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マザンの大きな木


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わが家の目と鼻の先に大きな木があって、小さな見晴らし台のようになっている。そこからのヴァントゥー山やマザンの村の景色はいつ見ても美しく、散歩のコースには欠かせないところである。

普通には散歩コースかもしれないが、私にとっては欠かすことの出来ない風景画の制作場所でもある。この大きな木の重なり合って立っている群れも今までに幾度描いたか分からないほどである。そしてここから見える白い道や、マザンの村の遠望など自然の中の私のアトリエのようなものである。

F15号のキャンバスに冬景色のヴァントゥー山を、二本の大きな木にはさまれた角度のところを選んで描いてみた。冬枯れの野全体の中に木や山、教会などが混然と存在し、それぞれの存在とともに全体としてお互いが響きあっている、そういった世界が出来上がればいいと思って描いた一枚の油彩画である。

# by papasanmazan | 2020-02-15 19:52 | 風景画 | Comments(0)

リンゴとオレンジ




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台所の片隅に置いてある果物からリンゴ三つとオレンジ二つをアトリエに持って来て、よく背景に使う黒とグレーの縞模様の布を後ろにあしらってF3号の比較的小さなキャンバスに描いてみた。

とくに物理的な力関係や引っ張り合いを目で追う訳ではないが、なんとなく五つの果物の力感の響きや、リンゴの赤、オレンジの橙色の面積などで、組み合わせて描き始めるまでかなりの時間がかかる。

これが大変大事なことなので、納得のいかない組み合わせで描き始めるとほとんど失敗に終わるということは経験上いたいほどわかっている。物の輪郭や接線,面への移行など事細かく考えておかないといけない。そうしておいても途中で詰まってくることがある。制作の実際で、何とか画面にもちこんでいこうとしている。

# by papasanmazan | 2020-02-05 01:09 | 静物画 | Comments(0)

卓上の楽器





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あまりアトリエがモチーフなどで散らかって、どうにも制作しにくくなると、たとえば日本に一時帰国するときに片付けてみたりする。今までに使ったモチーフをそれぞれ元のところに置き直したりするのだが、小さなテーブルの上にトランペットやピッコロ、笛などをかためておいた。

フランスに戻ってアトリエの中をみていると、ただ雑然と置いただけの楽器やミルク差しがそのままうまく構成されているように見え、F12号の油彩で制作してみた。

構成自体は複雑なのだが、見ていて面白いと思われるところ、特に物と物の重なり部分と、アウトラインから面に移行するところを特に意識して描いたものである。ある程度の緊張感は出たように思う。

# by papasanmazan | 2020-01-29 17:04 | 静物画 | Comments(2)

冬の野と白樺




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冬の枯れた景色の中に一本の白樺の木が立っていて、やはり葉っぱを落として寂しいのだが、畑と並んでいるところに何か風情を感じてしまう、赤い森に制作に出かける時にいつも車から見かけている風景である。

あまり絵になるようなものではないのだが,どうしても描いてみたくなってF6号のキャンバスにむかってみた。

先日投稿したM3号の冬の野の絵でもそうだったが、このあまり派手な色彩もない冬景色の中にもよく見極めていくと、自然の骨格というものがそなわっているのが分かってくる。これは実に大切な、物の本質にぶつかっていく道だと思う。表面だけにとどまっていてはいけないという教訓なのだろうか。

# by papasanmazan | 2020-01-21 06:43 | 風景画 | Comments(0)

赤い森の岩




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日本に一時帰国したあと、南フランスに戻って制作再開する時にはいつも赤い森に出かけて行く。なぜかその場所にいると自分の感覚がよみがえってくるような気がしてならない。昨年の暮れから二枚の絵をここで描いているが、ようやくF15号のが出来上がった。

段々と赤や橙、黄色の面積が増えてきている画面になってきているのだが、それに対比する樹木や緑の扱いが少しづつ分かってきた、そしてその分画面が前よりもよく抜けてきたように思う。呼吸と同じで吸う息、吐く息が必要である。

