<   2015年 02月 ( 8 )   > この月の画像一覧

ヴェネチアの仮面

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時間の都合で一日だけだがヴェネチアにも行く機会があった。世界的に有名な水の都、よく見かける絵の画題である。四方に巡る運河や橋、水に接した建物やその壁など色とりどりの絵画になっているのだが、残念ながら私には何の興味もわかなかった。ただ観光客のごったがえしと暑さとで辟易とした思い出しかない。

最後にお土産にパレードの仮面一つだけを買ってきた。これも初めはそれほど気乗りしたわけではないのだが、アトリエに何気なく置いてあるのを見ている内に、ふと静物のモチーフにと思い立ちだした。パステルに仕立ててみようと考えたのだが少し装飾的で、いかにもシャレッ気たっぷり過ぎるようなものになりそうなので、かえって油彩の少し重い感じでもっていこうと思った。

後ろに控えたヴァイオリンがあまり目立たないようにと描いてみた。F6号の油彩である。風が強い日、雨の時は静物画にかぎる。




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by papasanmazan | 2015-02-28 03:59 | 静物画 | Comments(2)

カシィの海

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マルセイユからコート、ダ、ジュールへ向かってゆく海岸線の粗い岩肌の一帯にキャランクとよばれる国立公園がある。海の色はエメラルドや深い青で、透明度の高い美しさを保ち、海岸の岩肌や松などと好一対である。

そのキャランクの大きな町がキャシィとシオタで、ともに観光の名所で、特に夏はにぎわっている。シーズンオフの人の少ない時を狙ってシオタに七日間滞在、その内の五日間は天気もよくって制作がはかどった。

F15号のキャンバスに描いたカシィの海である。断崖絶壁から見おろした地中海とカシィの町や岬の風景である。描き終わって気がついてみれば、やはり命あっての物種である、大変に危険な場所であった。



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by papasanmazan | 2015-02-22 19:28 | 風景画 | Comments(2)

=カランク制作中=

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1週間カランクに来て制作をしている。
天候がもう一つおもわしくないのだが、午前・午後と分けてシオタ(La Ciotat)とカシ(Cassis)の海を描いている。 海景を描くのは随分久しぶりで、30才代の時に博多の海を描いて以来である。

特にカシの海の制作は断崖絶壁のぎりぎりのところで制作しているのだが、そこに立てられている看板にも危険、崖がら転落注意と警告されている場所である。絵筆を持ってキャンバスに向かっている間は何も感じないのだが、後ろに下がって画面を確かめようとすると、急に周りの視界が目に入って、思わず真っ逆さまに転落しそうな錯覚にとらわれて、急に足がすくんだり、心臓がキュと締め付けられたりの悪戦苦闘である。

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by papasanmazan | 2015-02-18 01:16 | 風景画 | Comments(1)

樹間ヴァントゥー

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木の間から見え隠れするヴァントゥー山を見晴し台から場所を定めて描いてみた。F8号縦型の油彩作品である。樹間というのは随分前からのテーマであるが、ヴァントゥ−山と一緒に考えてみたのは今回が初めてである。描いていてなかなか面白かった。

こういう場合、樹間の木の群れや葉っぱ、それとその樹間の奥にある透かして見える風景、ここでは目の前にある大きなヴァントゥー山をクローズアップした形になるが、それらがそれぞれ独立した個体性を示しているのを三次元の客観的空間で認識しながら、二次元の平面、キャンバスの上ではそれらの互いの形が錯綜しながら、あるいは反発しあったり、あるいは同調してとけ込み合ったりしながら手前へ引っ張りだされたり、奥に流し込んでいかれたりと、複雑なリズムを作りつつ虚空間を構成してゆくのである。

単に目の前のものを写しているのでは決してない世界である。上村松園の美人画の世界に出てくる人物を京都の祇園に求めても落胆させられるのがオチであるだろう。



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by papasanmazan | 2015-02-13 13:54 | 風景画 | Comments(6)

坂の上の松

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フランス語にincontournable(アンコントゥルナーブル)というのがあって日本語に訳すと、避けることができない、無視することができないといった意味の言葉である。議論好きのフランス人はテレビの政治討論などでよくこのincontournableを使っている。どうしてこの言葉を持ち出したのかと言うと、このF8号の絵が私にとって避けることができないような,そういう気持ちで描き始めたからである。

昨年の個展の前、バルーの城や松を描いていた時にこの坂道と松の風景を見つけて,その時に何かハッとするものを感じ,それ以来気になって仕方のない画題であった。今度、個展が終わってフランスに戻ったら真っ先にこの風景を描こうと決めていた。

