。この額にあわせたかのような油差しのある静物を描いてみた。

普段はあまり絵の中のモチーフに質感を盛り込もうとは特には思わないのだが、この油差しは描いていてなんだか妙に質感が出てきたように思う。それはそれで悪くないことなのだろう。






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# by papasanmazan | 2018-06-10 16:34 | 静物画 | Comments(2)

赤と白のベゴニア



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今年も庭やベランダにベゴニアの花がいっぱい咲き出した。夏の間じゅう赤や白の色彩が楽しめる。最近はどうも天候が不順で、フランスのあちらこちらで浸水や雷,ひょうなどの被害が出ている。アーモンドなども沢山花が咲いて実がいっぱいなるだろうと思っていたら、急に寒さが戻って、せっかく付き始めていた実が全滅してしまっている。ぶどうや他の農作物の被害も大きそうである。


地球の温暖化とともに環境全体が壊れてきているのが実感されるが、そんななかで夏の花が咲き出している。ラベンダーもつぼみを見せているし、夾竹桃も咲き出している。そんな庭の景色のなかのベゴニアをパステルで描いてみた。久しぶりのパステルで、やはり時々はこのような花のパステルもいいものだと思う。





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# by papasanmazan | 2018-06-07 22:15 | パステル | Comments(0)

アトリエの夫人とキリスト像



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久しぶりの人物画、F25号を描いてみた。モデルは家内で、赤い服、キリストの像が脇においてあるアトリエの実景である。鉢植えの花をたくさん置いていて緑の色にも困らない。このキリスト像は家内がかなり以前に気に入って買ってきたもので、顔やプロポーションがなかなかいいものである。


別に人物とキリスト像という対比に寓意などはなく、画面上の欲求から選んだものである。モデルの家内には出来るだけ楽なように籐の椅子に深く座ってもらって、画面の動きは徐々に、特に腕や肩、手などの位置で変化させていった。キリストの像ははじめからあまり描き込まないように、できるだけ軽く表現したいと思っていた。こういう添え物にばかり目がいって、深刻ぶった絵になるのは避けたいのである。


以前にもこの服を着た家内の肖像を描いているが、今回初めてこの赤の色の使い方を発見した。あまり赤、赤、と思わなくても出てくるものである。抑え気味にするということではなく、赤にこだわらないという気持ちがあれば充分だと分かった。一つの色のつかいかたのコツだと思う、これは大きな収穫である。

この絵も相当に描き込んだものになったが、見たところは割合にアッサリとしていて、そのあたりはいいとしておこう。





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# by papasanmazan | 2018-05-31 17:14 | 人物画 | Comments(2)

バルーの村とヴァントゥー山




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先日のバルーの松と城に続いて、対になるM25号、バルーの村とヴァントゥー山の絵も出来上がった。アトリエで二枚の作品をそれぞれ額縁に入れて眺めているところである。独立した一枚の作品として制作していたが、やはり並べてみていると、以前から対称的な構図として考えていただけに、二枚一組も悪くないと思う。


まだ二十歳代半ば過ぎの頃、京都の市立美術館で鉄斎の大展覧会が催され、莫大な数の作品が並べられた.この期を逃してはならじ、と京都にしげしげと通って勉強させてもらった。その時に観た、阿倍仲麻呂明州望月図と円通大師呉門隠栖図、これは鉄斎七十九歳の時の作品で、6曲1双の屏風絵である。この左右対称になる作品が忘れられずにいて、二枚のバルーの絵の制作につながってきているわけである。


この鉄斎七十九歳の6曲1双の屏風絵を境にして八十九歳で亡くなるまでの晩年の傑作群が制作されていく、これは鉄斎にとってひとつのエポックであったといって作品である。八十五歳を過ぎた最晩年の作品と見比べると、まだこの6曲1双の屏風絵には若さが残り、絵としても硬さが見られる、しかし名品には違いない。ここから真の鉄斎が始まっていく、といっても過言ではないだろう

この経験が必要なのである、絶対絵画にいたるまでの一つのエポックを自分で切り開いていかなければならない、そんなことを考えながら出来上がったバルーの二枚の絵を眺めている。


 


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# by papasanmazan | 2018-05-28 08:34 | 風景画 | Comments(1)

