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冬のヴァントゥー山





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久しぶりのF30 号の制作である。我が家から二分ほど歩いたところの原っぱの中にイーゼルを立てたのはいいが、とにかく風との戦いである。ミストラルが吹きまくると30号の大きさになるととても描いてはいられない。キャンバスを固定したイーゼルごと吹き倒されてしまうので、制作できる日を選んでいかなくてはならない。


奥のほうに大きなヴァントゥー山が控えているのだが、手前にはいたるところにアーモンドの木が生えており、またさまざまの木立の群れが重なり合っている。それらが視界をさえぎってヴァントゥー山が切れ切れに姿を現してくる。それならばもう少し場所を変えればいいのかもしれないが、実はこういう木々をふくめた風景を描いてみたかったのである。


もう十年以上前からこのような構図を意図して、なんどか冬になるたびに挑戦してみてはいたのだが、とにかく難しかった。途中までは何とか進められるのだが最後まではかなわなかった。木々を含めた風景というよりも木々を透かした風景といったら良いのだろうか。一つ一つの要素としての木々や群れではなく、山も空も原も木々も、全体を一つと感じながら制作してみたかったのである。ほとんど無差別の知覚を働かせながら、それがどういう結果をもたらすのかを自分で試してみたかった。


夏の葉が茂った木々のい重なり合いと山との複合したものも、この透かしたような風景という感覚でもって理屈的には可能なはずである。




by papasanmazan | 2018-02-18 19:17 | 風景画 | Comments(2)
Commented by カワセミ at 2018-02-18 21:31 x
素晴らしい作品ですね!大きな画面…見応えあるでしょうね。まるで画面に散らばった色彩が緊張と解放を繰り返しながら、個性を持ち山になり木になり空気になっていく…そんな壮大な息遣いを感じながら拝見しています。
Commented by papasanmazan at 2018-02-20 12:58
カワセミさん、このF30号の絵や先日のF20号の冬の木々に表れてくるような考え方をもっと徹底していきたいと思うのです。それがどういう形になっていくのか自分でも想像がつかないのですが、何か違った、新しいものが生まれはしないか、と思っています。
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