<   2015年 04月 ( 7 )   > この月の画像一覧

メタミス風景

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ひなびた村メタミスを今年はM8号のキャンバスに描いてみた。横長の画面に、むきだしたような岩盤の上に居並んだ家々が美しい流れを作っているメタミスの村をおさめてみた。今までにも同じ場所でパステルを描いたこともあるし少し違った角度から村や建物、そして丘の風景なども描いたことがある。

この画面で見られる風景、実はこの丘の上、遠方にヴァントゥー山が頭だけをのぞかせているのが実景なのである。以前パステルでここを描いたときにはそのヴァントゥーも入れて描いたのだが、あっさりして、柔らかい表現のパステルでは気にならなかったヴァントゥー山が、油彩になるとどうも頭上に重いものがのっかってきて、すっきりした画面にならないと描き出す前から思っていた。出来上がった作品を想像しても、下手をすると風呂屋のタイル絵の富士山がちらついたりもした。

そこでまことに勝手な話だがヴァントゥー山は省略することにして制作を始めたのである。いつもは主役中の主役、ヴァントゥー山もたまにはこういうこともあっていいだろう。このあたりが絵画の強みである。




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by papasanmazan | 2015-04-30 18:33 | 風景画 | Comments(2)

赤と白のラナンキュラス

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春はなんといっても花の季節、色彩があふれた戸外、麦の緑もいっそうに映えている。この間まではサクランボウの花盛りだったのだが今はもう葉っぱが出そろって、もうすぐあの赤い実がたわわになってくることだろう。道ばたにはアイリスが群生し、リラも満開、真っ赤なコクリコが風にそよいでいる。

室内で赤と白のラナンキュラスをパステルで描いてみた。ラナンキュラスもこの頃は馴染みになってきた花である、それほど際立ったような特徴はないが、その特徴のないところがかえってクセがなくていいのかもしれない。こういうものは案外難しいものである。

花の静物を描くときにはその花の位置、高さやお互いの花と花との距離、花の向きなどに気をつけなければ行けない。そういうときにいつも思い出すのは高校時代に現代国語で習った木下利玄の歌で、牡丹の花の、占めたる位置の確かさ、この言い回しはいいと今でも思っている。

正岡子規の歌、瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり、この観察もいい。様々なことが勉強になる。



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by papasanmazan | 2015-04-25 16:23 | パステル | Comments(2)

蘭のある静物

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アトリエに植木鉢の蘭があって、水をやるくらいしか世話もしないのに毎年春になるときれいな花をたくさん咲かせてくれる。以前にはパステルで描いたことがあるが、今年は卓上に置いてあらためて静物画に組んでみた。キャンバスはF8号である。

布はブローカントでみつけた赤い縞模様のあるもので、フランス人はtorchon、トルション(ふきん)とよんでいる。売っていた人に値段を聞いたら、めずらしくただでプレゼントしてくれた。こういったちょっとした縞模様も使い方でずいぶんいいアクセントになる場合がある。何も高価なものばかりがモチーフになるわけではなく、生活に根ざしたちょっとしたものも大いに絵の材料になるもので、日頃からよくものを見るクセをつけておかねばならない。

花の薄いピンクや白、紫がかった色と、布の白と赤の取り合わせがなんとも制作全般に安らぎと楽しさを与えてくれた静物画であった。表現としてはまだまだこれから研究しなければならないが、同一平面上に同時空間を表すという自分の理想にすこしずつ近づいているような気がする。自然の感じを大切にしながら抽象化が進んでいくのだと思う。



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by papasanmazan | 2015-04-20 18:34 | 静物画 | Comments(2)

サクランボウの実る頃

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サクランボウの花が満開です。思わずシャンソンを口ずさみそうに、・・・・

【Le temps des cerises】
Quand nous chanterons le temps des cerises
Et gai rossignol et merle moqueur
Seront tous en fête
Les belles auront la folie en tête
Et les amoureux du soleil au cœur
Quand nous chanterons le temps des cerises
Sifflera bien mieux le merle moqueur