赤や橙などの暖色の占める部分にも寒色を探し求めていかなければ全体の統一をとれないことがある。その寒色にしても寒色として独立させる時もあれば、暖色に混ぜ込んでいくこともある。同じ混色でもパレット上で行うときと描いている画面上で混ぜ合わせるときとでは効果が違ってくる。こういう手順というのか技法というのかは実際の制作の上でしか説明のしようのないものである、。ほとんどが自分の経験から来るものだから、自分の目と腕とを勘どころにして制作をしているわけである。

# by papasanmazan | 2020-01-15 19:02 | 風景画 | Comments(2)

キャロンの松と家




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昨年の7月31日に投稿したF6号、オリーブと松のある家と同じ場所でもう一枚油彩を試みた。今回はM10号の横長の形のキャンバスを選んだ。前回の制作後にすぐにもっと横に広がった構図のほうがよりよく動きが出ると思っていた。

石造りの家の強い直線が交錯していくところに松とオリーブの柔らかさ、自然さが加わって一つの魅力になる実景であるが、前作ではオリーブの扱いがうまくいっていなかった。描き過ぎていた印象がある。描き込んでもいいのだが描き込んだように見せないのである。そうしないと建物の線、面と、松の木のかたまりとでかなりの重さのある画面がオリーブの塊によってますますがんじがらめの、眼の休まり場所のないものになってしまう恐れがある。要するに描き分けるということが肝心なわけである。

冬の季節の、余り強くない光線ではあるが、画面は中から光がじわじわと輝きでてくるような作品を考えている。

# by papasanmazan | 2020-01-12 17:57 | 風景画 | Comments(2)

リンゴと果物鉢


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リンゴ五つと果物鉢を主なモチーフにしてF4号の静物画を描いてみた。背景には南仏模様の布をおき、テーブルには赤い筋模様の白いクロスを配してリンゴの赤と共通の色を、そして果物鉢とクロスの白も共通の色にしてみた。4号くらいの小さな画面では余り色とりどりに組み合わせると表現がチマチマして、見ていて落ち着きのないものになりがちである。

出来るだけ描き進めるにつれて上品なものに仕上がって行くような制作がしたいと思う。それでいて構成としても骨格の強いものを願いたい。たかだかそこいらにあるリンゴがモチーフでも画面の中では意味のある存在でありたい。

どういった意味なのであろうか、それは言葉ではなく、説明ではなく、装飾でもなく、存在そのもの、といったものである。どう扱ってもそこにしか存在しないもの、右にも左にも、上にも下にも動かせない、そこにだけ存在するもの、そこまで突き進んだ制作にたどり着けたらいいのだが。

# by papasanmazan | 2020-01-08 02:00 | 静物画 | Comments(2)

冬の野




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M3号という今まで使ったことのない大きさのキャンバスにすっかり葉っぱの落ちた木立の見えている冬の野原を描いてみた。冬枯れした野原や木立を描くのは好きで、シーンとした中にかえって色彩を感じるのである。原色や夏の強い光を受けたような強い色ばかりが能ではない、色彩はその調和と和音にたとえられるような響きが魅力なのである。

まだ美大を出てすぐの頃、実家のちかくの安威川沿いを冬の時期にぶらついていた時に,その河原とむこうに立っているクレーンとのなんとも味気ない色彩、ほとんど無彩色に囲まれた河原の枯れた黄色の風景に妙に惹かれたことがある、クレーンの立っているのが無機的で、風景自体も何の飾りもないようなもので、なぜか自分の心象と二重写しになったような気分であった。冬景色に出会うと時々その時のことを思い出す。

現在はそんな寂れたような心情はかけらもないが色彩に惹かれるのは今も同じである。ちょうどM3号のいい額縁が手に入ったので楽しみも含めて制作してみた一枚である。

# by papasanmazan | 2020-01-03 19:42 | 風景画 | Comments(2)

ザクロ





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2020年になった。昨年10月に家内の実兄が永眠したので、喪中につき新年の挨拶はひかえております。

昨秋、一時帰国したあと、フランスに戻って最初に描いたのがパステルのザクロだったが、もう一枚今度は縦型にして、同じくパステルで描いてみた。前回の横型のものは戸外の実景であるが、今回のものは全くアトリエ内での制作である。

