<   2015年 07月 ( 7 )   > この月の画像一覧

白い岩と白い道

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石灰質の小石は夏の日照りで水分がなくなって真っ白になっている。採石あとの岩山も、小石を敷き詰めたような道も、ヴァントゥーの山頂も真っ白である。なかにはヴァントゥー山は万年雪をかぶっていると誤解している人もあるようだが、夏の白いのはその石灰質の小石が遠くから見ると雪のように見えているのである。

ことしは異常な暑さが続いているフランスだが、私たちの住んでいるマザン周辺はもう一ヶ月以上も雨が降っていない。庭の土もカラからで水やりも大変である。いつも描きに出かけるところでも舗装のしていない道は白い砂ボコリがもうもうと立ちのぼっている。

強い日差しを浴びた白い岩や白い道はよく見ていると不思議な色彩の輝きを見せている。寒色も暖色も白のヴェールをかぶって、一つの奥行きさえ色彩の中に感じるようである、遠くにはヴァントゥーの城の頂がある。F10号のキャンバスに描いてみた油彩である。色彩を駆使して一枚の絵画を創っていくわけだが、白、黒、グレー、これらの無彩色の勉強は大いに必要だと思う。



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by papasanmazan | 2015-07-26 14:55 | 風景画 | Comments(2)

松と坂道

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何となく見慣れていくうちにフトこれを絵にしようと思い始めるような景色がある。そういうふうに思い始めるとこれがまた今までとは全く違った存在になってくる、どうしても描かずにはいられなくなる、と言ったような具合でこの松と坂道をF12号のキャンバスにおさめてみた。

どこにでもあるようなモチーフで、取り立てて言うほどのものではないのだが、松の形作る輪郭に対する空の部分の美しさに引かれたのが一番の描く理由だったが、その松のあるところがちょうど坂道の交差点であり、色彩的にも面白くなりそうなのでそれも取り入れてみた。

制作としてはそれほど苦渋のあともないが、かなり描き込んである。見た目にはあまり抵抗感もないので肩すかしをくらわされたようにも思われるかもしれないが自分としては大変に満足している。絵らしくないから好きなのである。


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by papasanmazan | 2015-07-24 18:35 | 風景画 | Comments(2)

ひまわり

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ラヴェンダー畑の紫のじゅうたんと並んでひまわりのこれもじゅうたんを敷き詰めたような黄色の畑の帯があちらこちらに見られるプロヴァンスの夏の景色、今が盛りである。今年はまた猛暑が全国的に続いているフランスで、このあたりも毎日35℃以上になっている。10年以上前にも同じような猛暑があって、それ以来夏になるとカニキュール(猛暑、canicule)という言葉をよく聞くようになった。

老人などは特によく水分をとるようにとテレビなどでも注意を流している。毎日の庭の水やりも大変で、自動撒きだけでは足らず夕刻にはもう一度ホースを使って水まきをしているが、それでも土はすぐにからからになっている。

そんな暑いさなかではあるがやはりプロヴァンスの燃えるような色を見ていると何か命の躍動したようなものを感じるのである。真っ青に広がった大きな空のもとで見るひまわり、今年もパステルで描いてみた。





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by papasanmazan | 2015-07-17 22:26 | パステル | Comments(4)

リンゴとアーモンドの実

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春、三月に花をいっぱい咲かせたアーモンドの木に六月を過ぎると薄い緑色の実がすずなりになっている。この辺りはアーモンドの産地で、そこいらの道ばたにでもアーモンドの木はざらに見られる。アーモンドを使ったお菓子や化粧品なども豊富である。

そんなアーモンドの実を三つばかりをとって来て白い皿に並べ、リンゴを二つも合わせてF0号の小さなキャンバスに描いた静物画である。以前はどうも気が向かなかった小さな絵であるが、最近ではこうしたもののコツが分かって来た。感覚をやはり細かく持つことが大切なようである。

絵の全体性を大切にすることと感覚の細かさというのは両立するものである、否、そうしなければどのような芸術も完成されていかないものではないだろうか。



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by papasanmazan | 2015-07-12 23:22 | 小さな絵 | Comments(2)