私たちはさくらんぼの季節を歌う
ナイチンゲールやマネシツグミが陽気に囀り
みんな迎えてくれる
美しい娘たちの心は狂おしく
恋人たちの心は太陽に満たされる
私たちはさくらんぼの季節を歌う
マネシツグミたちも上手に囀り始める

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by papasanmazan | 2015-04-15 02:17 | パステル | Comments(2)

石切り場の跡

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もう流行らなくなってきているのだろうが、以前の美術大学の受験勉強の初歩には木炭デッサンをよくやらされたものである。石膏像などを木炭紙にデッサンして、形の取り方や調子のとらえ方などを勉強していく。木炭紙百枚位描かないとどこそこの美大には合格しないとか、まことしやかなことが謂われたものである。

美大に入学しても最初はやはり木炭デッサンで大きな彫刻の石膏像などを描かされて、いい加減うんざりさせられた記憶もある。しかし初歩のころは立方体や球などの単純な幾何形体などを描いたり、大顔面といって人の顔だけをとって、それを細かい面にわけ、鼻や口、ほおやひたいなどの面の構造を理解させようという像などもデッサンする。これがまた形も満足にとれないような初心者にはいやになるほど難しいのである。

そんな大顔面を思い起こさせるような石切り場の跡を見つけた。石を切り出した後がそのままに残されていて、切り出した面をみていると思わず大顔面をおもいだしてゾッとしたのである。最初は敬遠していたのだが見るたびに慣れてきて、最後には微笑をすら浮かべながら初心忘れるべからず、というのでF12号のキャンバスに描いてみた。


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by papasanmazan | 2015-04-13 18:51 | 風景画 | Comments(2)

サクランボウの花と教会

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この間までアーモンドの花が咲いていたことと思っていたら、いつのまにか桃の花も終わり、まわりはサクランボウの花盛りである。昨年はマルモールやメタミスの果樹園で描いたのを覚えているが、今年はヴナスクの教会のあたりのサクランボウの花を選んでみた。

春爛漫で絵を描いているより花見気分にでもひたろうかという気になるが、花の木の下で酒を飲みながら宴会をしているような光景はフランスでは見たことがない。気分がうきうきするのには洋の東西同じことだろうが、ワインと花見というのはもう一つ結びつかないものなのだろうか。

いつも花見時分になると谷崎の細雪を思い出す。美女三姉妹が着飾って、これが三人そろって花見に行くのも今年限りだと思いつつゆく春を惜しむという綺羅びやかな場面があるが、それぞれの身辺の出来事や社会の変動など、いろいろなエピソードを加えながら読ませてゆく現代の絵巻物の様相小説である。もう何度か読んだが最近は谷崎文学とも少し距離が出来たように思う。以前は個人全集でほとんど全作品を読むほどだったが、少し文章のコリが重く感ずるようになってきた。



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by papasanmazan | 2015-04-11 21:07 | パステル | Comments(2)

丘とヴァントゥー山

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家から車で五分くらいのところにヴァントゥーの山肌が手にとるようによく見え、手前に小さな丘を抱え込んだような姿になっている場所があって、以前から描いてみたいと思っていた。横に、横にと流れが並列していくような感じで、その流れを破って視線を上下に誘わなければならない画面構成である。P10号のキャンバスである。

雪を抱いた山頂もほとんど融けてきたこの頃だが、廻りの緑が若やいできたのにつれてようやく出来上がった作品である。いつもはあまり山肌の細かいところは省略していくのだが、今回のものは逆にモノにくっついて、説明過多なくらいに絵の具が重なり合っていった。こういう制作もあっていいと思う。

器用なみどころのあるような絵では全然ないが、自分らしい絵だとは思う。



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by papasanmazan | 2015-04-04 18:16 | 風景画 | Comments(0)