横型の出来上がったパステル画を参考にしながら印象と記憶を頼りに進めていった一枚である。このような現実のものから離れた仕事はほとんどしたことがなく、少し疑問を持ちながら完成させたのだが、ザクロに関しては油彩、水彩、パステル、スケッチなど数限りなくやってきているので、ザクロの固体については全く問題なく頭の中で考えたとおりに描ける自信はある。

ただ前回の横型のものがいわば静物的なザクロの木と実だったのを、もっと風景的な、風景の中のザクロとして表してみたかったのである。そのために縦型を選び、構成も考えてみたものである。

こういった記憶に頼ったようなもの、印象に残ったものを追っていくような仕事ももっと考えていっていいと思う。

# by papasanmazan | 2020-01-01 07:19 | パステル | Comments(2)

ヴァントゥー山と丘の家




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先日投稿したF6号の赤い鎧戸の家と同じく、この夏の終わりから描き始めて日本での個展中の一時中断を経て、冬になってやっと完成したF10号の風景画である。場所も期せずして赤い鎧戸の家と同じところである。緑一色だった丘はすっかり枯れ葉色になっていたが、かまわずに制作を続けた結果である。

自然の風景、また室内の静物、人物や肖像画、どれも自分とは対立した、自分の外にあるものをモチーフにして制作をしているのだが、ようやく最近になって気づいたことがある、創造ということは自分の内にあるものだ、もちろんその外にあるものと共存していくのだが、大切なことはその内にあるものに深く気づいていくことである。

あるいは禅で言う己事究明ということ、ソクラテスが言うおのれ自身を知れ、ということと同じことなのだろうと思うのだが、絵画の制作においても創造のもとを見つめること、それが画面に直結してくるような気がしてならないのである。

そういったところでは余り季節の移り変わりなどが気にならなくなって、この二点の作品の制作につながった。

# by papasanmazan | 2019-12-30 00:27 | 風景画 | Comments(2)

野の花




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毎日、夕方になると犬の散歩に出掛ける。制作を終え、筆を洗って休憩し始めるとクリップ(愛犬の名)がこちらの顔をのぞきに来て散歩をねだってくる。朝には家内と、そして夕方と、日に二回の散歩を楽しみにしている。単純なものだが、そのつどかわいいものだと思う。

冬の時期になると、枯れたブドウ畑の下にダイコンの花が咲き乱れて、一面真っ白になっている。ひとつひとつの小さな花をよく見ているとどれも美しい形をしている、そしてそれが重なり合って、まるで白いカーペットのような野原である。

観賞用の色とりどりの花もきれいだが、自然の中に染まった野の花は格別に好きである、どの花を見てもすぐに描きたくなる。この夏には黒地の紙にパステルでエニシダを描いたが、同じ趣向でこんどはダイコンの花を描いてみた、黄色が白色になったのだが、どちらもクリップの散歩と同じような単純さである、しかしこの単純さに何か大切なものが隠されているのではないだろうか。

# by papasanmazan | 2019-12-24 11:53 | パステル | Comments(2)

赤い鎧戸の家




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今年の夏の終わりから10月の日本への一時帰国前まで制作していたもので、その一時帰国の間制作を中断していたのを、フランスに戻ってから再開してみた。F6号の風景画で、丘の上にある赤い鎧戸のある家である。何年か前にF4号に描いたことがあるが、不満が残りもう一度挑戦してみた。

もちろん中断した期間が二ヶ月くらいあるので、季節の違いからすっかり丘の色彩が変わってしまっている。しかし今はそういった状況などどうでもいいようになってきた。というのは表面に現れた現象を描こうというのではなく、もっと奥にある本質にまで画面をつき進めたいという気持ちが強くなってきたからである。


フランスに戻ってから意識的に理屈っぽい美術書を読んでみた。あえて名前は挙げないがその本の内容についてはよく理解が出来る。また書かれていることも正しいと思うのだが、一番強く感じるのは制作の実際にはそういった理屈は全く不用な感じがする。

