<   2013年 01月 ( 8 )   > この月の画像一覧

リンゴとカップ(第一段階)

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どうも風邪がながびいていけない。思い出したようにセキこんだり,疲れたりする。仕方がないから先日のアネモネを置いてあるテーブルの隣にも小さな静物を組んでみた。リンゴ二つに、花柄のカップ、その花柄の赤とリンゴの赤とを色の統一のメドに考えてみた。

背景などは何も手を加えずにアトリエの雑然としたものをそのまま使ってみる。そういった雑然としていて、これといったもののない中から自分の好きな,必要とする色や形を抽象してくるのも一つの絵の創り方である。

必要なところに必要なものを置く、これほど聞いていて簡単のようで,これほど難しいものはない。若い頃,鉄斎の展覧会を観ていて、その部分の墨色や緑青色に眼をみはったことがある。この部分が自分の作品に生かせるのではないかと、期待もろとも家に帰ったことがある、

さて自分の作品に対面してみると、なんのなんの利用も何も出来たものではなかった。けっきょく形や色の必然性が全く違っているのである。がっかりしながらも、これはいい勉強になった思い出がある。

サムホールのちいさなキャンバスに描いている。

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by papasanmazan | 2013-01-17 19:41 | 小さな絵 | Comments(0)

アネモネ(第二段階)

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ようやく花が咲きそろってきた頃を見計らって,画面のほうのそれぞれの占める位置も決めてゆく。花と花とのそれぞれの間隔、葉っぱの量、空間の見え方などを、やはりバランスを大切に,余り偏るのもよくないし,間のびし過ぎもどうかと思う。

花の絵というととかくその色の美しさに眼を奪われがちであるが,あくまでも画面全体の構成として考えて行きたい。花はその実物だけで既にきれいなので,絵に描こうとするのなら,その絵の上でまた別のことを探し求めていかなければならない、そうでないと絵を描く意味がない。

そのあたりで花瓶の役割も大きくなってくる。花瓶一つで絵が立ってくることもある。今回はムスチエのものを使っている。

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by papasanmazan | 2013-01-15 15:56 | 静物画 | Comments(0)

畑の中からのヴァントゥ−山(第二段階)

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長かった風邪もようやくおさまってきたようで,気にかかっていた戸外での制作も少しづつ続行である。ヴァントゥーの山肌が輝いてきれいである。F10号のキャンバスでは小さすぎてなんだかもったいないような構えのヴァントゥーが目の前にある。

以前は山肌の襞など細かいところが気にかかって仕方がなかったのだが,ようやく大づかみだけでおさえていけるようになってきた。そのぶん制作には割にゆとりが出て,描いていても肩、肘が貼らないような感じがする。前にも言ったようなパッサージュの部分を多いに使いこなすべきであろう。

主題がどうの,脇役がどうのというような理屈ももうどうでもよくなってきて,ただ一枚のキャンバスという白い布が眼前にある,その他には何も無い,と言ったような透徹感だけがぜひ欲しい。その辺りが現在の制作の根底である。とはいいながら色と形が根本なのだから、そこにはそれなりの理屈も必要には違いない。

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by papasanmazan | 2013-01-13 22:00 | 風景画 | Comments(0)

のこぎり山(第一段階)

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ヴァントゥー山と並んで続くのこぎり山、正式のフランス名はダンテル、ドゥ、モンミライユ、まるで恐竜の背中のように岩がとびでている。山の中腹にも岩がむき出していて,山肌と岩肌の対照が面白い。

冬の朝など,その岩肌がオレンジ色に輝く時もありこれはなかなかの見ものである。冬の夕暮れの赤紫にそまるヴァントゥー山といい勝負だろう。そういった意味で山並みを描くのにもここは恵まれた土地なのだと,最近はとみに有り難く思っている。

F4号に,少し見えるオリーブの木や糸杉なども取入れながら,そののこぎり山を描いている。ここはほぼ同じ場所からもうすでに二、三点は描いてみているので慣れているはずなのだが、現場で描いているとやはり新鮮である。

大指揮者のフルトヴェングラーはオーケストラの練習の時につねに楽団員に言って聞かせたそうである、あなたがたがこの曲をもう既に何度も演奏したことがあったにせよ,絶えず全く始めてこの曲に接するような気持ちで演奏しなければならない、と。

絵画の制作もその通りであろう。マンネリなどという言葉などないはずである。

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by papasanmazan | 2013-01-13 01:54 | 風景画 | Comments(0)

アネモネ(第一段階)

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昨年末からノロウィルスにやられ,その後も流感で、もう二週間以上も風邪の症状が続いている。家内も同じで,新年早々あまりいいことはない。ちょっと制作をしてもすぐに疲れて寝込んでしまう始末である。

戸外での仕事にも余り出掛けられず、ようやくいつもの花の農家でアネモネを調達してきてもらって,それをF4号タテ型に描き始めた。まだ花が開ききっていないので,おさめ方をおおよそのところで見定めながらゆっくりとしたペースですすめている。