ごく当たり前の風景で,色が特に美しいとか形が面白いと言ったわけでもない。構図のダイナミックなところもなければ動きや流れの魅力があるというわけでもない。自分でも何にハッとしたのか分からないがやはり避けては通れない風景である。そこに思想や言葉で現せるものはなにもないのである。しかし画家である私にとっては大変に重要なことであって,どうしても実現させなければならない画面である。たとえばボードレールが夏の腐肉を歌ったようにである、偶然に遭遇した腐った肉はボードレールにとって選択の余地のない,絶対的な,避けて通ることの出来ない詩題なのである、それだけの話であってそこに思想があるわけではない。それならば感覚か、といえば一概にそうともいえない、もっと芸術家の本質を貫く存在の根本のようなものなのかもしれない。

絵画についていろいろな考えもあるだろうが,私には言葉や思想など何の興味もなければ、そういったものが絵の発想につながる、といったようなこともいっさいない。むしろそういったものを排したところの色と形の単純な根本だけを問題にしていきたい気持ちだけが強いのである。

出来上がったものはこんなものである。何の変哲もない、派手さも奇を衒ったような手の込んだものでもない、単純な一枚の絵であるが、私は好きである。描き進むにつれ随分不要な部分が消されていった。前まえからこういったものを描く必用を考えていた。何事も経験である。




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by papasanmazan | 2015-02-11 20:12 | 風景画 | Comments(2)

川辺のプラタナス

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昨年の今頃、オーゾンの小川の風景を描いていたのだが、その制作が終わった後、続いてF10号に同じ川のふちに並んだプラタナスの木を描き始めたのはよかったが、季節が変わってしまって制作を今年に持ち越さざるを得なかった。あまり人も来ない所なので景色は何ら変わらない。イーゼルを立てるのも全く同じ所である。

プラタナスの幹の形も面白いし、色も変化があっていい。ちょっと人体群像のような気もしてくる。葉っぱの落ちた冬の寂しい風景だが地面に重なった落ち葉の色を誇張して暖かい色彩に高めてみた。芸術には時には嘘もあり、時には脚色もある。美感をもり立てていく一つの手段である。

木の幹や枝の方向で視線を出来るだけ動かせるように考えてみた。



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by papasanmazan | 2015-02-06 18:06 | 風景画 | Comments(4)

白樺の林

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F12号のキャンバスに冬の白樺の林を描いてみた。葉っぱを落とした白い幹と小枝の集まった色の美しさ、それが青空のなかに映えてなおのこと美しさが増す。この場所も以前からよく描いていて、特に冬の今頃は車で走っていてもその白樺の一群には眼をみはるものがある。

画面を構成するものとしては主役の白樺の林とそれを取り巻く若干の緑、大地の要素として手前の草地、奥に垣間見える人家は色彩を添えようという少しの脚色、それに空の部分である。こういった要素は出来るだけ単純なほうがいいと常々思っているので出来る限り省略することにしている。たとえば添景人物など入れたことがない。

12号程度のキャンバスならさして大きいとも言えないのだが、やはりいつも全体、全体と心がけながら制作を進めて行く。この作品の場合では午後の二時から四時半位までがその日のうちの制作時間で、それを何度か繰り返して続けていく。そうして画面の密度が高まっていくと細かい要素は増々不要になってくる。見えてきて、そして描き込んでいくのはほとんど白樺の幹と小枝の輝いたような色、それに青空だけに集中されていく。それが押し詰まっていくと青空の中にある白樺なのか、白樺を取り巻く青空なのか、眼で実景を見ていても、自分の描いている画面を見ていてもほとんど忘我状態である。そして最後にはもうこれは同時なのだ、と実感するのである。これは何も冗談で言っているのではない、非常に大切なこと、絵を描く上での同時性という本質的なことなのである。青があってから白がある、白があってから青がある、それではダメなのであって、青と白が同時に、しかも同じ平面の上に存在しなければいけない。

この同時性と同一平面性、これだけをきわめていこうと、そしてそのなかに美を求めようとして様々な異なった主題を毎日繰り返して描いている、これも単純な画家の一生である。



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by papasanmazan | 2015-02-02 19:30 | 風景画 | Comments(2)

ヴナスクの坂

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松や雑木でおおわれた丘の上にヴナスクの村がある。その土台は岩盤が眼をむき出し、強くて荒々しい骨格を現している。ひとつひとつの家がかたまりあって、これも集落というよりほとんど立体感だけが感じられるような村。フランスの美しい村の一つである。

イーゼルを据えた場所から見上げると,青空の中に広がった風景全体に視線が誘われるが,気づいてみると、その坂道に沿って心理も上に、上にとひっぱられていくようである。

個々の物の説明とか描写とかが余り気にならなくなってきつつあり、一体自分は何を描いているのだろうかと思うことが多い最近の制作である。きっと何かに突き当たってきているのだろうし、大変集中力も強くなっている。まだ上手く言葉にはならないのだが、筆で描きながら頭でもよく捜し出そうとしているところである。何かには間違いないことだけは確信しているが、ひょっとした拍子に上手い言葉が見つからないものだろうか。そこにこそ安心立命というものがある。

P20号の油彩である。




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by papasanmazan | 2015-02-01 19:45 | 風景画 | Comments(2)