そこでこれは愛読書の一つだが、またセザンヌの書簡集を再読してみた。ここでやはり自分の思っていることが再確認されることになった。セザンヌの最晩年に、たとえばエミール・ベルナールとのやり取りのなかで、さかんにベルナールの質問に答えてセザンヌの絵画に対する理論を展開しようとするのだが、実際のセザンヌの制作しているのはそんな理論上にはないのである、もっと自然に即した、本質に根ざした感覚と経験によるもの、それはとても口で言い表せるものではない、ということに最近はとみに共感できるようになった。

そういった最近の意識で制作すると余り季節の違いから来る色彩の変化などは気にならなくなってくる。では何をよりどころに絵を描いているのか、とたずねられたら、落語の素人うなぎではないが、前に回ってうなぎに聞いてくれ、といったような答えになってしまいそうである。

# by papasanmazan | 2019-12-22 19:39 | 風景画 | Comments(2)

柿の木のある家


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もうすぐクリスマスだというのに今年のフランスは全国的なストで、公共の交通が麻痺していたり、大々的なデモ行進で深刻な状況になっている。日本でも同じことなのだろうが、老齢年金の支給が先送りにされそうなのに対する反対運動がそもそもの発端で、クリスマスといえば一番にぎやかなはずの歳末商戦にも大きな影響がでてきているようである。政府と労使の話し合いも平行線をたどって、解決のメドも今のところたっていない。

それに加えて、これも全国的な天候による災害が広がっている。大雨によるもの、強風によるものなど、地球の環境破壊が如実に感じられて、何か不安に覆われた感じがする。日本での個展が終わって南フランスに戻ってきてからも落ち着いて戸外で制作できる日が少なく、なかなか作品も出来上がらない状況である。

そんな中で今年の夏、集中して描いていたキャロンの村の家で、大きな松の木を背景にした一軒ポツンと建っているのを見つけていたのだが、晩秋になって行ってみると柿の実が少し残っていた、余り色彩的にも、構成的にも人目をひくような風景ではないのだが、その柿の実の色になんとなく魅かれてF10号のキャンバスに描いてみた。


何気ない絵になっているが自分としていい勉強になったものである。大きく物をつかむこと、そしてそれを出来るだけ大きく見せること、細かい神経は使っていてもそれを画面には出さないこと、それでもって一つの作品として完成せること、これらは今まで明確には意識しなかったことである。

# by papasanmazan | 2019-12-18 23:05 | 風景画 | Comments(2)

ザクロ

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芦屋での個展を終えて南仏に戻ってきた。年齢とともに時差がきつくなって、なかなかもとの生活リズムが取り戻せないでいる。時々づつ眠気がきたり、疲れが出てきたりする。おまけにこの何日かはヴァール県などを中心に記録的な大雨で、広範囲にわたって被害がでていたりする。今までにはフランスにはあまりなかった地震がアルデッシュに起こったりもして、何か不吉な感じさえするこの頃である。

とはいえ今回の個展は予想以上に活気があって、成績もそれなりに納得のいくものだったので安心した。今まで以上に多くの方にも見ていただけ有難かった、お礼申し上げます。

疲れは残っているが、そうばかりも言ってられず、戸外での制作も再開である。予定していた油彩は後からにして、まず目に付いたザクロの木をパステルで描いてみた。家から近いところで、あちこちのザクロの木はモチーフに取り上げていたのだが、一箇所だけがまだ実が赤々と残っていたので、さっそく制作に移った次第である。

美大を出て、はじめて制作らしきものにぶつかったのがこのザクロの木と実のシリーズだった、そういう意味でも自分にとって大切な制作である。

# by papasanmazan | 2019-11-26 22:30 | パステル | Comments(0)

恒例になりました、秋の個展です。


秋の個展の案内状が出来上がりました。

兵庫県芦屋市にある ぎゃらりー藤
2019年 11月1日(金)~6日(水)