卓上の楽器



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静物画のモチーフに大好きな楽器を時々使うことがある。今回もF15号のキャンバスにクラリネット、コルネットそしてフルートと三つを組み合わせ、その他にポット、小さなカップ、緑や茶色の模様の布などを加えて、少し複雑な感じの作品を考えてみた。

とにかくこの一枚には時間が掛かった。制作の途中でほとんど一ヶ月以上もそのままにほったらかしておいた状態であった。組み合わせや、進み方は非常に気に入っていて、何の不足もなく進むはずのところが、平行して描いている風景画や、家内の肖像画など、それらを納得できるまで制作し終わらないとこの静物画を続けることが出来ない感じがして、自分としても何か腑に落ちないような制作過程であった。

一つ再開しようという段階になってから画面上の動きが大変に激しく変化しだしたのである。形の変化(デフォルマシォン)や省略、溶かし込み、また描き起こし、など続から続へと変化していった。

ひとくちにデッサンといっても何も正確に形を写すだけではない。画面全体の動きの中で個々の形は変わっていく、また画面上の実在感を求めて変形されたりもする。それらを総して制作というのである、ただ感覚もなく、感情の高揚もなく目の前のものの色や形を追うわけではない。

ヴァレリーの美術論、〔ドガ、ダンス、デッサン〕の中で引用されているドガの言葉、デッサンは物の形ではない.、物の形の見方である、これは大変に上手く言い当てたものだと思う。

出来上がった自分の作品にあまり執着もしないし愛着など感じることはほとんどないが、この静物画は珍しく自分ながらに気に入っている。特に苦労したポットのふたの上部の曲線は好きである。




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# by papasanmazan | 2018-05-25 19:51 | 静物画 | Comments(2)

バルーの松と城




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南フランスに住んでもう15年になるが、いまだにその美しさは尽きないままでいる。初めてこんな近くにバルーの城があるのに気づいてから、角度をいろいろ変えながらかなりの数の油彩や水彩を描いてきている。なかでも城やバルーの村の全景が見渡せる小さな礼拝堂のある丘からは手前の松の林も取り入れた構図が格好で、大変に気に入った場所である。

最初にこの場所で制作したときのことは今でもよく覚えている。M25号の横型に城や村の俯瞰図を描いたのだが、喜び勇んで始めたものの、途中からその難しさに四苦八苦して、ようやくあえぎあえぎ仕上げたものだった。特に手前の松の重なりが難題であった。

以来この構図はもう一度必ずやってみようとづっと暖めていた課題である。それに加えてもう一枚、この城からづっと向かって右のほうに展開していく村の姿も松の林を配しながら描いてみる、つまり右双,左双の二双の油彩にしてみようという試みである。大きさは共にM25号である。

まずこの出来上がった城と松の絵であるが、最初に描いた時から十数年の隔たりがあるので進み方が完全に違ってきている。目の前のモチーフになる風景も、使っている材料の油絵の具や筆など何の変わりもないのだが、進むスピードがまるで違っているし描いている本人の心構えも遠くへだった感じがする。先日このブログに載せた笠松と丘のときに感じた一つのエポックと同じ感覚でつながっている制作である。何か同じ通奏低音がづっと鳴り続けていような気持ちでの制作であった。

右双の作品は五日ほど遅れた描きはじめで、今制作半ばである。




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# by papasanmazan | 2018-05-21 02:49 | 風景画 | Comments(2)

バルーの村とヴァントゥー山



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いつも描いているヴァントゥー山は横に広がって雄大な形を見せている。南フランスの巨人と呼ばれるだけあって、その高さだけではなく山すその広がりなども含めて実に描き応えのある風景である。我が家の付近からだけでも今までに何枚のキャンバスを費やしてきただろうか。


そのヴァントゥー山も方角を変えてバルーの側から見るとぐっと違った形になってくる。まるで小型の富士山のような三角形が現れてくるのである。手前の丘などを合わせてみていくと精進湖から見た子抱き富士のような感じになっている。この風景も以前から描いてみたいと思っていたのだが、ようやくまとまった構図の場所が見つかった。バルーの村はずれの民家がいくらか見えていて色彩の変化につながり、糸杉がにょっきりと立っているのが垂直性を与えてくれる。