ヴナスクからのこぎり山を見る

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ヴナスクの村に登っていく坂の途中に墓地があってそこでいつも絵を描いている。たいてはそこから見上げるヴナスウの村や教会、松などを主題にするのだが、少し見る角度を変えて遠望するとのこぎり山も全望できる。大きく広がった畑や手前の修道院の建物なども合わせていくといい構成になる。

F4号の油彩にしてみた。実はこのヴナスクの修道院の建物も絵にしてみたくて以前から場所探しをしているのだがなかなかみつからない。手前に邪魔なものが入って来たり,描く場所の足場が不安定だったり、また夏には樹木が茂りすぎて肝心の建物が隠れてしまったりもする。一枚の作品が完成される前にも色々と時間がさかれることも多いのである、ましてや制作が順調に進まないときなどは泣きたくなるような気がする。

全体としては緑のかった絵になるが、あまりその緑の変化ばかりを神経質に考えることはやめるようにしている。なにかコセコセしたものが目立ってきそうで、出来るだけおおらかな表現にしてみたかった。



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by papasanmazan | 2015-07-08 18:46 | 風景画 | Comments(2)

アルピーユの山

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ゴッホがパリを去ってアルルに落ち着いてからその制作にも拍車がかかり,色彩も一段と強烈になってくる。有名な吊り橋を描いたものや果樹園の咲き誇った花などとともにこれもいつでも目にするクロウの平原を描いた風景画がある。1888年6月の制作で,黄色が主調になった絵であるが画面の中央には農具の荷車や垣根が描かれ,奥に麦畑が連なって平面をみせながらモンマジョールの修道院の建物が左上にほんの少し添えられてある。その奥に山並みが見えているがこれがアルピーユの山である。

やがてアルルにゴーギャンもやって来て二人の共同生活が始まるのだが,個性の強すぎる二人がうまくゆくはずもなく、やがてゴッホの耳切事件で悲劇的な結末となる。アルルの病院にしばらくいた後,弟のテオに連れられてサン・レミの精神病院に入ったゴッホは症状の落ち着いている時は許可を得てここでも多くの制作をしている。有名な黄色い麦畑を描いた作品のその背景の山も間近に見えるアルピーユの山である。

行動範囲が制限されているためにこのサン・レミの病院付近の風景画しか遺されていないが、サン・レミを一つ過ぎるとレ・ボーの城がある。自然の岩山を城にした要塞で,現在ではフランスの観光名所の一つになっている。ここまでくると前面がアルピーユの山並み、背面がレ・ボーの要塞と,全くのパノラマ風景の展開になる。加えてここのオリーブはとりわけ美しく,また上質のものである。

そんなオリーブが幾重にも重なり合って奥に目線を引っ張っていき、そのむこうには麦畑が広がり,松や糸杉の姿を見ながらアルピーユの山が午後の光を受けて輝いている。季節は夏,蝉の声がやかましいほどである。M30号の作品である。


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by papasanmazan | 2015-07-02 23:10 | 風景画 | Comments(2)

黄色い岩

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昨年初めてこの黄色い岩をF15のキャンバスに描いた時はそれなりに満足したものになったのだが,少したってからもう一度その場所でおなじモチーフを眺めているともう少し、ほんの5メートルほどなのだが対象に近づいて描いた方がいいことに気づいた。同じ風景であれ静物であれそういうことはよくあることで,経験でいうと大抵は作品として前のものよりよくなるものである。

今回もキャンバスは同じ大きさF15号なのだが,岩の占める面積が多くなり、立って眺めていても存在感の強い風景が感じられた。出来るだけそういった強さに近づいた表現を心がけてみた制作である。画面上部の木立や緑、空などは描き込みを少なくし、岩の重なりの感じを主に考えてみたのだが,ついつい上部の細かい部分まで手を入れてしまって,その都度大きくあたり直すこと数度に及んだ。最後にはかなりの時間アトリエに立てかけて眺めていた。

この黄色い岩や赤い岩などは一般的には理解してもらいにくい絵なのだろうが,描いている本人は大変好きなモチーフである。制作として面白いのであるが個展などに出品するのにはためらわれる,現に昨年の個展の時には前のF15号はフランスに置いたままであった。今年の分も今のところどうしようかと迷っている。


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by papasanmazan | 2015-07-01 19:30 | 風景画 | Comments(2)