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= 皆様のご来場を心よりお待ちしています。=


# by papasanmazan | 2019-10-21 12:30 | 展覧会 | Comments(2)

のこぎり山遠望





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大きなヴァントゥー山からづっと裾ながく続いて、岩をむき出したようなのこぎり山(ダンテル ドゥ モンミライユ)が見えている。近くからみるとまるで恐竜のようなあらあらしい山だが、マザンのあたりから遠望すると、周りの風景と溶け合って一つの牧歌的な優しい風景になってくる。

いつも制作に向かう車の中からこの風景を見るのだが、それほど特徴的なものではないが、何とか絵にしたいと思っていた。あるいはいつまでも思い出になるような風景なのかもしれない。

いちどはP10号の大きさの油彩を描いて、ほぼ出来上がった状態にまでなっていたのだが、最終的に何かが不足している。どうにも解決が出来ずに今もそのままにしているのだが、それとは別に、もっと小さいもので試してみようと、同じ場所でサムホールの大きさの、ごく小さなキャンバスにも描いてみたのである。これは小さい画面ということもあるのか比較的スムースに進んだものである。

最近よく考えている、ごくありふれたモチーフ、どこにでもみられるような風景ではあるが、やはり心惹かれる何かを感じるのである。もう少し時間をおけばP10号のものもものにできそうな気がしている。

# by papasanmazan | 2019-10-10 00:55 | 小さな絵 | Comments(0)

卓上静物






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F6号のキャンバスにごくありふれたモチーフを集めて一枚の卓上静物を創ってみた。色々とモチーフをあさってみるのだが、どれももう一つといったような具合の時がある。そういう場合、私はとにかく手ごろで、ありふれたものをどれということはなしにアトリエに持ってきて、目についたものから机の上などに置いていく。

だんだんと自分の構成が出来上がってきて、その時点で何が足りないのか、どうすればいいのかをまた考え直す。そうしてまた一から布や背景の選択にかかったりして再構成していく。とにかく気に入るまで描き出さないようにしている。

静物画に限らず風景などでも特に大がかりなもの、奇なものは必要と思わない、ごくありふれたものでいいと思っている。このF6号の静物もそういった一つだが,描き始めから終わりまで終始一貫滞りのなかった制作だった。

# by papasanmazan | 2019-10-08 18:14 | 静物画 | Comments(2)

シクラメン




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町の花屋でシクラメンをよく見かけるようになってきた。赤、白そしてピンク、どれを選ぼうかと迷ってしまう。今年は若返りを図ろうかというのでもないが、赤色の花をアトリエに置いている。


以前はよくモチーフにしたシクラメンだが、この何年かは全く知らないふりをしていた。ちょうどミストラルが吹き荒れて、戸外での制作が出来ない時に、思い出したようにパステルで小さなグレー地の紙に描いてみた。


やはり好きなモチーフで、面白かった。シクラメンの場合は花の重なり合いが作っていく連続したアウトラインが大切で、その花全体の部分と、その間にできる空間の部分とのバランスが魅力である。虚と実をはっきり意識して描くように心がけている。

# by papasanmazan | 2019-10-07 15:28 | パステル | Comments(0)

ポプラとヴァントゥー山





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マザンの村の中心から少し外れたところに、広く見渡せる畑の中にポプラの並木がポツンと立っていて、向こうに見えるヴァントゥー山とうまく対比している場所がある。車が通う道の少し下にブドウ畑があって、そこから見ていると何とも牧歌的な雰囲気で、ほとんど人の通ることもなく、絵の制作にはもってこいのシチュエーションである。


今までにも数枚制作したが今回はF0号の小さなキャンバスに描いてみた。畑が遠くまで広がって緑の色が主になってくるが、小さく見える農家や大地のオレンジがかった暖色、ポプラの色彩の変化など、小さな画面にもかかわらず描きながら目があちこちに引き回される思いであった。