P12号に描き始めたのだが、やはりいつもの描き慣れたのと形が違うので制作の進み方が遅くなる。山の構造の面がなかなかつかみにくいのである。描き始めから数日たってようやく全体の構造がつかめてきた。一つ調子がつかめると後は割合にスムースにおさまっていく物である。こちら側からのヴァントゥー山,描く場所も選びながらもっと制作できるはずである。




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# by papasanmazan | 2018-05-13 02:53 | 風景画 | Comments(0)

三つのリンゴ



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サムホール(22、7×15,8)の小さなキャンバスにリンゴを三つ並べて描いてみた。どこにでもある赤い、丸い、なんでもないリンゴであるが、これを小さな画面におさめていくのも思っているよりも難しいもので、空間や画面の構成などを考えていくのに大変に勉強になるものである。美術館の壁面に並べられた大画面も一つの作品なら、サムホールのような小さな画面に描かれたリンゴの絵もやはり一つの作品に違いない。


なるほどただ丸くて、赤いリンゴではあるが、意識してよく見ているうちにそれぞれに形の違いがあったりして何か人間と同じような性格の差というようなものに気づいてきたりする。色の変化だけではなく、各リンゴのもっている面の組み立てまで理解できるようである。キャンバスも小さく、モチーフも単純なだけにかえってそういった意識がはっきりと持てるのがいいところである。




一応の動きを考えて赤い筋模様の白い布を工夫して仕上げてみた静物画である。




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# by papasanmazan | 2018-05-09 00:29 | 小さな絵 | Comments(0)

プロヴァンスの小屋



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今年の四月に完成したF10 号のプロヴァンス風景と同じ場所でもう一枚、笠松や糸杉、小屋など道具立てはまったく変わらずに、ほんの少しイーゼルの位置を変えたくらいで描いてみた。今度はP10号で、しかもフランスサイズのキャンバス、これは日本のP10号よりもまだ細長い形のキャンバスである。


先日のF10号を描いている時点でもう一枚もっと横長のものを描いてみたいと思っていたのがこの形をとらせることになった。モチーフに選んでいる笠松の横の広がりが前作とは違った狙いで、出来上がった作品もそれぞれの性格の強さ、弱さなどがくらべられそうである。


このように同じ場所、同じようなモチーフでも捉え方や、自分の創作意欲によってかなり表現が違ってくるものである。出来上がったものを見て絵を描いている本人も不思議な気持ちにさせられる時がある。





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# by papasanmazan | 2018-05-07 01:06 | 風景画 | Comments(2)

イチゴのある静物




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今年もイチゴの季節がやってきた。フランス産はなんといってもカルパントラが名産地であるが、そのフランスのものが出回る前にスペイン産のものが市場に並べられる。これは値段が比較的安いが、食べるのには少し酸っぱ過ぎて、我が家ではまずこれらを大量のジャムにしておいて、その後カルパントラのイチゴを味わうことにしている。毎年の旬のイチゴが楽しみである。

そしてこの時期には白アスパラが出回っていて、これも楽しみである。食卓にならぶアスパラの回数を毎年、子供の時のクラス委員の選挙みたいに〔正〕でチェックしているのだが、今年はすでに八回、昨年は二十三回だった。まだまだ白アスパラを味わえそうである。


イチゴをモチーフに入れて、グラスや小さなカップなどとを組み合わせたF3号の小さな静物画を描いてみた。少しうるさくなりそうな気がしたが複雑な模様の布を背景にして全体を構成してみた作品である。途中でイチゴは何度も取り替えて、そのたびに口に入れて味わった。二重の楽しみの静物画である。





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# by papasanmazan | 2018-05-05 23:11 | 静物画 | Comments(2)

笠松と丘





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赤い岩を描きに行く道の途中で笠松が群れをなしているところがあって、いつもは横目で眺めながら車を走らせているのだが、先日ちょっとした脇道を見つけたので中にまで入ってみた。そこには急に開けた景色が展開していて、横目で眺めた笠松が堂々と目の前に並んでいた。その向こうにはいつものブローヴァックの丘が見えている。


大変に意欲をそそられた風景でさっそくP15号のキャンバスに制作を始めた。相当に描きこんだ画面になって完成したのだが、とにかく集中しきった時間の連続であった。毎回の制作の間もほとんど休憩することもなく、意識が完全に画面に向かっていた。


