<   2017年 01月 ( 5 )   > この月の画像一覧

白樺にかこまれた修道院

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ヴナスクに上がっていく道の入り口に白樺でかこまれた修道院がある。葉っぱの繁った時期にはほとんど姿が見えないが、冬の葉の落ちた時には白樺や木々の幹の間から建物が少しづつ現れてくる。こういった光景は以前から描いてみたくて、何度も挑戦してみたりはしたがなかなか納得のいくものにならなかった。色のつなぎが難しい。


今回はF8号の油彩である。なんとかこの作品はかなり自分でも気に入ったものになって、さて何故ここまでたどり着くことが出来たのか、どういう制作過程だったのか、など色々言葉で整理してみようとするのだが、なかなかその言葉ににはたどり着かないままである。普段は割に頭で自己批評をしたりするほうなのだが、この絵に関してはどうにも妙な具合で、ひょっとすると作品の方が勝手に出来上がってしまって、こちらの頭がそれについていってないのかもしれない。その分もどかしさは残るが、いずれ言葉のよる答えが出てくるかもしれない。この辺りのことは大変に重要で、言葉による認識がないと本当に分かったとは言えないのである。また本当の安心も得られない。


しかしながらこの作品は完成したことだけは確かである。




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by papasanmazan | 2017-01-30 18:47 | 風景画 | Comments(2)

シロップの瓶とグラス


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昨年の夏、フランス人のお客さんからシロップを三本いただいた。私がアルコールをこの頃は全く飲まないのをご存知なので贈り物がシロップになったみたいである。三本とも形は同じで、中身がそれぞれ栗、イチジク、サクランボのシロップ、とても甘い。まずイチジクからいただいたのだが、それを飲み終わって栗の半ばまできた時にシマッタと気づいたのである。


色はきれいし大きさもちょうど静物画のモチーフになる、何よりも形がいい、飲むことばかりに気を取られてしまって、後悔先に立たずである。しかしまだ赤い色のサクランボの瓶がまるまる残っている。赤に赤をとりあわせてリンゴを三つ加え、形と高さを整えるのにグラスも入れてみた。背景には蚤の市で買った小さなじゅうたんを置いてみた。


F4号位がちょうどいい大きさのキャンバスである、あまり良策ではないが背の高い瓶を一番手前にしてリンゴは奥に押しやった形である。一つ一つの形より赤の色の連続感がほしかったのであえて無理な構図をとってみた。こういう時にグラスや皿の白色が色の抜きとして役立つのだが、描いていくうちに意外とシロップの瓶のラベルが難しく、これがこの絵の決め手になることに気づかされた。さりげなく、あまり説明もしないようにしてラベルの色を引き立たせることが出来るかがこの絵のポイントになる。


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by papasanmazan | 2017-01-24 00:26 | 静物画 | Comments(2)

白樺とヴァントゥー山

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風景画のモチーフになる一番手近な場所は家から歩いて2、3分のところで、この辺りからはもうすでに何十点かは作品にしてきている筈である。あきもせずに、といわれるかもしれないが、本当に美しい光景ではあるし、また画家にとって自分のモチーフといえそうなものはそれほど多くはないと思われる。心のそこからこのモチーフを描いてみたいというようなものに出会えるだけでも幸せというべきである。

そのいつもの場所なのだがここに一本大きな白樺の木があって、実はこの木にもずっと着目はしていたし何点かは描いてみたりもしていたのである。特に冬の時期には背景になるヴァントゥー山と白樺の幹の接線になる青い色が明るい光の中で何ともいえない澄んだ美しさを表わしてくれる。

今回はF3号のかなり小さなキャンバスに描いてみた。描き始めたころは比較的暖かい初冬だったが、最近は寒波にさらされた中での制作であった。この白樺の木には愛着があって、このようにスッキリと完成するlことが出来て自分としては満足である。この一枚だけをとってみれば一つの油彩画とだけしかいえないのだろうが、ここまでくるのに何年もの積み重ねが必要であった。


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by papasanmazan | 2017-01-15 22:13 | 風景画 | Comments(0)

オリーブ畑からのレ・ボーの要塞

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昨年の冬の制作で、いつもは観光客でザワザワするレ・ボーも,冬の間は静かな澄んだ空気のなかで仕事がはかどることに気づいた。さっそくこの冬も何点かの風景画をここで試してみているところである。まずP12号の、オリーブ畑をとおして見た要塞の作品が出来上がった。昨年もこの場所で水彩を描いており、その時から油彩をもくろんでいた。


だれひとりにも遭わない環境である。大変に気持ちが落ち着いて、集中して描けるとはこういうことなんだとあらためて有り難さが身にしむ次第である。作品としてもそれほど手こずらずに、ほぼ思うとおりに進んだものである。以前なら必ずひっかかったであろう細部も大まかな気持ちでもってサッとながせるようになってきた。これが簡単なようでいてなかなかできなかったことである。


ふたたび雪舟の山水長巻を毎晩開けては眺めている。なんといっても最高度のものだと思う。以前、ルーブル美術館でモナ・リザを長時間観たあとでリューベンスのマリー・メディティスの生涯の連作を観た時に、随分古くささを感じたことがある。それまでは大変気に入っていたこの作もそれ以来遠ざかってしまっている。おそらく現在,雪舟の本物の山水長巻を観る機会があれば、きっと現代の絵画作品の中に、古くささを感ずるような何人かの画家の名前が挙がってくるような気がしてならないのである。

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by papasanmazan | 2017-01-12 20:22 | 風景画 | Comments(2)

ヴナスクの教会

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もちろんヨーロッパの教会なのだから石造りに決まってはいるが、なんとなくヴナスクの教会は柔和な建築物で石の肌目もこまかく、女性的な印象を受ける。とくに陽に当たった姿はオレンジがかった色彩を現して美しいものである。

ヴナスクの村のなかで建物や坂道がおりなす空間や、角度をうんとった教会のアップした構図はいかにも絵になるところであるが、私はいつもこの坂道の下から見上げたところばかりを描いている。今回もF3号のキャンバスにむかってみた。


このひと月ほどの制作で自分でも不思議なほどものにとらわれない感覚で絵が描けているのを痛感する。ずいぶん集中してものに対してはいるのだが、なにか一つ突き抜けたような気持ちで、我ここにあらず、といったのでは決してないのだが、描いている自分も対象物の中に入り込んで、まるで消え失せたような感じになっている。そして筆を休めた時に急に、ハッとして、いまの自分は何をしていたのかしらと自問自答するような状態である。


昨年の夏の暑い夕方に一度、短い時間ではあったが記憶がなくなった経験がある。今のその間のことを思い出そうとしてもどうにも思い出せない、あせればあせるほど記憶が混乱して嫌な汗まででてくる始末である。それに似たような感じではあるが、現在の制作時の感覚には記憶が薄れたり、無我夢中といったようなものとは全く違っていて、意識が非常に透明で、それでいて確固なものがある。どうしても動かせないような自分という、しっかりと大地に立った感じである。


結果してこういう絵が出来上がってきている。細部の説明がますます少なくなってきたように思う。


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by papasanmazan | 2017-01-04 13:22 | 風景画 | Comments(0)