こういった小さな作品の見せ場を作るながらの計算された制作も非常に難しいが大切なものだと思う。決して簡単に扱えるものではない。

# by papasanmazan | 2019-10-05 16:52 | 小さな絵 | Comments(0)

ミルクポットと果物籠


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F10号のキャンバスに銅製のミルクポットと果物籠を組み合わせた静物画を描いてみた。二つとも最近手に入れたものである。ミルクポットは地味な色で、少し大きすぎるきらいがあるが、どっしりとした存在感が非常にいい。また果物籠は家内が蚤の市で掘り出してきたものだが、新しい工芸品の籠と違って、生活のにおいが残っているような重みのあるものである。

ともに渋くて地味な色合いながら、二つに共通したようなトーンが目を引き付けてくれて、静物画のモチーフとして有難い掘り出し物である。これにいつも使っている黒とグレーの縞模様の布、それに赤いソース差し、果物籠に盛ったリンゴと梨など、なにか大変に制作欲がわいた作品である。

あまり色としては目立たないモチーフにかこまれてソース差しと梨の赤、野生のリンゴの緑の対比が上手くはまってくれればそれいい。特にソース差しの赤はほとんど描き込まないようにして赤い色を存在させるようにした。描き込むのは他のもので充分である。

出来上がった作品に目を当てて、赤と緑にばかり視線がとどまらないようにと願った。

# by papasanmazan | 2019-09-28 17:07 | 静物画 | Comments(2)

バルーの城





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プロヴァンスはロワール地方などと比べると城の数はかなり少なくなる。城壁だけが残っていて、それを現在の家並みに利用しているようなところは多いが、まとまった形で城全体がみられるというところが少ないのである。

こじんまりはしているが、よくその城全体の美観をこのバルーの城は保っている。我が家からは車で15分位なので絶えず絵を描きに行く場所である。今までに何枚の油彩や水彩を描いてきたことだろう。

そう考えると、松並木の間から見える城、坂道を通して奥に姿の見える城、バルーの村の全景の中の城などを題材にしてきたが、城そのものを正面から描いたものはほんのわずかしかなかった。今回はやや小さいがF4号のキャンバスに、城に照準を合わせたものを描いてみた。角度から言ってもう少し近づいて城をアップしたいのだが、村の家々の建物との兼ね合いで、この距離を選ぶしかなかった。

# by papasanmazan | 2019-09-21 15:23 | 風景画 | Comments(0)

サントン人形と果物





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南フランスの郷土工芸のサントン人形と果物を組み合わせてF8号の静物画を描いてみた。プロヴァンスの名物であるサントン人形はクリスマスのクレッシュの飾りにする人形であるが。単体でも家庭の置物でよく見かけられる。サントン人形だけを扱った店もあるし、町の蚤の市などでもよく売られている。

我が家にも四つのサントンがあるが、いつも老婆の人形を静物画に使っている。蚤の市などで探してもなかなかいい人形が見つからず、また他のものでも絵のモチーフになるようなものがないかと見まわすが、たいていはガラクタばかりである。

画面の動きを第一に考えてモチーフを組んでみた。普通なら背の高い人形を左側に持ってくるところだが、少し心理的な動きを考えてあえて右側に置いてみた。人形の顔の傾きと両方の肩の高さの違いで人形自体がむかって右から左へ視線を送るようにして果物につなげていければ、という感じである。少し派手な色合いになったが、軽みのある画面を心掛けた。



# by papasanmazan | 2019-09-18 08:08 | 静物画 | Comments(2)

赤い森




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先日のF10号、赤い岩と横たわる木と並行して描いていたP25号の赤い森もようやく完成した。やっと、ようやく、と言っていいほど全力で描き込んだ作品である。描きあがった段階で自分で何度も点検し、じっと見直していた画面である。


F10号の前作を描いている途中から、画面向かって右側の橙色の岩の面積をもっと増やしたい欲求が強くなってきた。しかももっと大きなキャンバスに描いてみたい、そこでやおらP25号を選んで、隔日にこの二枚の並行した制作になったわけである。、しかしF10号が終わった後もP25号のほうはなかなか納得がゆかず、大いに苦労した。