いままですでに何十年と制作してきたわけだが、この一枚は自分としては一つのエポックになると思う.作品の出来ばえがどうのこうのということ以上に、今まで制作してきたことの集約がこの一枚に出てきていると言える。


べつに感慨に浸っているわけではないが、とにかくこれからが大切だと思っている。




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# by papasanmazan | 2018-04-21 00:53 | 風景画 | Comments(2)

梨の静物







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フランスで買った額縁にあわせて一枚静物画を描いてみた。大きさは6号と8号の中間くらいである。洋梨三つと食器の組み合わせで、白地にに赤い線の模様の布を台の上に敷いてある、いってみれば極あたりまえの静物画である。


高校三年の時に新任の美術の先生に、大功は拙なるが如し、という言葉を習った。その時は他に武者小路実篤のことなどにも話が及んでいろいろ新鮮な感じがしたのを覚えている。しかし高校生くらいではなかなかその本来の意味はつかめなかった。


のちに大功は拙なるが如し、とか大賢は愚なるが如し、というのが老子の言葉だと知り、そしてこちらも年齢を加えるにつれそれらの内容が良く分かるようになってきた。最近は老子,荘子などを好んで読んでいる。


なるほど絵の作品の上でも大功は拙なるが如しというのはうなづける言葉だと思う。ちょっとした見た目には大変上手で、人目をひくような作品でも長く見ているとアキてくるものもある。また段々と嫌気が差してくるような作品もある。そういった小器用で、ちょっとした小才のきいた絵がシャレたギャラリーなどに並んでブームになったりしている。


極当たり前の,何の奇を衒ったようなものもない、一見拙に見えるような作品、そういったものを描いてみたいと思っている。





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# by papasanmazan | 2018-04-16 19:33 | 静物画 | Comments(2)

赤い岩の道



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久しぶりに赤い、赤い岩で囲まれた道で制作した。何度かここの道は描いているが、かなり長い距離で歩ける道ではあるが途中の幅が狭く、どうしても入り口付近のほうが制作しやすくなっている。いろんな角度を試してみるのだが三年ほど前にF20号に描いたのと同じ場所で、今回はF15号のキャンバスに始めてみた。

やはり何年かの違いで描き出しからの感じは違ってきている。スムーズになってきているだけではなく個々のものの描写が、これはすばやく描いていったほうがいいと思われるところを以前よりもモタつかずに描きこんでいける、逆にこれはこのまま何も手を加えずにしばらくそのままにしておいたほうがいいという部分などの判断が躊躇なく出来るようになっている。その分制作はらくである。

もう一ついえることは赤い岩だからといって妙に赤の色にこだわらなくてすむようになってきている。これはおそらく赤という色だけに限らず制作全般の色彩の施し方にも出てきているような気がする。つまり全体的に色彩が以前よりも軽く出るようになってきているといってもいいのだろうか。

それと細部の描写も簡単に表せるところは簡単にするというコツもつかめたような感じである。

しかし自分の持っている造形感、これはあくまでも推し進めていくつもりである。




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# by papasanmazan | 2018-04-09 15:42 | 風景画 | Comments(2)

プロヴァンス風景




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プロヴァンスの風景として映画やグラヴィアなどで小さな教会や建物の横に糸杉がたっていたりオリーブの緑が添えられているような光景を見かけることがある。何かひなびた親しみのある風景なのだが、そういう何気ないものも描いてみたいと思っていた。ちょうどバルーのお城を抜けてロック・アルリックの岩山へ向かう途中に糸杉と大きな笠松が並んだ横に小屋が建っている見晴らし台がある。


そこからの眺望はヴァントゥー山がまるで富士山のように見える角度にひらけている。この見晴らしもいずれ描いてみたいとは思っているのだが、今回はF10号のキャンバスにその笠松や小屋、糸杉などを取り入れた風景に取り組んでみた。


常緑の松や糸杉の色もまだ早春の光の中ではいつもほどコントラストがきつくなく、全体としては対比的な強さには欠けるかもしれないが、色彩のやわらかさには魅力があった。この風景は真夏の炎天下でも一枚描いてみたい気持ちになるが、それとともにこのF型のキャンバスよりももう少し横に細長い形のP型にももう一枚試してみて、笠松の広がりを強調したものも面白いかもしれない。