比較的暖かい冬のフランスではあるが、外ではミストラルが吹き荒れている。冬のソルド(バーゲンセール)も始まったが買い物にはとんと興味がない。ここはもうしばらく室内でアネモネでも相手に静かにしておこう。

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by papasanmazan | 2013-01-11 22:05 | 静物画 | Comments(0)

赤いパッサージュ

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昨年の夏から新しく「ヒマワリ畑」と「赤い岩」という、自分としては非常に興をそそられるテーマの制作をはじめたのだが、季節が限られるヒマワリとは違って、赤い岩のほうは一年中いつでも出向いて描けるので有り難い。まだまだ研究が足りないので、その岩の持つ本質が見極めれないのだが、これが分かってくれば自分の仕事全般に影響してくることだけは間違いがないようである。

まだ完成には至ってないがかなり描き込んである油彩が二点ある。その他に今日の分、P8号もある。岩と岩がせまっていて、大きなアングルで全体をとらえられないのが残念なのだが、かえってその幅狭さが通り道の印象を与えてくれる。パッサージュというのはそこからの言葉である。

音楽の中でもよく音が移行していくときにパッサージュという言葉を使うが、近代ではそういった音楽用語を画家が自分の仕事の説明のために借用していることがある、ゴッホも色彩のオーケストレイションなどといったりするかと思えば、セザンヌは色彩のパッサージュと説明している。これは固有の色から色への移行の部分のことである。スーッと色が抜けているような感じの部分で、言ってみれば固有の色の強さから次の色の強さに移る時の滑らかな調和をはかるもの、呼吸でいえば固有色の時は強く息を吸い、移行のとき柔らかく息をはいている、と言ったような具合である。

この赤いパッサージュというのは単に赤い通り道というだけのことだが、さて見た目にはどれだけスーッと奥に視線を引っ張って行けるのかが一つの判断となる制作だと思う。しばらくアトリエで眺めてから完成しているものかどうかが分かるだろう。

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by papasanmazan | 2013-01-07 19:59 | 風景画 | Comments(2)

松林とヴァントゥー山(第一段階)

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新春を祝って、と言った意味でもないのだが松林とヴァントゥー山を組み合わせたものをP15号のキャンバスに描き始めてみた。めでたい松と、富士に似たヴァントゥーである。日本画ではこういった季節感や、祝い事などの意味を込めた作画態度を見受けるが、フランスにいて、油彩の仕事となると話はまた別ものである。

この絵については他の要素は殆どない。色彩を多く使いたいから建物や、添景の要素を増やすこともない。単に山と松林が二列に並んで、それを空と手前の畑がとりかこんでいる、といった具合の、水平に流れているだけの絵づらである。いわゆる絵の構図といったような確固とした形にはなっていないものである。

絵にはなりにくい、絵のおいしさがない、といってもいいだろうか。観る人からしても何の面白さもないのかもしれないのである。しかし敢て、といってでも良いから私はこの仕事を進めて行きたいと思っている。

それは何かというと、絵ではなくって、画面という考えを推し進めたいのである。一つ一つの物にこだわるのではなく、画面全体として眼に訴えかけてみたいという衝動、そういった感覚が私には巣食っているようだ。全体があって部分がある、部分が成り立って全体が存在する、これは若い時から読んだ鈴木大拙の禅などで、いちばん私には役立った指針である。

どうもあまり人好きのするような絵は描けそうにもなくなってきた。ますます絵も売れなくなるのだろうか。新春そうそうの感想である。

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by papasanmazan | 2013-01-06 23:11 | 風景画 | Comments(0)

畑の中からのヴァントゥ−山(第一段階)

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昨年の横浜での個展を終えて、フランスには12月の上旬には戻ってきていたのだが,最近は年齢のせいもあるのかしら,時差がひどくなって仕方がない。フランスから大阪に着いた時にはさほどでもないのだが、日本からフランスに戻って普通のもとの生活のリズムになかなかならないのである。今回も一週間以上そんな状態だった。

それに加えて私は市販のキャンバス地を使うことは殆どなく、もっぱら自分でプレパレしたものを好んでいる。そのためにこの時期はほぼ一年分のキャンバスを作ることに時間が取られて、ぼつぼつ制作のほうは進んでいるのだが、ブログのほうがお休み状態であった。

色々と制作の計画もあるのだが、やはりヴァントゥー山に戻ってしまった。F10号の画面にいつもながらの姿を、今回は畑の中から描き始めている。いつもよりは軽い出だしである、ほとんど「おつゆがき」のサラサラ感触ではあるが、決して水彩画のような効果を狙っているわけではない。自分の中のリズムに素直にしたがっているまでの話である。

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by papasanmazan | 2013-01-03 20:06 | 風景画 | Comments(2)