自分としては満足のできる作品に仕上がった。赤い岩のシリーズとしても一応の答えが出たような気がするのである。

最近の作品を自分で見直してみて、一つよくなったと思うのは、その完成した作品のそれぞれのマチエールが以前よりはサラッとしながら粘りも出てきたような気がする。この感覚は自分にとって大変な進歩だと思っているし、有難い現象だと喜んでいる。なぜならこのマチエール、触覚というものは絵画を判断するうえで非常に重要な要素になるからである。その触覚一つで画家の人格がわかってくる、と言っても過言ではないと思う。私の理想でいえばその作品の表面を手で撫でてみたい、というようなものが出来上がってくれればと願っている。

# by papasanmazan | 2019-09-13 06:16 | Comments(2)

キャロンの教会






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先日のM10号のキャロンの鐘楼と同じく、この夏の初めころ描いていたキャロンの教会をもう一度P6号のキャンバスにおさめてみた油彩である。この村の教会は鐘楼ほどは特徴的ではないが、村の中央にドンと横たわっていて、存在感は充分である。

そもそもこのキャロンの村自体が横に長く連なった並列的な性格で、それでいて高さも下からせりあがっていく建物の積み重なりで、これも非常に魅力のあるものになっている。この二つの性格が相まって、全体として直線的な強い印象を与えてくれる。

プロヴァンスの村といえば、村の中のジグザグした道や、石畳に囲まれた家の古い入り組んだ壁などを絵の主題にすることが多いようだが、キャロンの村だけではなく、その村、そのコミューンの性格をよく見分けていくと面白い発見もあると思う。

# by papasanmazan | 2019-09-10 18:53 | 風景画 | Comments(0)

梨とリンゴ





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F3号のキャンバスに梨とリンゴを組み合わせた静物を描いてみた。F3号で、少し小さい画面だが、梨二つ、リンゴ五つと、これは多すぎるかなと思いつつ収めてみた。黒とグレーの縞模様の布に白い布も置いて空間を作るようにした。

果物七つをピラミッド型に沿って置くように最初から意図した。それでもって全体がなんとかバロック的な感じにならないかなと思ったからである。このような小さな画面でも何か自分の感じや意図を大切にしていくと制作そのものが楽しくなってくる。

色数も限られたものになっているが、白や黒などの無彩色をうまくはめ込んでいくと、思ったよりも色のハーモニーが出て、落ち着いた調和が得られるようである。

# by papasanmazan | 2019-09-07 23:33 | 静物画 | Comments(2)

キャロンの鐘楼





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今年の夏に入るころキャロンの村の建物を集中的に制作した。鐘楼や教会、村全体などを大きさを変えたり角度に変化を加えて数枚の油彩を描いて一応満足したのだが、何となくもう一度描いてみたくなるだろうなという予感があった。

そののちヴァントゥー山や赤い森などの制作に移ったのだが、これも一段落しそうになるとやはりキャロンに戻ってきたのである。おそらく今まで集落や建物を正面切って描いた経験が少ないせいで、この積み上げたような建物のの姿にあこがれを感じていたのかもしれない。

それでF3号などに描いたキャロンの鐘楼、これはキャロンに限らずどのプロヴァンスの村にも共通する特徴的な鐘楼を今度はP10号のキャンバスに描いてみた。建物もずっと横長にとって、村を俯瞰する感じのとらえ方による油彩である。

建物の色彩だけではなく間に挟み込んでいく緑に注意しながら制作した。

# by papasanmazan | 2019-09-04 00:06 | 風景画 | Comments(2)

カフェティエラと果物

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F4号のキャンバスにカフェティエラと小さなリンゴ、梨をモチーフにして描いてみた。静物画の典型みたいな画面だが、じつはこの背景の布の色を使ってみたかったのである。カルパントラの高級布地店で見つけたもので、いい色合いなのだが、下手に扱うと手前の肝心のモチーフがおされ気味になるような布である。

要するに脇役が主役を食ってしまいそうになる布なのだが、色そのものは上品で落ち着いたものである。それに負けないようにと考えて垂直にカフェティエラの強い金属感を使ってみたのである。後は白い布と果物を配して一枚の静物画にする。