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# by papasanmazan | 2018-04-07 03:10 | 風景画 | Comments(2)

旧作 バルーの大きな松




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これも昨年7月中旬に出来上がったF15号、バルーの大きな松に加筆したものである。もうすでに暑くなっていた頃に描いていたのを覚えている。この作品の不満だったてんは特に深い色の部分の諧調が足らないというものだった。昨年の段階ではそのあたりにも気をつけていたつもりだったが、やはりまだ足らなかった。どれだけ集中して描き込んだとしても、画面上で足りないものはやはり足りないのである。目の判断に頼るしかない。


そういった不足しているものに何とか答えを与えようと努力していくわけだが、その点でその判断の基準に話が戻るのである。やはり何らかの理想が自分の中にあるのだろう、どこかで学んだこと、獲得したこと、それらは実際の経験によるものもあるだろうが、三次元の現実世界から離れた、何か神秘的な作用が働くのではないのだろうか。それを私は直感によるものといいたいのである。


科学の世界が分析による論理力に基づくのとは違って芸術は直感による理想との交感が第一義の美学になるのではないかと思っている。




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# by papasanmazan | 2018-03-29 00:44 | 風景画 | Comments(0)

旧作 ボーセの石切り場





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一昨年(2016年)3月29日に完成した作品、ボーセの石切り場にも加筆してみた。この絵は出来上がったときから岩場の細部に不満があった。端的に描写がまだまだ足りないので岩の部分と下方の人家との対比がはっきりせず、その結果絵としての流れが上から下のほうにうまく引っ張れないでいた。そこのところをどうすればいいのか一昨年当時には分からなかった、それがはっきり見えてきたので、やはり現場にもう一度戻って加筆してみた。


岩場の左側の張り出しが足りなかったのが原因である。そこのところを強調することで急に画面が立ってきたようである。縦型に使ったキャンバスであるから名実ともに絵が立ってきた、それでよしとする。


さてその見えてくるところ、いったい何を持って不足しているものなら不足していると判断できるのだろうか。何か基準なり、理想なりをどこかで判断の元にしているのではないか、しかし自分の過去を振り返ってみてもそのようなことをどこかで学んだような記憶がない。


過去と言い現在、未来と言えばこれは時間である、そして絵を描いている自分は現実の空間の中にいる、この時間、空間に限定されて生活をしているのを自覚できるのが人間である。その時間の過去の部分に思い当たるものがない美の基準が急に現在の自分に見えてくるというのはどうしたことなのだろうか。これは今いった時間や空間を離れたところに何かがあるのではないか、そんな不可思議な思いにとらわれるのである。(この項続く)。




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# by papasanmazan | 2018-03-26 08:06 | 風景画 | Comments(2)

旧作 赤い森の木立ち




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昨年三月上旬に完成したF12 号、赤い森の木立ちに加筆したものである。この絵はずっと気にかかっていたもので、物の納まりや構図全体はそれほど問題にならないのだが、木々の間のヌケが少なすぎて少し息苦しい画面になっていた。その木と木の間に空間を与えていくのはさして難しくないと思われていたのだが、それだけではまだ何か物足りないものを感じていた。


その物足りないものにハッと気づいたのである。全体のリズムといっていいのだろうか、気韻生動とでもいったものである。それは対象になる自然物を腕だけを頼りに写していくだけで出来上がるものではない。もっと自分の中にある動機をつきつめて表現していかなければ出てこないものではないだろうか。


そういった何かを表現してみたいと思う気持ち、情働はどこからくるものなのだろうか、こここのところをよく自覚しておかなければならないと思う。制作にいたるまでの自分の内面を探求することである。それを突き詰めているといつも出てくるのがプラトンのイデアの説で、そのイデアを想起していく、思い出していく、ということになる。

そういった何らかの学習したものや、経験したものを思い出していくこと、それがないと美なり真なり善というものが成り立たないのではないか、まったくの感覚や自然経験だけでは創り出せないのではないか、そう思えてならないのである。(この項続く)


このF12号も現場で加筆した。直感的な色を生かすようになってきたこの頃の制作である。



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# by papasanmazan | 2018-03-22 20:24 | 風景画 | Comments(0)