いわゆる対比と同調、全体の調和を自分の持っている調子に持ち込んでいけるかどうかというのが絵として上手くいくかどうかということになると思う。




# by papasanmazan | 2019-08-29 15:38 | 静物画 | Comments(2)

少女像と果物







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一応パステル画のジャンルに入れているが、ほとんど木炭画である。昔ながらの木炭デッサンというやつである。私たちの若い頃は美術大学の入学試験といえばなんといっても木炭デッサンの時代であった。最近はほとんど省みられないものになったのだろう。


カルトンとよばれる画板に木炭紙をクリップでとめて、左手に計り棒を持って石膏像、初心者ならたとえばアグリッパ、ミロのヴィーナスの胸までのもの、段々と難しくて大きな像、ラオコーンやヘルメス、ジョルジョやモリエールなどを次ぎから次に木炭でデッサンをして勉強させられたものである。

この木炭というのがなかなか初めのうちは扱いにくく、色もただ真っ黒の像が出来上がるだけなのだが、段々と調子を整えれるようになってくると木炭のトーンも複雑で美しいものが表現できるようになってくる。ここで質感とか物のヴォリュームなどの問題を解決していけるようになってくるわけで、やはり実技として大切なものだとその時に分かってくる。

現在他に静物画を描いていて、ちょっといきずまったのである。その絵の問題を解決するのに考え込んでいると、ふと木炭デッサンを思い出した。ちょうどMBMの木炭紙も残っていたので、やおらいつもの少女像と果物を組んでデッサンを始めたもので、途中から果物のいくつかに少しパステルで色をおいてみた。

# by papasanmazan | 2019-08-26 00:51 | パステル | Comments(2)

赤い岩と横たわる木

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やはり赤い岩や森、赤土一帯を主題にした制作を続けている。何年か前に横たわった三本の木と赤い岩の組み合わせをF25号で描いたことがあるが、これは面白い制作だった。今回も同じ場所でF10号に描いたものだが、以前のは冬の時期で、緑の葉っぱがほとんどなかったが、今回のは栗の青々とした葉っぱで部分的に覆われたようなモチーフである。

その葉っぱの緑のかたまりと岩の赤との対比、目がひかれるのは当然それである。その色彩の分量、三本の木の傾き、などなど絶えず画面全体を眺めては出来るだけ表現の幅を広げようと試みたものである。

表現の幅、といってもどこからどこまでと具体的に指摘できるわけではないが、いわゆるモチーフになっている実景だけにとどまることなく、画面全体の大きな調和を求めるための制作のかけひきというようなものを考えに入れていくのである。強調するところは強調し、省略してかまわないと判断したところは略するようなこともある。実際の色とは異なった色彩の入ることだってある。ただしやはり実景の観察は大切で、おろそかに出来るものではない。

こういうのを総称して制作といえる、といえるような作品にしたいと願っている。なおこのF10号のものと平行してP25号の同じ場所での作品も描いているが、こちらはまだかなり時間が掛かりそうである。

# by papasanmazan | 2019-08-24 23:04 | 風景画 | Comments(2)

モルモワロン風景





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モルモワロンの村の教会を手前のポプラの木の間から見えるアングルでF3号の小さな油彩にしてみた。数年前にはこの場所でかなりの数の制作をしたが、久しぶりにイーゼルを据えて眺めてみてもほとんど景色は変わっていない。ただ所々の家が壁を新しくして、全体には少し明るく、また軽くなった感じはする。


制作の実際で言うと、たとえばポプラの扱いなどが直接的になってきたと思う。教会の建物などでも単に高さが出ればいい、といったことで余り細かい部分や装飾的と思われる部分には眼が行かなくなった、目が行かなくなったという以上、その部分に筆も入らない、色彩もない、形も端的ということになる。

これで下手をして失敗すれば、全くの手抜きの絵という事になるわけである。かなり若い頃、先輩の絵の先生に、個展の会場で、大きな声で、手抜きだ、といわれたことを思い出す。決して手を抜いたわけではなかったので、随分複雑な思いであった。

F3号の小さな油絵でも手抜きに見えなければおなぐさみである。

# by papasanmazan | 2019-08-18 18:30 | 風景画 | Comments(4)